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もうこれで終わりでいいんじゃないかな。みたいな気持ちになってきた。この後バカ話が続きます。


 魔界において性行為とは、ストレス発散の手段である。
 なにせ人間とは違い、生殖に必ずしも相手を必要とするわけではない。単為生殖や細胞分裂、そもそも生殖を必要とせず偶発的な自然現象によって数を増やす種族だけでなく、己の家系魔術を次世代へ十全に受け継ぐために、生殖相手を得ずに魔術によって子を儲ける悪魔も多かった。
 故に悪魔の中には性欲を持たぬ者や性行為に嫌悪感を抱く者もおり、一方で餓えや渇き、睡眠排泄といった基本的欲求には劣るものの、性欲の優先順位が高く、発散の有無により悪周期さえ左右される悪魔もいる。
 つまりは千差万別ということだ。
 そのため悪魔達は性行為をする前に、お互いの認識をすり合わせることが一般的だ。
 種族が違うなら尚更で、場合によっては性行為の方法が全く違い、したいと思っても叶わぬ夢となることもある。
 なのでアガレス・ピケロはガープ・ゴエモンと恋人となった後、ガープに性欲はあるのかと問いかけた。真昼間の事だった。学園の中庭では生徒達が各々好きなように過ごしており、彼らの周り半径十メートル以内に他の悪魔はいなかった。
 ガープは自分で作ったおにぎりを飲み込んだ後、あるでござるよ。となんでもないことのように言った。実際、なんでもない事だった。今もどこかで女体を追いかけているカイム・カムイやアロケル・シュナイダーとイポス・イチョウを追い回しているホン・リンチャンのように、一方的に自分の欲を他者へぶつける事は問題になるが、双方合意済みであれば生徒の自主性に任せるのが悪魔学校の方針だった。
 ガープの答えに「ふうん」と呟いたアガレスは、ガープに「アガレス殿は?」と首を傾げられ「ある」と素直に答えた。
「あるんだよ」
「繰り返さずとも」
 ガープが二個目のおにぎりに手を伸ばす。彼が今朝握った分はこれで最後だ。一年ほど前まではおにぎりを大量に作っていたものの、収穫祭を経てからは他のクラスの悪魔とおかず交換をすることも増えたため、おにぎりを減らし重箱におかずを詰めて持ってくるようになっていた。
「何か問題が?」
「ん〜」
 ガープに問い掛けられて、アガレスはガープの脇腹を小さく突つく。ガープがおにぎりを持っていない手でアガレスの指を摘むので、アガレスは観念したように呟いた。
「触りたくなって困る」
 白銀に包まれた指に、己の指を絡ませた。指先で指の股から手の甲へ、するりと毛を逆立てるように撫でてみせれば、ガープが小さく息を呑む。ネコであれば毛を逆立てているか、あるいは別の反応かと考えたが、ガープはネコでないので分からない。
 そのまま手を握り締めれば、ガープが小さく口を開いた。
「それは拙者に?」
「お前に」
 他に誰がいるんだと思ったが、魔界は広い。相手に見られながら他者を触ることで快楽を得る悪魔も少なからずいるだろう。であればアガレスは言い直す必要があった。
「俺が、お前に触りたいの」
 できれば全身。と言えば、ガープはガープは天を見上げた。
 そのままアガレスがじっと見ていれば、地に視線を落とし、わずかに考えるそぶりを見せた後、ぎゅっとアガレスの手を握り返した。
「触ってみるでござるか……?」
 今度はアガレスが目を見開く番だった。
 何か良い返答を用意しようとし、結局できないまま「さわる」と絞り出した答えは、昼休み終了五分前を告げるチャイムにかき消されながら、それでもガープの耳に届いていた。