満たす

 ロドスの宿舎にはピザチェーン店が入っている。
 特別な日を除いて二四時間営業しており、任務終了後、そこで腹を満たす者も数多い。
 時刻は午前一時。備え付けのシャワーを浴びてすっきりとしたエリジウムは、同じ部屋にいたソーンズの肩を叩いた。
「ピザ食べに行かない?」
 濡れた髪もそのままに、分厚い科学書を数冊開いて机の上に並べていたソーンズは、エリジウムの言葉にしばし考える素振りを見せた。
「お前の奢りか?」
 との問いかけに、
「君が今日の店員さんのおすすめを当てられたら奢ってあげるよ」とエリジウムは笑った。
「当てられなかったら?」
「割り勘だね」
「お前も賭けるなら承諾する」
「じゃあ僕はマルゲリータ」
「ピゾーロ」
 ソーンズが書物の中から一冊を選び立ち上がった。
 廊下に出ればセンサー式の蛍光灯がパッと点灯する。エリジウムが何を食べようか。とあれこれピザの種類をあげるのに、ソーンズは本に目を落として生返事をする。あまり騒ぐと苦情が出るが、そこはエリジウムもわきまえているので声量は控えめだ。
 ピザチェーン店のある階に着くと、少しだけざわついた気配がする。先客が居たようだ。見れば、ソーンズともエリジウムとも交流のあるオペレーター達が食事を楽しんでいた。おう。と声をかけられたので、エリジウムも、やあ。と手を上げる。
「いらっしゃいませ」
 ピザチェーン店のクルーはウルサスの青年だった。エリジウムが今日のおすすめを聞けば、彼は少し考えた後、定番はマルゲリータですが、今日は生ハムが入ったので、ピゾーロなんかもおすすめです。と答えた。
 エリジウムがソーンズに聞いた。
「どうする?」
「引き分けで良いだろう」
「そうだね」
 二人の言葉に、ウルサスの青年が首を傾げた。
「あの、何か問題が?」
「ああ! いやなんでもないよ。じゃあ僕はおすすめの通りピゾーロで。ブラザーは?」
「ディアボラとコールスローサラダ」
 そして二人揃ってビールを頼んで空いている席に着いた。
「なんだ。また実験でもしてたのか?」
 カウンター席に座った少し年上のサルカズが酒の瓶を片手に笑った。単体でも何かと問題を起こしてはドクターやケルシーどころか自身もトラブルメーカーであるクロージャにまで吊り上げられている二人だ。揃えば相乗効果を起こすこともある。つい最近も七色に光る爆竹を作って爆発させたところだった。
「ちょっと待ってよ。あれはソーンズが作ったものでしょ」
「火を付けたのはお前だ」
「あんな威力があるとは思わないじゃないか!」
「ソーンズの作ったものにホイホイ火を付ける方がどうかしてるよ」
 自分達より一回り以上年上のアスランの女性に言われ、エリジウムは息を詰めた。その通りだったからだ。
「次から君の作ったものを信用しないことにするよ」
「それは聞き捨てならないな。俺は七色に光る爆竹を作ったと告げたはずだ。それ以上のことは言っていない。お前の使った爆竹は七色に光った。効果は証明されている。威力についてはお前が勝手に思い込んでいただけだ」
 そもそも。とソーンズは続けた。
「俺の作ったものが信用できないというなら、俺の調合した薬剤を使うべきではない」
「ごもっとも」
 エリジウムは素直に白旗を上げた。冗談でも言ってはならないことだったからだ。ごめん。と謝れば、小さく鼻を鳴らされた。
「何にせよ、今日は問題を起こさないでくれよ」
 サルカズの隣に座ったフィディアがピザを食べながら肩をすくめた。
「俺たちはこの後ぐっすり寝るつもりなんだから。爆発音なんてしたら昨日までの任務先を思い出して寝られなくなっちまう」
「しないから。信じてよ」
 エリジウムは笑った。実際、ソーンズも実験などする気はさらさらなかった。そんな体力は二人にない。何せつい数十分前までソーンズとエリジウムはセックスをしていたばかりだからだ。頭が馬鹿になるような行為をした後に、実験をするなんてそれこそ馬鹿げている。腹がくちたら寝て翌日実験した方がずっと冴えた発想が出るだろう。アルコールを摂取するなら尚更だ。エリジウムの軽口が控えめなのもそのせいで、ソーンズも眠気覚ましに開いた本の内容が、ほとんど頭に入ってこない。
「お待たせしました」
 さほど時間をおかずに二人の前にピザとビールが運ばれてきた。その場の者たちと軽く乾杯をして、二人揃ってビールを喉に流し込む。弾ける炭酸が喉を滑り落ちていく感覚がたまらない。自然と二人の口から大きな息が漏れた。
「たまにはビールもいいもんだね」
 イベリア出身の二人にとって馴染み深い酒は別にあるが、ドクター達に付き合ってすっかりビールの味に慣れてしまった。ピザを切って半分ずつ交換し、まだ熱いそれにかぶりつく。炎国のチェーン店なのでイベリアとは風味が違っているが、ビールにはこのチェーン店特有の強い味付けが良く合った。
「うん、美味しい」
 エリジウムの言葉にソーンズは頷いた。
 セックスの後に、腹がへったと食事をするようになってしばらく経つ。大抵はソーンズの部屋で行うので、常備してあるインスタント食を食べるのが常だった。セックスをし始めてまだ慣れない頃のエリジウムは、疲れが勝って食べながら寝てしまうことも、腹にまだ何か入っているような気がする。とソーンズの食べている物を一口二口貰い受けて寝てしまうこともあったからだ。
 それがいつの間にか勝手にラーメンを作って食べるまでになり、今ではピザチェーン店でビールまで飲んでいる。
「どうかした?」
 ソーンズの視線に気付いたエリジウムが食べる手を止めた。口の端に付いたソースを指摘してやれば、おっと。と指で拭ってペロリと舐める。ソーンズはその舌がつい数十分前に何を舐めていたか知っていた。こんなところで思い出すものでもなかったが。
「次もまた来るか?」
 とソーンズが尋ねれば、そうだね。とエリジウムも頷いた。
 それが共に実験をしている時の夜食となるか、それともセックスをした後のことになるかは分からなかったが、どちらでもいいか。と思いながら、二人はビールを飲み干した。









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