エトセトラ
「そうして過去ワーストと呼ばれたヒーローと、父を失った娘は別々の場所で歩み出しながらも、親子として幸せに暮らしましたとさ。めでたしめでたし」
歌うように奏でるように、まだ小さな子供に夢物語を語るような優しさで、デッドプールは己の家から旅立った二人のことを語り終えた。
窓から差し込むのは新月の夜を照らすビル群の人工的な光であり、彼の足元に転がるのはあと一時間もすれば肉塊と成り果てる人間たちだ。リノリウムの床はおびただしい血に濡れてぬらりと光り、割れた窓から吹き込む風でも拭えぬ血臭が部屋に満ちている。
しかしそんな現実など目に入らぬように、デッドプールは語り続ける。その耳には部屋の内外から絶えず聞こえるうめき声も聞こえない。
「涙が出るくらい良い話! 映画なら何度リメイクされても興収十億ドル越え期待できそう。でも現実なら一回で十分。ゼロ回が理想。起きちゃったなら次がないように対策しなきゃ」
デッドプールの足が転がっていた試験管を蹴っ飛ばす。血と共に宙を舞ったそれは、狙ったかのようにうめき声を上げる男の口に飛び込んだ。
「アダマンチウムがアース616で採掘できるようになって随分経つけど、まさか違法採掘されたそれがこっちのアースにまで持ち込まれるなんて、流石の俺ちゃんもびっくり。なんせ一回やろうとした時TVAにバレてしこたま怒られてるからね。それなのになんでこんな小物見逃してんだあのバカ組織! 役立たず! あー……。あっちを潰した方が効率良いか?」
今も観測しているだろうTVA職員が聞けばギョッとするようなことを呟いて、デッドプールはため息吐いた。
「でもそれしちゃうとタイムパッドが壊れた時に困るんだよね。ユキオがいればなあ……」
タイムマシンを直した友人を思い出し、デッドプールは息を吐く。最後までデッドプールに「ハーイ! ウェイド」と笑ってみせ、ネガソニック・ティーンエイジ・ウォーヘッドと共に老いて別々の便で天国へ行った彼女は、きっとタイムパッドも直してみせただろう。
当時より技術の進歩は進んだが、TVAの扱うタイムパッドは秘匿されている情報が多く、今のデッドプールの友人たちも、デッドプール自身も自力で修理は出来そうにない。
眉を寄せるデッドプールの思考を遮るように、データサーバーに繋いでいたタイムパッドから音がした。別のアースとの移動を可能にする機器についての情報が収められたサーバーだ。
コードを引き抜きながらウェイドは言った。
「ま、出来ないことは仕方がない。TVA殲滅計画は未来の俺か別の脚本家に望みを託すことにして、俺ちゃんはこのビル爆破しておくか」
その間に、データサーバー経由でコンピューターウィルスがこの組織に関連するネットワークを侵食するだろう。小物を取り逃したTVAが、デッドプールに脅されて作ったウィルスだ。多少一般企業や金融機関にも影響が出るだろうが、デッドプールの知ったことではない。
それだけしてもまだ、足りないくらいなのだ。
爆弾を仕掛け終えたデッドプールは、ビルの全体像が良く見える位置まで移動してスイッチを押した。
「たーまやー」
いつかどこかで覚えた掛け声が、地響きの音にかき消される。新月の空が一瞬明るくなって、人々の混乱が伝播する。揺れる地面を踏み締めながら、ウェイドは深く息を吸った。
「ぜんっ! ぜん! スッキリしねえな!」
いっそ笑ってしまうくらい、怒りが収まることはない。
当たり前だ。こんなことをしても、ローガンの記憶が戻るわけではないのだから。
脳裏に浮かぶのは泣きそうに顔を歪めながら、それでも涙を零さなかったローラの姿と、その姿を痛々しいものを見る目で写していたローガンだ。
おそらくあの時、ローラの中で父親は二度目の死を迎えていた。
「あー。くそっ。もっと派手に暴れるんだった。爆破もなんか小さくないか? 人気俳優呼んで肝心な部分の予算ケチってんじゃねえぞ!」
言いながら、デッドプールは爆破スイッチを投げ捨てた。
そしてぐるりと首を回す。
その目が見つめるのは第四の壁の向こうである。
「いいか。よく聞け」
デッドプールは、第四の壁の向こうに自分達を見つめる存在がいることを知っている。彼らが自分たちを常に見ている訳ではないことも知っている。日常ドラマではないのだ。コミックスだろうと映画だろうとアニメやドラマだろうと、描けることは限られている。
そして彼らが見たいのは、己の苦悩と困難だとも知っている。
デッドプールは銃を構えた。
「これがプロローグだか次回予告だかポストクレジットだか知らないが、ローラとローガンにあんな顔をさせておいて打ち切りにしたら許さねえからな! TVAが邪魔しようとこの壁ぶち破ってあんたの頭をアダマンチウムの銃弾で撃ち抜いてやる! 人生ハッピーエンドで終われると思うなよ! 覚えとけ!」
言うが早いか六発の銃弾が第四の壁に撃ち込まれ、ひび割れた画面は暗転した。