今すぐ教会へ連れて行け
「今の言葉、一、二の、三で忘れろよ。そういう時代じゃないんだから」
お前が好きだ。というローガンの言葉に対するウェイドの答えがこれだった。常の飄々とした態度は鳴りを潜め、キャップの下の表情は、ローラに対するようなあくまでも穏やかなものだった。
「何の話だ」
「上層部の話」
「どこの」
「夢の国」
要領を得ない。ウェイドの夜のお供が虹色の鬣を持つユニコーンなのは周知だが、彼がいるのはローガンと同じ現実だ。決して夢の国ではない。
「そう思ってるのはあんたらだけだって」
「ウェイド」
真面目に聞け。と言えば、ようやくウェイドの表情が変わった。
「真面目だよ」
じゃなかったらこんなこと言わない。と告げるウェイドは、寒そうにパーカーのポケットに手を入れたまま、雪が降りそう。と嘯いた。実際、分厚い雪雲が遠くから迫ってきており、ローガンは雪特有の、頭の奥へと突き抜けるような柔らかく冷たい匂いを感じていた。
その匂いと似た匂いがウェイドからしていた。
「……消えてほしくないんだよ」
地面に落ちて、溶けて形を失う雪の結晶のような呟きだった。
「だって全部が全部、決定権は向こうにある。あっちが『経営上のリスク』だと判断したら全てが無。それこそ指先一本、鶴の一声で忘れるような感情なら、自分の選択で忘れた方がまだマシだ」
——まあバレなきゃ持ってたって良いんだけど。
だからさ。とウェイドは言う。
「忘れろよ。俺もそうするからさ」
「ウェイド」
吐き出される言葉の羅列はローガンには半分も意味がわからず、けれど全てが本音なのだろう。とローガンは思った。
そう思いたかった。
——正解だよ。
ならばローガンは、頷くしかなかった。
ウェイドは笑った。
「まあ人間なんて勝手なもんだし、あと十年もしたら方針が変わって思い出すかもしれないから、その時同じ気持ちだったら教えてよ。ま、誰かが流出させた動画の中かもしんないけど」
どっちでも、カナダに戻って俺ちゃんのユニコーンにあんたを乗せて、その手を取って教会まで引っ張って行ってあげるから。
「ほら」
一、二の、
「三」
「ウェイド」
街並みは、いつかの時代と全く違う。温暖化で雪は降らなくなり、人は寒さを和らげるためではなく日光から己を守る為にフードを、あるいはキャップを被った。
けれど目の前の男がキャップの上からフードを被るのは別の理由だ。
振り向いた男が笑う。
「思い出した?」
その言葉に。
ローガンは、ただウェイドの身体を抱き締めた。