隙間を埋める




 サムの持つ携帯端末の中で、最も使用頻度の低いものはバッキー専用の端末だ。秘匿された通信網で短文しかやり取りしない端末が、着信やメッセージの受信を知らせることは滅多にない。が、ないわけでもない。今日はその珍しい機会のようだ。サムが予定していたより早く任務を終え、どうしても外せない会食の為に翼と盾をキャンプ(とホアキン)に預けた後のことだった。夜のフライト時刻までの空き時間をホテルで本を読んで潰していれば、件の端末の画面がパッと明るくなったのだ。
 下院議員として慣れない仕事をあくせくこなすバッキーが、こちらもキャプテン・アメリカとして昼夜を問わずアメリカ中を飛び回るサムと会う時間は選挙前と比べて随分と少なくなっていた。会える時間は突発的に出来た空き時間か、念入りに調整した休暇中が多く、それもふとしたことで立ち消える。
 サムが端末を覗き込めば、想像した通り「会えるか?」とだけ送られていた。スケジュールアプリで予定を共有している為に、バッキーが任務地の近くにいることは分かっていた。
 サムは数字のみを返した。今いるホテルから最も近いセーフハウスの番地だった。サムの足で三十分ほどの場所だ。
 本を置いたサムが着替えを終え、部屋から出る前に端末を確認すれば、先程のメッセージに既読の文字だけが付いていた。返信はなかったが、無理なら無理と返事がくるので、すでにバッキーもセーフハウスに向かっているのだろう。
 そう考えながら、サムは元から少ない荷物を持ってホテルを出た。
 昔はゴーグルさえ外していれば『ファルコン』とは気付かれなかったが、今ではその過去が嘘のように、どこにでも売っている帽子と眼鏡、そしてナターシャの使っていた変装道具が手放せなくなっていた。

*

 セーフハウスのドアを開ければ、すぐに中に引き込まれた。ぎゅうと音がしそうな程に抱きしめられて、耳元で小さく機械音がする。バッキーがサムの顔を変えていた機械を停止させたのだろう。元ウィンター・ソルジャーとしての知識かそれともワカンダで身に付けた技術か、バッキーは下院議員になった後も機械の扱いに長けていた。
「バック、こら」
 言って止まらないことはサムにも分かっていた。顎を掬い上げられて口付けられる。ホアキン曰くの『変装用の顔には似合うがサムには絶妙に似合わない』眼鏡はすでに床に捨てられていた。いちおうの抵抗として腰に回った相手の腕を掴むがびくともしない。キャプテン・アメリカにふさわしく鍛えた身体であるというのに、超人の力は易々とその抵抗を抑え込む。そのことに驚くほど興奮する。
「サム」
 息継ぎの合間に甘ったれた声で名前を呼ばれ、サムは彼の背中に腕を手を回してやった。もうとっくに抵抗する気は失せているのに、バッキーの力は緩まない。隙間も無いほどお互いの身体がくっついて、胸元が苦しいくらいだ。
 こんなことのために用意した場所じゃ無いのにな。とサムの冷静な部分は考えるが、甘く舌を吸われてその考えも霧散した。公私を分けるのは基本だが、今のサムは公的な部分にプライベートが侵食されている自覚がある。それを目の前の男に指摘されたのも、一度や二度のことではない。
 うっすらと目を開けば、バッキーのブルーグレーの瞳と目が合った。ずっと見られていたのかと思うと気まずさも覚えるが、それも相手の瞳が熱に浮かされたように滲んでいるのを見れば笑みが浮かぶ。今更ながらにバッキーの着ている服が、この場所に用意してあったサムの着替えだと気付いた。明らかにサイズが合っていない。シャワーを浴びたのだろう。どうせならスーツを再度着込んでいれば、脱がす楽しみもあったろうに。
 そう思いながら、サムはそっとバッキーの手に自らの手を重ねてみせた。サムの意図を察した男が出方を伺うようにしながらも、抱き締める力を緩めてみせた。
「良い子だ」
 わざと子供に言い聞かせるような口調で、しかしながらこの男にしかしないようなキスを返し、サムは口を開いた。サムは決して性に奔放ではなく、若い頃に比べれば、年相応に性的な欲求も薄まっている。しかし己の恋や愛が性的なことに結びつく性質なのは理解しているし、それ故に相手に気持ち良くなって欲しいし己も気持ち良くなりたいと思っていた。
「俺も、お前が欲しい」
 と、言うが早いが荒っぽい手付きで肩に担ぎ上げられた。
「おわ」
「ベッドに行く」
 男が欲も露わに告げるので、サムは「フライト時間があるから触るだけな」と笑いながら、そのままベッドルームまで運び込まれてやった。