エリジウムの所属する部隊が帰艦したのは真夜中のこと。ロドスは日中の喧騒が消え去って、動き続ける機械の音ばかりが響いていた。
隊長であるMantraと基地中枢に訪れれば、そこにはケルシーと数名の補佐しかいなかった。最低限の報告を済ませると、後は明日午後から今ここにいないドクターやアーミヤたちと一緒に時間を作るので、下がって良いと告げられる。疲労も濃ければ二つ返事でその提案を受け入れて、エリジウム達は宿舎に戻った。
自室のある階層が違うので、途中でMantraと別れエリジウムは宿舎の中を一人で歩く。自室までの短いはずの距離が酷く長く感じられたが、しかし共用スペースに知った人影を見つけ、エリジウムは思わず疲れていたのも忘れてその人影に足速に駆け寄った。
「ブラザー?」
木のカウチに座っていたのはソーンズだった。常に自分のオフィスか実験室にいる彼が共用スペースを使うのは珍しい。驚いて声を掛ければ、ソーンズは読んでいた本から顔を上げる。ソーンズ以外に誰もいなかったので隣に座れば、彼は「思ったより早かったな」と本をテーブルに置いた。
「帰艦用ジープが到着してまだ二十分も経っていないが、基地中枢には行ったのか? お前のところの隊長一人で行かせたわけじゃないだろう」
「もちろんさ。ケルシー先生に、明日ドクターたちと報告を聞く時間を作るから今夜はもう宿舎に戻っていいって言われてね。その言葉に甘えることにしたんだよ。君こそどうしたの。共用スペースにいるなんて珍しい。もしかして僕のこと待ってたの?」
「ああ」
素直に頷かれ、エリジウムはパチリと目を瞬かせた。
「素直だね」と破顔すれば、呆れたような顔を返される。
「嘘を吐いて何になる」
その通りだった。エリジウムがソーンズと恋仲になって久しく、もうこんな一言で照れて時間を空費するような期間は終わっていた。ソーンズはそれを合理的というのだろうし、エリジウムも懐かしくは思えどもどかしいやりとりを繰り返したいとは思わない。
「明日、ドクターに報告をするということは、休暇は明後日からか?」
ソーンズの問いにエリジウムは頷いた。
「うん。元々残存業務もあったしその予定で取ってるよ。今回は長期任務だったから、まとめて10日間くれるって」
「そうか」
しばし考える素振りを見せた後、ソーンズが「四日後と五日後は空いているか」と言った。
「空いてるよ。デートでもする?」
「そうだな」
やはりソーンズは頷いた。打てば響くような解答だ。エリジウムは笑った。
「実験で寝坊して遅れないでよ。君ときたらすぐに寝食を忘れて実験にかかりきりになるんだから」
「お前が呼びに来ればいいことだ」
「そうやってすぐに僕に頼るのやめなよ。僕がいない間どうしてたの?」
「一度アンドレアナが扉を破壊したな」
「彼女に謝っておきなよ……」
「銃の改造に付き合ってやった。それで十分だ」
いつもしてることじゃないか。というエリジウムの言葉は、湧き上がってきたあくびでかき消された。
「ん。ごめん」
「いや。俺こそ帰艦したばかりなのに付き合わせて悪かった。明日はドクターへの報告もあるんだろう」
「午後からだから大丈夫だよ。ゆっくり寝た後、隊長と報告をまとめる時間だってあるさ」
エリジウムがひとつ伸びをして立ち上がった。ソーンズも本を手にして隣に並ぶ。歩き出した二人の歩調はいつもよりも緩やかだ。エリジウムは自室の扉の前で止まると、エレベーターへと向かうソーンズに言った。
「じゃあ君も、この後は実験をせずによく寝なよ」
そして鍵を開け、扉の中に滑り込む前に言い忘れた。と顔を出す。
「おやすみ、ソーンズ」
「ああ。……エリジウム」
「何?」という言葉は、不意に近づいてきたソーンズの唇に吸い込まれた。
「おやすみ」