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No.3176
Dオラ
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轟音と共にサイバトロン星へ着陸した宇宙船の存在は、メガトロンのマイクロホンにも届いていた。
事前の通信内容と同じく、乗っているのは『コグを取り戻した』トランスフォーマー数機と彼らが不時着した星に住む有機生命体の使者数名。
そこに本来あるはずの、オプティマスプライムの名前はない。
重々しく開いた宇宙船のハッチから、乗務員達が降りてくる。メガトロンをスコープに納めた途端に大きく手を振った黄色い機体は無視をして、メガトロンは有機生命体の使者を見た。
人間という、コグ無しと同じ大きさしか持たず環境適応スーツやアーマーと呼ばれる外部パーツがなければサイバトロン星の土も踏めない存在は、しかし真っ直ぐに、メガトロンの灯す赤い光を見つめ返していた。
「あれが……」
続々と集まってくるトランスフォーマー達には聞こえない、もはや振動とも呼べない声で、メガトロンは呟いた。
「あれがお前の答えなのか? オプティマスプライム」
◆
センチネル『プライム』が労働ボットからコグを奪ったのは、階級制度による社会構造を構築するためだけではない。
そうと気付いたのはコグを身体に植え付けたクインテッサ星人が現れて、全てが終わった後のことだった。
「オプティマスプライム」
本来ならば医務室にいるはずの背中を記録保管庫で見つけ、メガトロンは舌打ちをした。
「何をしている」
「メガトロン」
声をかける前から気付いていただろうに、オプティマスプライムと呼ばれた『コグ無し』は、驚いたようにホログラムから顔を上げた。
「見てわからないのか? 記録の確認だ」
「お前の仕事じゃない」
「だが、禁止されてもいない」
流れ続けるホログラムを一時停止して、オプティマスプライムは肩をすくめた。
「あんなことがあったんだ。まだ他のみんなは今忙しいだろう? どうせ誰かがやらなくちゃいけないことだ。俺の空き時間はたっぷりある。座ったままできる仕事なんて、今の俺にピッタリじゃないか」
「必要ない」
「おいおい必要がないなんてそんなこと、」
「お前が、する必要がないと言ったんだ。オプティマスプライム!」
大型機特有の発声回路により、オプティマスプライムを包む空気がビリビリと震える。自機の2倍はあろうかという機体に詰め寄られた上に、至近距離で叫ばれて、それでもオプティマスプライムは微動だにしなかった。それどころかやれやれといったように首を振る。
「それを決めるのはお前じゃない」
「じゃあ誰が決めるっていうんだ?」
「オプティマスプライム?」
睨み合う二人のやり取りに割り込むように、底抜けに明るい声がオプティマスプライムを呼んだ。二機が声のした方へ視線を向ければ、棚と棚の間からB-127の顔が現れる。彼はその青い視覚センサに二機を認めると、パッと顔を輝かせた。
「あれ? メガトロンもここにいたんだ。良かった~。探したんだよオプティマスプライム。どこに行ってもいないんだもん。一生見つからないかと思った。検査の時間を過ぎても医務室に来ないからドクターが怒ってたけど、どうする? 俺と一緒に医務室に行く? それとも無視する?」
「無視」
「医務室だ」
オプティマスプライムの言葉に被せるように、メガトロンが断言した。
「早く連れていけ」
「Bはお前の部下じゃないだろ」
「お前がそんなナリの今は、俺の『預かり』だ」
「けれど、俺とお前なら俺の方が権限が強い」
「お前も俺の『預かり』だということを忘れるな」
「アイアコンでは個々の自由と権利が何よりも優先される」
打てば響くようなオプティマスプライムの言葉に、メガトロンの眉間の皺が深くなる。その口が再度開きかけたのを見て、オプティマスプライムは「おっと」とその掌をメガトロンの前に突き出してみせた。
「言いたいことはわかる。病人はその自由を制限されることがある。だろう? だが、それに対する答えも俺は持っている。このままだと平行線だ。仕方がない。B!」
「なに?」
「今の話を聞いていただろう?」
「聞いてたよ。けど、わざと口を挟まなかった。わかるだろ? 俺も政府の一員だけど、その辺の仕事はプライムの管轄で、俺には何が何だかさっぱりだ」
「意見を聞きたいだけだ。君はドクターの要請に答えない俺を探しにきて、医務室に行くか無視するか聞いだろう? どっちが良いと思う?」
