新年の話

 後頭部が暖かい。
 まだ半分ほど夢の中にいるソーンズは、違和感を覚えて目を開けた。鼻先に何かある。光が透けるそれはよく見れば毛布であり、頭の下にあるのは人間の身体のようだった。
 暖かいわけだ。そう思ったソーンズは、一度二度、瞬きをして寝返りをうつ。ゆったりとしたリズムで頭が上下することを考えると、相手の腹を枕にしているようだ。頬に感じるスウェットの感触と、その色から枕はエリジウムだろうと予想ができた。
 十二月三十一日の夜七時から前夜祭が行われ、零時になった途端に始まった新年のパーティーで、ソーンズと共にいたのがエリジウムだ。記憶の最後に残っているのも、ドゥリン達が作ったビールを飲んでいたエリジウムだった。その少し後に予備で持っていた吹き戻しを存在しない伝説の秘宝に見立ててウイスパーレインに託した気もするが、記憶が曖昧で確信がない。
 ストレス発散の機会が少ないロドスにおいて、新年のパーティーは無礼講だ。空調の効いた会場の床で寝てしまっても、無理に起こされることはない。毛布は誰かからの慈悲だろう。風邪は万病のもとである。
 であればもう少し寝ていても構わないかと、ソーンズは目を閉じた。会場の片付けをしている気配を感じるが、見えていないので夢だと思うことにする。
 しかしソーンズの二度寝を妨げる者がいた。
「……ん。……ぁれ?」
 パタパタと、毛布越しに頭を触られる。乗っているものの形を確かめ、正体を探るように手が動き、そして正解を見出せなかったのか、わずかに枕が動いた後、毛布の端が持ち上げられた。
 目が合った。
「ソーンズじゃん」
 毛布の中を覗き込んだのはエリジウムだ。まだ眠いのか瞼が完全に開き切っていないエリジウムの人相は悪い。彼はソーンズを見つめたまま、何か言おうともごもごと口を動かした。しかし眠気が勝ったのか、まあ良いか。と呟くと、天を仰ぎ毛布を手放した。図らずもソーンズと同じ結論に達したらしい。
 二度寝だ。
 気が合うな。と口には出さずにソーンズは小さく頷いた。まだ酒が抜けきっていない身体は怠い。こんな時は二度寝に限る。
 しかし再度ソーンズの二度寝を妨げる者がいた。
「起きてるんですか?」
 パッと瞼の裏が明るくなる。思わず目を瞬かせれば、緑の髪が見えた。
「起きてますね」
 毛布を剥ぎ取ったホシグマは、ソーンズを見てニコリと笑う。そしてソーンズと同じく身体を起こしたエリジウムにも笑いかけると、毛布を畳みながら口を開いた。
「眠そうなところ申し訳ないですが、片付けをするので二度寝するなら部屋に戻って下さい。子供達のための新年会の準備があるので、今から酔っ払い達を別部屋に移そうと思っていたんですよ」
 見れば、他にも床に転がっていたり酒瓶を抱えていたり壁に身体を預けていたりする者達が、会場から運び出されていた。担架を使われている者もいるが、ファイヤーマンズキャリーで運ばれている者もいる。アルコール中毒に関しては厳重に注意が払われていたので、運ばれている者達は全員穏やかな寝顔をしていた。
 ぼんやりとその光景を見つめていたソーンズとエリジウムに、ホシグマが満面の笑みを向けた。
「動けないというなら小官が担ぎますが」
 二人は無言で立ち上がった。


 他組織との連携による外部オペレーターの増加や鉱石病患者受け入れの拡大を経て、宿舎に二人部屋が出来たのは最近のことだ。予備隊が使う四人部屋ほどではないが、程よく広く簡易キッチンも付いていることや、レッドパイン騎士団など共同生活に慣れている者もいたことから、増設された二人部屋はすぐに埋まり、ソーンズとエリジウムもその一部屋を使っている。
 パーティー会場から出た二人は売店に寄ると、水と昨日飲んでしまった酒の補充、そして軽く摘めるものを買った。時刻は午前八時を回ったところで、朝ご飯に少し豪華なテイクアウト類をクロージャから勧められたが、この後は昼過ぎまで眠るつもりだったので断った。
「新年好」
 部屋に戻るために宿舎を歩いていると、二人は多くのオペレーター達から声をかけられた。二人とも交友範囲が広いうえに、宿舎にはどこか浮かれた雰囲気が漂っていて、ソーンズにはあまり見覚えのない者にも声をかけられる。そうした者にはソーンズは手を挙げるのみに止めたが、エリジウムはその全員に挨拶を返し、そのオペレーターの母国語で話しかけられた時には同じ言葉を返した。
「あけおめ〜」
 キララと共にアカフユに手を引かれたウタゲに手を振り、ソーンズは辿り着いた己の部屋のドアのロックを外す。
 部屋に踏み込むと同時に、エリジウムが大きく息を吐き出した。
「ウルサス語の発音おかしかったかも」
「酔っ払いの発音は母語でも怪しいだろう」
 言いながらソーンズは手にした荷物をテーブルに置く。買った水のペットボトルを開け、一口飲むと、同じく水を飲むエリジウムと共に、荷物を簡単に選り分けた。会場から歩いてくるまでに新年の祝いと称して様々な物を貰ったので、冷蔵・冷凍が必要なものだけ片付ける必要があったのだ。
「アイスは起きたら食べるか?」
 ほとんど空だった冷凍庫にアイスを二つ並べてソーンズは言った。その肩越しにアイスのフレーバーを確認してエリジウムは頷いた。
「ウイスキーが合いそう」
 ソーンズも同意見だった。
 冷蔵庫に入れる必要のないものはテーブルに置いたままにして、二人は最低限の片付けを済ませると、揃って寝室に向かった。短い距離であるのにいつの間にか競争になっていて、最後には一緒のベッドに二人揃って飛び乗っていた。
「ふ、ははっ!」
 ベッドのスプリングが軋み、身体が小さく跳ねる。どちらともなく笑いが落ちて、ソーンズはエリジウムの身体に腕を回した。
「三日から仕事だっけ」
 もうすっかり緩んでいたソーンズの髪ゴムを外しながらエリジウムが首を傾げた。ソーンズは首肯して、お前は? と問いかける。
「三十日まで仕事だったから四日までは休暇だけど、そのあとは隊長次第」
「じゃあ明日は一日部屋でゆっくりするか」
「そうしよ」
 ふわりとエリジウムがあくびをこぼす。つられてソーンズもあくびをすれば、エリジウムが笑った。
「ソーンズ」
 エリジウムの口から飛び出したのは、イベリア語だった。新年の祝いを告げるそれに、ソーンズは同じものを返した。
 エリジウムが笑った。
「今年もよろしく」
「ああ」
 額を合わせ、唇を合わせた。体温が同じになる。
 アルコールの匂いのするキスは、しかし二人らしいものだった。