何故ガープなのかと聞いた時、アガレスはあいつが俺を選ぶから。と言った。いつもの大騒ぎの後の打ち上げで、リードの恋バナに巻き込んだ時のことだった。彼の手には規定量の水で割ったリラック酒の入ったコップが握られており、過去、オペラにキツく叱られた時のように記憶を飛ばすほどではなかったが、それなりに口が軽くなっている時のことだった。
「あいつが俺を選ぶから。って」
リードはそれを聞いて、信じられないという顔をした。
「なにそれ!? 自主性! 自主性はどこいったの!? いくら怠惰に任せたいっていってももっと悪魔ならさあ! あの可愛い子と付き合いたいとか手を繋ぎたいとか、あとはキ、キス、とか、したいとかあるんじゃないの!? もっと欲望のままにさあ!」
『キス』こそ小声であったものの、肩を組まれて耳元で叫ばれて、アガレスはうるさい。とその頭に自らのコップを振り落とした。イッタイ! と叫び声が上がるものの、リードは全くへこたれていなかった。
「だって気になるじゃん。ガープだよ。ガープ。確かに良いやつだしご飯は美味しいし他人の好みなんて千差万別だけどさ、僕と好みが違いすぎるからわかんないというか。例えば姐さんみたいな美しさと可愛さはないわけで」
「そりゃそうだろ」
当たり前だ。イクス・エリザベッタの外見的な魅力を挙げるまでもなく『ガープ』が『混沌』であることを考えれば、外見的な面で彼を選ぶ訳がない。
「じゃあなんで」
再度問いかけるリードの顔を見上げた後、アガレスはクロケル達と騒ぐガープ目を向けた。
今日この場所に、面倒くさがるアガレスを連れてきたのは彼だった。
「……例えばさ」
リラック酒を一口飲んで、アガレスは言った。
「授業中に自由に二人組作れって言われたら、あいつは真っ先に俺を選ぶわけ」
「ん? うん」
「昼ご飯食べる時もまず俺を引っ張って食堂に行くし、授業の関係で別々に食堂に行ったとしても俺を見つけて俺の隣が空いてればそこに座るし、逆に自分が先に座ってたら隣に俺を引っ張ってくる」
「お、おう……」
「つーか食うもんがなかったらこっちの都合お構いなしに勝手に作って真っ先に俺に持ってくるし、そもそも毎日毎日朝食作って俺を引っ張って学校来てんのがあいつ」
「そういえば……」
「でさ」
アガレスはひとつため息を吐いた。
「あいつの野望って、『お仲間百人つくる』ことなんだよな」
俺がその一人目。とアガレスは自分を指差した。
「つまり俺はあいつの野望の百分の一ってわけ」
そう言われて、リードは首を傾げた。
「え? それが今の恋バナとなんの関係が」
「だからさあ」
アガレスは己の手の中にあるコップの中身を飲み干した。
「俺はあいつの『お仲間』の百人の中で、真っ先に選ばれる悪魔なんだよ」
「は……」
百分の一。
思い当たる節がないわけではなかった。むしろ思い当たる節しかなかった。競い合いや意見の相違こそあれど、仲の良い問題児クラスの中でも、ガープは特に懐っこくノリが良い。楽しそうと思えばどんな場所にも顔を出し、誘えばどこにでも付いてくる。
ただそんな彼にも、優先順位というものは存在する。リード主催のサバトに誘った時、あるいはゲームに誘った時、彼が何故その誘いに乗らなかったのか。リードはその理由を知っている。
「それで百分の一を百回どころか千回も二千回も繰り返されてみろ。こっちだって思うところの一つや二つは出てくるっつーの」
わかったか。と言って、アガレスは握り込んだコップを床に置いた。そしてふわりとあくびをこぼすと、そのままシショーの上で寝てしまった。
その姿を見て、リードは唸った。
「な、んだよも~~~!」
リードは知っている。悪魔は欲に忠実だ。欲を叶えるためにはどんな我慢も試練も乗り越える。その一方で、本当に嫌なことはどんな手を使っても拒絶する。そして一度気に入ったものでも飽きればすぐに次の『面白いもの』に手を伸ばす。
そんな悪魔が百回どころか千回も二千回も同じ存在を選び続け、そしてもう一方も百回どころか千回も二千回もその選択を受け入れる。
つまりそれは。
「ただの惚気じゃん」
聞いて損した。と呟きながら、リードは己も自分のリラック酒をぐいと一気に飲み干した。