「医務室に決まってるだろう」
「メガトロン。今君には聞いていない。なあB、どっちだ?」
「そうだなあ……」
他の者なら萎縮してしまいそうな赤と青の視線を受けながら、オプティマスプライムと同じ『コグ無し』であるB-127は、しばし考える素振りをした後、良いことを思いついた。とでもいうように、指をパチンと鳴らしてみせた。
「とりあえず医務室には行って、検査内容が気に入らなきゃ無視する。それでどう?」
トランスフォーマーの魂であるスパークを身体の隅々までいき渡らせ、持ち主の秘めた力を引き出すのがコグだ。数千サイクルをかけてそのシステムを解析し、コグを身体に埋め込んで強化されたクインテッサ星人は、一時サイバトロン星を崩壊の危機にまで追い詰めた。しかしただ一機のプライムとしてサイバトロン星を支え続けたオプティマスプライムが、ギリギリのところでこの星の危機を救った。
その身に宿したマトリクスをプライマスへ返還することにより、星の崩壊を食い止めたのだ。
「ひどい。このデータも改竄されてる」
モニターに映ったコードを見て、エリータ1は顔を顰めた。それはセンチネルの統治時代に作られた貨物列車の運行状況と貨物リストのデータだ。
「見ただけでわかる杜撰な改竄。こんな時間に列車が出発したことなんてない。誰がこんな適当な仕事をしたの?」
カセットを床に投げ捨てて、エリータ1は言った。
「次はどれ?」
「はいよ。とりあえず新しい番号のものを10枚。目視検査済。ウイルスチェック済」
エリータ1のデスクにカセットを積んで、オプティマスプライムは大きな排気をこぼした。
「記録保管庫のプライムやマトリクスに関する伝承も、見える範囲にあったものはすべて書き換えられていたんだ。こっちも秘密裏に管理されたデータ以外、全部改竄されると思った方が良い」
「その秘密裏に管理されたデータがあるかどうか分からないから、ローラー作戦で確認してるんでしょ」
エリータ1がカセットを接続部に差し込んで、データをモニターに映す。もう流れ作業になった方法で内容と改訂履歴を確認し「これは貨物でなくて労働ボット用電車の運行記録」と呟いた。
「あるはずだ。クインテッサにささげる列車の中身がエネルゴンではなく汚染された金属だった。なんてことがあれば、アイアコンはとっくの昔に滅んでる。偽装を続けるにはどこかで貨物列車の運行計画と貨物の中身を管理しないと」
「簡単に言ってくれるけど、それが見つからないからみんな苦労してるんじゃない。あなたもぼうっとしてないで作業に加わったら?」
「そうしたいのは山々なんだが、この前メガトロンと医務室に睨まれたばっかりでね。次やったらベッドにくくりつけるって言われてるんだ」
ウイルスチェック用に作られた簡易検査機にカセットを差し込みながら、オプティマスプライムは本日何度目かの重たい排気をこぼした。
「作業に熱中して時間を忘れるからでしょ」
エリータ1は彼を振り返らずに言った。
「そうじゃなかったら起動したばかりの子供の手も借りたいくらいよ。いっそ検査のついでにタイマーかアラームを体に仕込んでもらったら?」
「コグの代わりに?」
「笑えない」
椅子を回転させてオプティマスプライムに向き合うと、エリータ1は立ち上がった。
「笑えないわよオプティマスプライム。あなたがマトリクスをプライマスに返還した戦いで、私が何をクインテッサに狙われたか知ってて言ってる?」
エリータ1の美しい指先が、オプティマスプライムの胸の穴を指差した。己よりずっと大きくなった――正確にはオプティマスプライムが小さくなったのだが――彼女に、オプティマスプライムは白旗を上げた。
「悪かった。君に当たるような真似をした」
先のクインテッサとの戦いにて、クインテッサはトランスフォーマー達のコグを奪うと同時に、明らかに特定のトランスフォーマーへの執着を見せた。
エリータ1、B-127、そしてメガトロン。
――プライムのコグを持つ者たち。
「言葉には気をつけてよね」
カン。と音を立ててオプティマスプライムの肩を叩くと、エリータ1は再度データに向き直った。
「あなたの失言は置いておくけど、早くセンチネルがどれだけのコグをクインテッサに渡していたのかを突き止めなくちゃ。奪われたコグや逃した『コグ持ち』以上に兵力がいるかどうかを掴まないと」
「常に緊張感は保ってられないし、エネルゴンも湧き出なくなったから余計な労力は使えないからな」
「今のが自虐なら殴るけど」
