キミはトモダチ

 吾妻ひろと、賀風五ェ門は友達である。
 誰のかといえば、安藤の。
 安藤正康は最近調子を上げている美容師だ。時にはカリスマと呼ばれることもある。有名配信者であるリンディのチャンネルに登場した後は、東京だけでなく全国にその名声が広がった。なにせ腕も良ければ喋りもうまく、最初にバリカンを持ち出しリンディのみならず視聴者を驚かせたことからわかるように、プロのリアクションを引き出すことまでも巧みだった。
 悲鳴を上げるリンディをよそに、笑いながらバリカンを操り金髪に鋏を入れる安藤の手は澱みなかった。やがてリンディの声が悲鳴から戸惑いに、そして感嘆に変わるのは早かった。
「どうですか?」
 彼の手がけたリンディの髪型は前下がりのマッシュヘアとなっていた。バリカンはツーブロック形成のために使われたのだ。リンディの持ち前の愛嬌は損ねず、春らしく軽くなった髪型にリンディが目を輝かせる様はどんな言葉より雄弁で、配信は大いに盛り上がった。その時から常連になったらしいリンディは、度々安藤の務める美容室での目撃情報がSNSに上がっている。
 そして吾妻と賀風はといえば、カットモデルとして美容室のホームページに度々登場する人物だ。他のモデルはほとんどが一度きりなので、彼ら二人は良く目立つ。
 大抵の場合、二人は揃って登場するのが常だった。
「仲が良いんですね」
 安藤に二人のことを聞くお客さんの大半は、安藤と彼らとの何気ない話を聞くと小さな微笑みとともにそう言った。安藤は二人の話をすることを厭わない。むしろ積極的にする方だ。朝のヒーロー番組で賀風がスーツアクターを務めていることを、あるいは建築士でありながら来月柿落としを迎える劇場の公演で舞台監督を務める吾妻のことを、目尻を下げて自ら語り出すこともある。
 面倒見の良い安藤にとって、吾妻は良い弟分であり、また賀風とは同じ世話焼き気質で意気投合しつつ妙なところで競い合う相手でもあった。
 しかし、そんな安藤が表情には出さぬものの、一瞬答えに詰まる問いがある。
「二人の関係は?」
 賀風がSNSを始めてしばらく経った頃、新進気鋭の世界的デザイナーが監修を務めた大河が話題になった。主演は名の知れた大物俳優であったが、準主役の忍者役に抜擢されたのが賀風であり、また新時代の舞台を作り上げる存在として選ばれたのが建築士である吾妻であった。
 元々、役者でありながら素顔を見せず、さりとて演技力と身のこなし、そして何より殺陣の美しさで注目され始めていた賀風と、若くして有名美術館の分館の立ち上げに関わり、特に近代和風建築への造形の深さに対して評価を得ていた吾妻だ。
 その知る人ぞ知る二人が舞台に揃い、さらに吾妻がこの大河に関わったのが、昔馴染みである賀風が吾妻を推薦したからだ。という事実が報道されてからは、公演の盛りに比例するように、建築士と役者という異色の組み合わせのが各種雑誌やSNSを賑わせた。
 賀風がSNSにためらいもなく吾妻の写真を載せることや、吾妻の細々と続けられていたペットと食事の写真が主体のSNSに、賀風らしき人物が度々登場していたことにファンが気付いたことも、その盛り上がりに拍車をかけた。
「仲が良すぎない?」
 ある日、こんな疑問がSNSでこぼされた。賀風の所属する劇団のファンの何気ない投稿であり、しかしそれは小さく何気ない疑問であったからこそ尾を引いた。
 昔馴染み。元同級生。推薦者。エトセトラ。
 吾妻と賀風、二人の関係について雑誌やWeb記事に書かれたことを並べたて、あれやこれやと予測する声が出てきたのだ。
 彼らとしては少しの暇つぶしと大いなる好奇心を満たすための投稿だったのだろう。けれどもそれを見ていた安藤は、決していい気持ちにはならなかった。
 いったい、二人の何を知っているというのだろう。
 端的に言えば、安藤の思ったことはこれだけだった。昔馴染み。元同級生。推薦者。外向きに用意された言葉の全てが二人の関係性を表す言葉として正しいことを安藤は知っていた。けれど同時に、二人が決して明言しない言葉があることも知っていた。
「シンユーだ! そしてキミたちはオトモダチ」
 安藤と吾妻、そして賀風の共通の知り合いに、明日ノ宮有栖という小説家がいる。
 上記は明日ノ宮が酔っ払った末に、己を担当する編集者・佐藤入間と己との関係と、そして安藤達と己との関係を言葉にしたものである。べろんべろんに酔っ払いながら、誇るように祈るように叫ぶ明日ノ宮は何より満足げで、ああ、これは自慢したかったのだろうな。と思ったことを安藤は覚えている。
 安藤達とも付き合いは長いものの、なかなか深いところまでは踏み込ませなかった明日ノ宮が、ほとんど初めて心を開いたのが佐藤である。だからその時の宣誓は驚きと、そして喜びをもって受け入れられた。その後、卯楽くららが「あずあず私は!?」と明日ノ宮の頭に齧り付くとこまでをおさめた動画は、安藤が管理するクラウドに大事に保管をしてあった。
 その場には吾妻と賀風もいて、二人はやはり隣に座っていた。
「なんなんでしょうね」
 二人の関係性を聞かれた時、安藤はそう言ってにこりと笑う。そして接客業で培った己の技術を駆使して二人の関係性について煙に巻く。
 安藤が吾妻と賀風の関係性として浮かぶ言葉はいくつもあり、その大半が正しいのだろうとも思うけれど、一方で、二人以外が決めることではないとも確信しているのだ。
 ——シンユーだ!
 脳裏に明日ノ宮の言葉が蘇る。友達といえど言いたくないことは言わなくても良く、秘密にしておきたいことは墓まで秘密のままで良い。安藤が己と歩室秀打の師匠分である男との関係を、師弟関係と言われたら否定するように、決めたくないことは決めないままで良いし、変えたくなったら変えても良い。
 そして言いたくなったなら、いつかの明日ノ宮のように言ってくれれば良い。関係性なんてものは二人一組にひとつだけ。と決まっているわけではないけれど、二人がしっくりこない言葉を使う必要はないし、他人の目を気にして嘘を吐く必要もないのだから。
 そう思っているからこそ、安藤は二人の関係性を聞きたがるお客さんに、彼らの望む答えは渡さない。
 けれど、同時に二人のことに関して、安藤は胸を張って言えることがひとつある。
「まあ、二人の関係がなんだって良いんですよ」
 煙に巻いた話を、安藤はそう言って終わりにする。その言葉を告げる安藤はいつだって、少しだけ眉を下げた笑顔であった。
「あいつらは、俺のオトモダチなんで」
 嘘偽りのない、それ以上の答えのない、笑顔であった。









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