ようやく休暇の取れたソーンズが、チェスを楽しみにエリジウムの部屋来てみれば、デスクの上に色とりどりの菓子が置かれていた。エリジウムは甘いものも好む男だが、これだけ大量に買うところを見るのは初めてだったので「どうしたんだ?」と聞けば「買ったんだよ」と告げられる。
「明日はハロウィンじゃないか」
との言葉に、ソーンズはようやくロドス内の大人たちが今日一日あれこれと駆け回っている理由を悟る。購買ではもう一ヶ月ほど前から関連商品が売られていたが、ここ数週間ほど殲滅作戦だの古城の調査だのカランド貿易との交渉だのニェンのクソ映画レビュー一〇〇本ノックだのにドクターと一緒にかけずり回っていたため、すっかりと日付の感覚がなくなっていた。
「明日か」ソーンズは言った。
「明日だよ」エリジウムは応えた。
ソーンズは眉根を寄せて頭を掻いた。困った。というのが本音であった。
ロドスでは子供たちも多く治療・保護しており、CEOであるアーミヤの方針から、できる限り季節の行事を執り行うことにしている。様々な種族や出身地の者たちが暮らしているが、各々の文化や宗教にもなるべく配慮した形で執り行われているため、それらの行事は概ね好評。閉鎖空間の中からあまり出られない子供たちを喜ばせることができるので、大人たちの多くも自ら進んで参加している。そしてソーンズもその方針に異議はないのだが。
「……菓子を買い忘れた」
ソーンズは唸った。ハロウィンに必要なものは、仮装と子供たちに配るための菓子。仮装は準備する時間がなかった。と言えば納得されるが、問題は菓子だ。子供たちをがっかりさせることは避けたい。しかし時計を見ても、過去には戻れない。今の時刻では購買に行っても碌なものは買えないだろう。行事の前日は大抵購買への駆け込みが発生する。
どうしようかと悩むソーンズを見て、エリジウムが吹き出した。
「君、最近忙しかったからね。良ければ何袋か譲ろうか?」
「良いのか?」
助かる。と顔を上げれば、ベッドに座ってソーンズを眺めていたエリジウムがニンマリと笑った。
「タダじゃないけどね」
ソーンズはパチリとひとつ瞬きをした。
「何が望みだ?」と聞けば、エリジウムが破顔する。
「話が早いね! 君が一週間前、ドクターから貰ったお酒。あれを一緒に飲ませてくれれば十分さ!」
「酒」
「カランド貿易から手に入れた酒だよ」
「ああ、あれのことか」
確かにエリジウムの言う通り、ソーンズは先週、ドクターから酒を一本買い取っている。北国で作られるが原材料となるブドウが希少種であり、一般に出回るのは毎年たったの数樽分という代物だ。ドクターがカランド貿易に無理を言って取り寄せたもので、ここしばらく秘書として働いていたソーンズもおこぼれにちゃっかりと預かった。エリジウムがどこで酒のことを知ったのかはわからないが、それならば悩むこともない。
「構わない」
「やあ! 悪いね! 希少なお酒なのに。去年は特に一般に出回ったのが少量だったそうだから値段もかなりはっただろう? お礼にそこのお菓子の三分の一を進呈するよ」
「ああ、助かる。それと酒は気にしなくて良い。元々お前と一緒に飲もうと思って買った酒だ」
と言えば、エリジウムは虚を突かれた顔をした。
「……え?」