「そんなことはありませんエリータ1!」
いつかの鉱山時代を思い起こさせる返答に、今度はエリータ1が排気をこぼした。
「良いから次のを持ってきて」
「はいはいっと。……ん?」
新しい記録媒体を持ってこようと棚の間を覗き込んだオプティマスプライムは、しかしふと動きを止めた。見慣れない棚が壁沿いに増えていたからだ。
「エリータ、この棚は?」
「棚?」
「知らない棚が増えてる」
新たなカセットを床に放って、エリータ1はオプティマスプライムの指差す方を見た。彼女からは死角になる位置に置かれた棚だが「ああ、それのこと」と納得したようにデスクに向き直った。
「それならBが見つけて持ってきた棚よ。データ探しに古い記録媒体を整理したいって言ったら、俺見たことある! ってトランスフォームも出来ないのに地下五十階まで走って行って、その辺の針金で自分の体に括り付けて持ってきたの。つまりは地下のもの」
オプティマスプライムは棚に歩み寄り、エリータ1へと声を張り上げた。
「中身は?」
「少しだけ確認したけど、貨物情報じゃないことだけは確かよ。見て分かるように記録媒体がセンチネルの統治時代よりずっと古い。ただ媒体自体は壊れてなさそうだしBがせっかく持ってきてくれたものだから置いてあるだけ。元親衛隊あたりに見せたら何か知ってるかもしれないけど、今はそんな暇がないから後回しにされてる」
「へえ……」
オプティマスプライムは棚に歩み寄ると、記録媒体を手に取った。確かに他のものよりも古びているが、置かれていた場所が良かったのか一目で分かる劣化はない。
何枚か手に取って媒体に振られた番号を眺めていると、今度はエリータ1が声を張り上げた。
「それよりも、あなた時間は確認してるの?」
「時間?」
見つけ出したナンバー1を己の機体の隙間に滑り込ませ、オプティマスプライムは首を傾げた。
「そう。時間」
エリータ1は言った。
「今のあなたはトランスフォーム出来ないんだから、遅れないように検査に行くならもうここを出なきゃ間に合わないわよ。あのドクター達なら数十サイクル前まで患者を増やし続けたメガトロンの手を借りてでも、今度こそ本当にあなたをベッドにくくりつけるでしょうね」
センチネル『プライム』にとって労働ボットからコグを抜くことは、社会構造の維持とクインテッサとの取引材料を手に入れる一挙両得の方法だったのだろう。
だが彼がアイアコン全住民の半分にまで増えた『コグ無し』のコグのほとんどを、クインテッサ星人に捧げず地下に保管していたが故に、オライオンパックスがオプティマスプライムとしてマトリクスを与えられたあの日、コグ無し達にコグが戻ったのは事実であった。
しかし死してなお、センチネルが残し、植え付けたものはクインテッサ星人の触手のようにサイバトロン星に絡みつき、この星を蝕んでいる。
「どーぞ」
ノックが二回。入室の許可を得る合図に、オプティマスプライムはベッドに寝転がったまま答えた。彼がコグ無しとなってから作られた検査室は医務室内の隣にあり、検査道具とベッド、そして緊急修復ポッドで面積の半分が埋まっている。
ドアが開く音にホログラムから顔を上げたオプティマスプライムは、ほんの少しだけ驚きを表情に乗せた。なにせ現れたのがメガトロンだったからだ。控えめなノックはらしくなかったが、なにもドクター達に睨まれているのはオプティマスプライムだけではない。大方医療室での作法を厳しく言いふくめられたのだろう。そう考えたオプティマスプライムはホログラムを消すとベッドから起き上がりメガトロンと向き合った。
「やあメガトロン。ご用は?」
「聞きたいことがある」
威圧感を滲ませたメガトロンの言葉に、思ったより早かったな。とオプティマスプライムは内心苦笑する。
「何を?」
「お前が企んでいること、全てだ」
メガトロンが、オプティマスプライムの顔を覗き込む。
――嘘も誤魔化しも許さない。
そう告げる赤から、オプティマスプライムは目を逸さなかった。
しばし無言で見つめ合う。先に口を開いたのは、オプティマスプライムだった。
「……企むというほど、道筋が見えている計画じゃないさ」
そう言って、彼は己とメガトロンを隔てるように、ホログラムを展開した。
メガトロンが眉を寄せる。
「これは?」
「13プライム統治時代の研究内容一覧と、その成果物」
「13プライムの?」
プライマスより生み出されし最初のトランスフォーマー達であり、数千サイクルもの間、クインテッサ星人と戦い、この星を統治した者たち。
