ではまた明日
「バッキー、お前はカーリのことをどう思ってる?」
晴れた日だった。自宅でのことだ。突然とも思えるサムの言葉にバッキーは眉根を寄せた。彼の視線はバッキーが淹れたコーヒーに注がれていて、しかし砂糖やミルクを入れることも、そのまま飲むこともしなかった。
サムの言葉に、バッキーは平坦な声で返した。
「フラッグスマッシャーズのリーダーだ。……お前の救えなかった」
「そうだな。お前にとってはそうだ」
それ以外に何がある。とは、言えなかった。サムの視線がバッキーへと注がれたからだ。バッキーはひとつ息を吐いて首を振った。ヴァルの『イメージアップ戦略』とやらで伸ばした髪が目の前で散った。顔にかかるそれが鬱陶しく、いっそ丸刈りにしてしまいたいとエレーナに溢したのはいつだったか。
「それよりサム」
「分かってる。ニューアベンジャーズのことだろ」
バッキーの言葉に被せるようにサムは告げた。
「悪いが答えは同じだ。活動を許可できない。フォンテーヌ議員のことは口を出さない約束だが、少なくとも、ボブをこちらに引き渡さない限り」
「それも何度か言ったが、セントリーのことなら問題ない。記憶は失っているし、今は安定している」
「基地の中ではだろ? 他の場所に連れて行ったことは?」
「ない、が」
「バッキー、ボブは民間人だ」
噛んで含めるようにサムは言った。
「ヴァレンティーナ・アレグラ・デ・フォンテーヌの違法な人体実験で、超人としての能力を手にしただけの人間だ。訓練を積んだわけでもなく、……カーリのように、自ら望んだわけでもない。話を聞く限り、フォンテーヌ議員の用意した揺籠でサポートを受け、何一つ不自由なく暮らして症状は安定しているそうだが、彼を暴走させた病気は治ってないんだろ?」
「時々ハイになった後落ち込んでいるくらいだ。サム、彼にも俺の時のようにセラピーを受けろと?」
「必要があれば」
「必要ない」
「それを決めるのは医者だ」
はっきりとサムは言った。
「当事者会や周囲のサポートだけではいつか無理が出る。勿論、どんな名医にだって向き不向きや患者との相性はあるが……。Dr.レイナーのところで受けたカップルセラピーのことは覚えているか?」
「忘れた」
「その顔は覚えてる顔だ。バック、一度しか言わないぞ。俺は再び盾を手にする前に、お前とあのセラピーを受けて良かったと思っている」
バッキーはハッとしてサムの顔を見た。
「誰もがお前と同じわけじゃないんだ」
「サム」
バッキーは口を開いた。しかし言葉を音にする前に、机の上に置かれていたサムのスマートフォンが音を立てた。
「すまない。トレスからだ。ここを出る時間に連絡を入れてくれと頼んでおいた。もう行かないと飛行機に間に合わなくなる。まいったな。ここに来るまでに渋滞で時間をかけすぎた」
「俺のバイクで送るか?」
バッキーは思わず聞いた。サムの車も改造車だが、バッキーのバイクはそれよりもスピードが出て小回りが効く。
しかしサムは顔を顰めて首を横に振った。
「断る。お前は運転が荒すぎだ。墜落するより目が回る」
「酷い言い草だな」
「事実だからな」
サムはすっかり温くなってしまっただろうコーヒーを一気に飲み干した。
「ごちそうさま」
「サム、また連絡する」
「ニューアベンジャーズのことで? 何回言っても、ボブのことがある限りはダメだ。患者の意思は尊重されるべきだが、セントリーの件がある。あの件で一年以上経った今も自分のトラウマから抜け出せなくなった被害者が何人もいる。彼が民間人でなかったら、もっと早く強硬手段に出てるくらいだ」
「強硬手段?」
バッキーは眉間の皺を深くした。立ち上がったサムに問いかける。
「どういうことだ?」
「宇宙からの脅威が迫ってるのに、他の脅威をよりにもよってヴァレンティーナ・アレグラ・デ・フォンテーヌの下においてはおけないってことだ」
バックパックを手にし、サムはバッキーに背を向けた。
「とにかく、ニューアベンジャーズの活動はダメだからな。こっちの条件を飲まない限りバディも解散だ」
「聞いてないぞ」
「今言った。じゃあ、また。ニューアベンジャーズ以外でのことなら、まあ時間を作ってやっても良い」
そう言って、サムはさっさと玄関へと続く扉から出て行ってしまった。
「おい、待て」
立ち上がるが、すでにバッキーの耳に聞こえるのは廊下を走っていく足音だけだ。ここで無理に呼び止めてもサムの気分を害するだけで、下手をすれば何ヶ月か連絡を無視されるのは目に見えていた。
ひとつため息を吐いて、バッキーは再び椅子に座り込んだ。バディ解散と言われたことが思いの外ショックだったと、認めざるを得なかった。
「……まあ良い」
もう一度深く息を吐いて、己に言い聞かせるようにバッキーは言った。
「別れるとは言われてないからな」
恋人としての連絡は可能だろうと思いながら、バッキーはスマートフォンを手に取った。