サンプル



人間if短編になります。下記のサンプル+αのSSSです。転生if設定なので、悪魔時代の死亡時の話が出ますし、ガープとアガレスの種族に寿命差があるという捏造をしています。


「ピケロ殿?」
 聞こえた声に、吾妻は耳を疑った。大勢の人々が行き交う駅構内で、夢の続きを見ているかのような気持ちになった。日に日に上書きされていく記憶の中で、一番初めに失ったのが声だった。もはや夢の中でさえ取り戻せないと諦めていたものが、不意に耳に転がり込んできた。
「ガープ?」
 立ち止まり、振り返った吾妻の視線の先に彼はいた。大勢の見知らぬ人々の中、最期の記憶とはかけ離れた姿であっても、吾妻は彼が彼とわかった。見間違えるはずがなかった。
 彼が『アガレス・ピケロ』を見つけ出したように。
 吾妻と目が合うと、見覚えのある白銀を、見たことのない素顔の横で揺らしながら、彼、『ガープ』は笑った。
「久しぶりでござる。アガレス殿」


 このまま立ち話を続けるには、人が行き交う駅の通路は落ち付かない。幸い二人とも後は家に帰るだけの身分であったので、軽く久闊を叙した後、目に付いた喫茶店に入ることにした。帰宅ラッシュの時間ではあったものの、コーヒーと軽食中心の店であれば昼間のように混んではいない。すぐに店の中ほどの席に案内された。メニューも見ずに二人して適当な飲み物を頼み、店員が離れたのを見計らって吾妻は口を開いた。
「あのさ、」
「ピケロ殿は」
 だが目の前の相手も同時に口を開いたので、声が被って何を告げたのか、また何を聞かれたのか分からなくなる。お互いに顔を見合わせた後、どちらからともなく笑い出す。
 一通り笑った後、吾妻は目の前の相手に手を差し伸べた。
「そういえば、自己紹介がまだだった。俺は吾妻ひろ。今は建築士をしてる」
 お前は? と少し高い位置にある顔を見上げれば、相手は目を輝かせて吾妻の手を取った。
「賀風五エ門でござる! こっちでもよろしくお願いするでござるよ!」
 握った手に覚えのある白銀の柔らかな感触はなかったが、分厚い皮膚の手の温かさは、よく知ったものだった。