天井まで映し出されたホログラムをメガトロンは見上げた。その姿を一瞥し、オプティマスプライムは続ける。
「知っての通り、この時代の多くのものがセンチネルにより失われた。記録、伝承、プライムやマトリクスに関する研究や、13プライムについて書かれた個人の日記まで」
「こんなもの、どこから」
「Bさ」
「Bだと?」
「ああ、あいつが棚一台分の記録媒体を見つけ出した」
手元のボタンを操作し、オプティマスプライムが地下50階の光景を映し出した。
「どうやらセンチネルが己の汚い欲望を地下41階から50階に隠したように、プライムの死後、アイアコンに残った、あるいは逃げることのできなかった彼に賛同しないトランスフォーマーも同じことを考えたようでね」
今はもう動いていない溶鉱炉の反対側。B-127のお友達がいた部屋の壁が、一部凹んでいる。
「棚と解らないように裏面を向け、熱で記録媒体が劣化しないよう断熱材を使い、溶鉱炉から離れた場所に棚が設置してあった」
それを聞いて、いっそ呆れたようにメガトロンが言った。
「あいつはなんでそんなものを見つけたんだ?」
「お友達にトランスフォームを見せて棚の背面を壊したらしい。記録媒体を見つけた時は驚いたが、当時はアイアコンの再建で忙しかったからな。とりあえず簡単に直して今まで忘れていたと言っていたよ」
「……スティーブといい、どうなってんだあいつは」
「あの部屋が異質なのかもしれないがな」
B-127の前にあの場所にいたトランスフォーマーの存在を示され、メガトロンは舌打ちをした。オプティマスプライムの表情が気に入らなかったのだ。目を向けるべきは過去ではなく、目の前にいる存在だ。
「それで? お前はその研究成果で、何をしようとしている?」
苛つきを隠さないメガトロンの言葉を聞いて、オプティマスプライムはうっすらと笑ってみせた。今一度ホログラムが立ち上げられる。そこに映っていたのはコグだ。
「古い記録だ。元親衛隊に確認するまでもなく、時代遅れだったり間違った方向に向かっていた研究も多い。一方で、いくつか今では研究することすら難しいものもある。そのひとつがコグだ」
ホログラムのコグが回転し、至る所から機構を説明する文章が現れる。
「彼らはプライムのコグを研究していた」
ホログラムが映し出す12のコグ。欠けているのはマトリクス保持者であるゼータプライムのコグだ。記録された12のコグの全てが異なる輝きを放ち、起動音を響かせ、その中に見知った色を見つけ、メガトロンは無意識に己の胸に手をやった。
オプティマスプライムは言った。
「コグは機体の一部であり、トランスフォーマーの魂であるスパークを全身に行き渡らせる効果を持つ。だがコグの機能はそれだけではない。コグを失ったトランスフォーマーが小さな機体しか維持できないのは、コグが機体内のエネルゴンを保持する役割を担っているからだ」
12のコグが消え、次に現れたのは2つのコグとグラフ。
「これは起動したばかりのトランスフォーマーと、プライムのコグが保持するエネルゴンの平均値を比較したもの。見てわかるように倍以上の差がある。どうやらコグは持ち主と共に成長し、保持するエネルゴンを増やすようだ」
そこで一度話を止め、オプティマスプライムは囁くようにその名を告げた。
「……センチネルは、おそらくこのことを知らなかったのだろう。あるいは興味がなかったか。奴は13プライムを謀りクインテッサと手を組んで『プライム』となった後、契約の証として一機のプライムと数十機の親衛隊のコグをクインテッサに渡している。クインテッサはコグの内部に残留したエネルゴンを喜んだらしいが、彼の統治の後期に鉱山の事故でクインテッサに貢ぐエネルゴンの量が足りなかった際、労働ボットから抜いたコグを代わりに捧げて不興を買っている」
コグのデータの横に、新たなデータが映し出された。
「エリータ1達が見つけ出したクインテッサへの貢物リストだ。この部分。労働ボットのコグを捧げた後、コグを突き返されいつもより短い期間で前回よりずっと多いエネルゴンを貢ぐことになっている。突き返されたコグの方はエネルゴンが残留しているために、もしもに備え保管は続けたみたいだが。そしてその後はコグをクインテッサに差し出すようなことはしていない」
つまり。と彼はメガトロンに向き直った。
「先の戦いでクインテッサが君たちに執着した理由は、これだ」
持ち主と共に成長し、エネルゴンを他より多く保持する機能を持ったコグ。
「クインテッサはエネルゴンに強い執着を見せている。13プライムの時代から今まで、彼らの目的は変わっていなかった」
