全会一致で可決した。
アガレス・ピケロの本質は怠惰である。
できることならば何も考えずどこにも行かず、シショーの上で寝ていたい。その為ならばどんな努力も惜しまないし、本気を出す。
それは十三冠となった今も変わらないが、経験を積み欲が増えた分、困難に立ち向かうことは増えていた。昨夜も彼は深夜まで十三冠の集い用に書類をまとめていたのだ。アガレスはシショーの上で寝返りを打ち、もうしばらく寝ていたいと考える。しかし遮光カーテンの隙間から差し込む光はそろそろ目覚ましがやってくる頃だと告げていた。
「アガレス殿! 朝でござるよ!」
案の定、しばしも経たぬうちにノックもなしにアガレスの部屋にガープ・ゴエモンが飛び込んできた。彼の片手には山盛りのおにぎりの乗った皿がある。
「今日は十三冠の集いでござるから早めに家を出るでござるよ!」
「……早すぎるだろ」
アガレスは寝起きの掠れた声で呟いた。十三冠の集いは夜、日が落ちてからである。今は早朝だ。早めに出るにしても昼を過ぎてからで良いはずで、実際、前回の十三冠の集いでは昼食を食べてから家を出た。
しかしアガレスのその問いには、あっけらかんとしたガープの応えが返ってくる。
「魔界塔までの橋をアガレス殿に直して欲しいと、イルマ殿からついさっき連絡があったでござる。出来るかどうかすぐに返答が欲しいと。サブノック殿が不埒な輩と一緒に谷へ落としてしまったらしいでござるな」
「もっと早く言え!」
思わず叫んだ。十三冠になる前から元級友、現同僚から無茶な仕事を頼まれることは多かったが、今も突っ込みを入れずにはいられない。さらにガープに連絡を入れているにも関わらず、アガレスの携帯端末には連絡が連絡が来なかったところをみると、無視すると予想されていたのだろう。正解だが腹が立つ。
アガレスはしばしシショーの上で唸っていたが、やがてひとつため息を吐いて上半身を起こした。
「……朝食べて、一時間後に出かけりゃ昼には着くか」
「引き受けるんでござるか?」
「なんせ『魔王』から直々の『お願い』だしな……。こっちも今日中に決めたい事があるし」
そう言いながら、アガレスはひとつ伸びをすると、魔術で己の机の上に置いたままだった書類を引き寄せた。それを見ながらシショーに洗面所に行って欲しいと告げると、シショーはガープを見上げた後ゆっくりと動き出す。
並んで歩きながら、ガープがアガレスの持つ書類を覗き込んだ。
「前に言ってた今日の議題でござるか?」
「そー。クロケルあたりが言い出してくれればこっちは楽だったんだけど、変なプライドが邪魔して話題にも出せないみたいだからさあ」
そう言って、ガープの前で書類を広げて見せる。
「性別に関わりのない結婚制度の制定。まあ、魔界の結婚制度なんていい加減なもんだったんだけどさ」
アガレスはそう言ってガープに書類を押し付けた。ちょうど洗面所に到着し、シショーから立ち上がる。
魔界の結婚制度は、元々自由奔放な悪魔が、唯一を選び選ばれ隣を勝ち取るのを見るのは面白そうだから。というなんとも悪魔らしい理由で人間界の制度を真似て作られた制度である。
今まで当時の人間界の制度に合わせて男女でしか利用できないものだったが、悪魔には男女以外の性別の者もおり、好きになる相手もどこかのロックアイドルの言葉を借りれば「性別がどーのこーのなんてナンセンス」であるので、問題の多い制度でもあった。その問題の多い制度が今まで改定されなかったのは、家系魔術が血の繋がりにより継承されるため、一部の悪魔に都合が良かったからだ。
しかし今の魔王であるイルマは、そうした問題を見逃さない。
多耳族の独立を促したスカーラの頃、否、その前から現魔王は学び成長し、彼なりの新たな魔界を魔界中の悪魔を巻き込み作り上げている。
「イルマ殿ならすぐに判子を押してくれそうでござるな!」
「まあその後を思ったら憂鬱でもあるんだけどさ」
そう告げたアガレスが、ひとつ息を吐く。
「結婚式、身内だけでやるって言ったら色々言われるんだろうな。面倒くさい」
アガレスとガープが学生時代から長年恋愛関係にあることは、十三冠と彼らに近しい高位階の者なら誰でも知っている公然の秘密であった。そしてアガレスがついにガープにプロポーズしたことも、また同様であった。
立場を考えればその結婚式は政治的にも重要になる。けれど彼らは身内と元アブノーマルクラスの級友以外、誰も式に呼ぶつもりはなかった。ガープの野望そのものであるお仲魔達にもその日だけは遠慮してもらう。それは好奇心旺盛な魔界中の悪魔達の反応や、二人が抱える領地のこと、十三冠同士が結婚という強固な繋がりを持つことによる市場への影響などを考慮すれば、本来はあり得ないことだった。
しかしガープはあけらかんと「大丈夫でござる!」と言ってみせる。
「頑張れば何とかなるでござるよ! それにこの前呼んでもらった結婚式も楽しかったでござるし、拙者達の式も楽しくなる方が絶対に良いでござる!」
アガレスが懸念していることを同じ十三冠であるガープが考えていないはずがない。けれどなんとも前向きだ。そしてその前向きさが、彼の努力により手に入れられたものであるとアガレスは知っている。
「ま、そうだな」
ウキウキと目を輝かせるガープの姿は、学生時代、アガレスを家から連れ出した姿そのままだ。アガレスはその姿を見て笑った。なにせそうした姿こそが、アガレスが愛するガープだったからだ。
「後のことは後で頑張るとして、十三冠のわがままだって言って、一日楽しく騒ぐのが良いか」
アガレスは彼の手にした皿からおにぎりをひとつ掠め取った。
それは過去と同じ、アガレスが一番好きな味がした。