パレード




 結局、バッキーとサムが一緒に暮らし始めたのは、サムが盾を次世代に受け継いだ後のことだった。
 バッキーが最初に『同居』を持ちかけてから長い時間が経っており、サラには粘り勝ちね。なんて笑われた。
「手を離さないでいてくれてありがとう」とも。

「バック」
 サムに呼ばれて振り返る。共に街を歩いていた時のことだった。どうしたのかと聞けば、夕食用の缶詰を買っておきたいとのことだった。今夜は気になっていた店のテイクアウトとすでに決まっていたが、明日のためにもスープを一品増やしたいという。その意見には賛成だが、今買っては荷物にならないかと聞けば、缶詰ひとつくらい良いだろうと笑われた。その通りだった。バッキーの腕が再び戦闘以外のことに使われるようになって随分と経つ。ワカンダでは農地を耕し、ルイジアナでは子供達にじゃれつかれた腕が、今はサムの隣で缶詰を手にしている。それだけのことだ。
 店を出てすぐに、サムの手がバッキーの手に触れた。すでに何度も経験しているが、どうしてもサムの手が己の手を握る瞬間だけはドキリとする。あからさまな動揺が面白いのか、サムは手を繋ぐ時、いつでもバッキーを見てニヤリと笑う。バッキーはその表情を見るとどうしても眉間に皺を寄せてしまうが、サムの手を振り払うことはしない。正直なところ、動揺を悟られることは癪だと思っていても、サムから手を繋いでくれることが嬉しいので、わざとやっている部分もあった。人間なんてそんなものだ。
 恋をしているなら、尚更。
 サムの手を少しだけ強く握り返し、バッキーはサムの隣を歩く。二人にくっ付いてきているパパラッチには気付いていたが、いつものことなので無視をした。今までの関係に恋人という二文字が追加された当初こそ、写真を撮られあれこれ記事にされたが、それも一ヶ月もすれば落ち着いた。ただ、己はともかく表舞台を退いたサムに対して口汚くあれこれと書き連ねていた記者に対しては、ホアキン・トレスと共に対処した。後でサムにバレて「キリがないからもう辞めろ」とため息を吐かれたが、反省はしなかった。今もこっそりと、時間があると芽を摘んでいる。サムとてバッキーに対して有る事無い事書いた記事には対処したとホアキンから聞いていたので、お互い様だ。
 この国を、あるいは世界を守る際に受け入れた重責は、二人が裏方に回った今も残っている。羽目を外して後に続く者達の足を引っ張る気はない。けれど、あの頃と同じだけのものを背負う気もなかった。
 ましてやこんなただのデートですら、他人の議論の種になるのは願い下げだ。
 バッキーが超人となる前、同性同士の恋愛を罰したのはヒドラを有するナチスだけではなかった。故に無意識下で抑制していた感情に気付くのが酷く遅れた。サムに恋しても良いのだと気付いた時、バッキーの世界は色を変えた。あまりにも鮮やかな変化だったので、その世界に自分がいるのだと数日実感が出来なかったほどだ。誰に恋をするのかも誰を愛するのかも、また誰にも恋をしないのも誰も愛さないのも己で選べる世界だ。あまりの自由さにめまいがした。ヒドラで一切の選択を奪われた過去を思えば尚更だ。
 己の選択に対し、サムも己を選んだのだと知った時のことを、バッキーはおそらく一生忘れない。
「キャップ!」
 遠くから子供の声がした。見れば、道の向こうから駆けてくる子供がいる。続いて走ってくるのはその子の保護者だろう。
 握っていた手を離したのはどちらが早かったか。サムがしゃがみ、子供と視線を合わせた。掌を差し出せば、サムの元まで駆けてきた子供が目を輝かせ、大きな掌に己の掌を合わせた。サムが声を上げて笑っている。
 初めてサムが街中でバッキーの手を握った時、バッキーは少なからず驚いた。すでに肉体関係もあり、親しい者には隠していなかった時期だったが、公共の場で恋人じみたことをするのは初めてだった。
「写真を撮られるぞ。良いのか?」と聞いたバッキーに、サムは笑って「ゴーグルを付けてなかったら分からないさ」と嘯いた。そんなはずはなかった。翌日を待たずにネットニュースになり、友人達からは揶揄を含んだメッセージが飛び込み、今のように子供に見つかって「キャプテン・アメリカだ!」と叫ばれた。
 その際「もう盾は手放したのにな」と告げた男に、バッキーは思わず笑ってしまった。
 お前にとってスティーブは今もキャプテン・アメリカだろう。と。
 スティーブだけではない、イザイア・ブラッドリーも、あるいはあのジョン・ウォーカーでさえ、誰かにとっては今もキャプテン・アメリカなのだ。
 であれば同じようにキャプテン・アメリカであるサムを目指す者はいるだろう。ホアキンが良い例だ。
 追いかけてきた大人に捕まった子供が、まだサムと遊びたいのだと駄々を捏ねる。しかし結局はサムにも説得されてバイバイと手を振った。子供に手を振りかえすサムの手を取って立たせてやる。
「どういたしまして」
 サムが口を開く前に、バッキーは言った。サムがもの言いたげにバッキーを睨み付けるのでつい笑ってしまう。それでもサムの手が離されることはなかった。
「手を離さないでいてくれてありがとう」というサラの言葉を思い出す。本当は、バッキーだけが。ということはなかった。手を離さなかったのはサムも同じだ。サムはキャプテン・アメリカとして飛び回り、バッキーが下院議員として動き回っていても、定期的な連絡を欠かさなかった。今度はバッキーもサムのメールを無視しなかった。時間が合えば会いに行った。時間がなくとも必要だと思えば秘書やスタッフを振り切って会いに行った。もういない友人を懐かしむためではなく、お互いがお互いに会いたかったからだ。
「サム」
 バッキーが呼べば、サムがバッキーを見る。バッキーは缶詰を持ったまま、無言で空を指差した。そこには目を凝らして見える程度の人影があった。その影を見たサムの頬がふっと緩む。あの空に戻りたいかとは聞かなかった。答えは分かっていた。バッキーが彼らに望まれればいつでもこの腕を戦場で振るうように、サムも必要とあればすぐに彼らの元に飛んでいく。
 けれどそれは今ではない。
 眩しそうに目を細めたサムが「行こうか」と言った。バッキーは頷いた。相変わらず手は繋がれたまま、二人は街を歩いていった。