彼らにとってコグとは、より効率的にエネルゴンを奪い、最後にはこの星を侵略するための道具にすぎない。
オプティマスプライムの言葉を聞き、己の考えを回路に巡らせるようにメガトロンは言った。
「……つまり、マトリクスを返還しエネルゴンが湧き出なくなった後も、鉱脈に染み込んだエネルゴンだけでなく、トランスフォーマー達のコグを狙って奴らはこの星を訪れる可能性が高いということか?」
「ああ、奴らはこの数十サイクル、地上で初めて奴らを見た時のようなレーザー光線を使用していない。あれはセンチネルとの取引を邪魔する親衛隊を狙ったものだったが、敵対関係となった以上、少しのエネルゴンも無駄にはできないと考えたんだろう」
「馬鹿にしやがって」
メガトロンが舌打ちをした。同時に何匹、何十匹、何百匹倒しても次から次へと現れたクインテッサ星人を思い出す。ただ数が多いだけならばアイアコンとの戦いを続けていても退けることは可能であった。だがコグを得たクインテッサ星人の攻撃は苛烈を極め、多くのトランスフォーマーが犠牲となった。アイアコンとディセプティコン、長年対立関係にあった2組織が休戦協定を結び、アイアコンを最後の砦として数十サイクル続く共闘を選択せざるを得なかったほどに。
「センチネルが貢いだコグの個数と先の対戦の記録から、ほとんどの『コグ有』を倒すことが出来たのは分かっている。だが、おそらくプライムのコグを持つ一体。リーダー格の個体を取り逃した」
さらに。とオプティマスプライムは続ける。
「戦いの最中に奪われたコグのほとんどを、取り返せてはいない」
B-127やショックウェーブをはじめとした、アイアコンとディセプティコン合わせ数十名のトランスフォーマー。
彼らはクインテッサとの戦いでコグを奪われ、中には命を落としたものもいる。ショックウェーブのような産まれた時からコグを持つ者は未だ小さくなった機体に慣れず、鏡すら見ることが出来ない。それでもB-127のようにセンチネルによってかつてコグ無しであった者たちは、動けるようになるとあれこれと出来ることを探し始めた。
メガトロンはオプティマスプライムを見た。
そこにいるのは一機のコグ無しだ。
「……だが、取り返そうにもあいつらはもう宇宙の向こうだ」
フラッシュバックしかけた記憶を閉じ、メガトロンは言った。クインテッサ星人との戦いで最も厄介なことは、彼らが侵略者であるが故に防衛において後手に回らざるを得ない点だ。
メガトロンの言葉に、オプティマスプライムは小さく笑った。
「それに関しては、この研究が役に立つかもしれないと考えている」
彼が立ち上げたホログラムには、メガトロンの見知ったものが映っていた。
「これは……」
「元親衛隊が隠れ家として使い、エアラクニッド達に襲われた後も一部の機構を再利用しディセプティコンの基地に使用していた宇宙船」
その数千サイクル前の姿を見上げながら、オプティマスプライムは言った。
「このクインテッサの宇宙船を使って、クインテッサ星人達からコグを奪い返そうと思っている」
クインテッサとの戦いで、オプティマスプライムが腹部に大きな穴を開けたのは他機を庇ったからだった。すでに右脚を失っていた機体はオプティマスプライムに空いた穴に叫び声を上げた。それを見て、メガトロンは馬鹿なことを。と思った。他機のコグよりも、己のマトリクスの方を心配すべきだ。
そう考えながらメガトロンはオプティマスプライムのそばに着地すると、彼に向かっていたクインテッサ星人をその砲弾で撃ち殺した。ついでにわあわあとうるさい機体をシャットダウンさせてやる。崩壊する地面にオプティマスプライムが倒れ込む。戦いはいよいよ終わりに近づいていた。メガトロンはオプティマスプライムに目を向けた。何千サイクルもの間敵対し続けていたのだ。メガトロンはマトリクス保持者の自己修復能力を知っている。この程度の大穴、数日あれば修復が完了するだろう。
だがオプティマスプライムはメガトロンを見上げ、バトルマスクを外した。思えばメガトロンが彼のバトルマスクを外した姿を見たのは、アイアコンを追放されてから初めてのことだった。
しばし動きを止めたメガトロンを見上げ、オプティマスプライムは口を開けた。彼を『プライム』たらしめるマトリクスが光る。
「私は……」
そばで戦っていたエリータ1でも他のアイアコンの戦士でもなく、メガトロンをその青い光で射抜きながら。
「私はもう、アイアコンを、」
彼はマトリクスを手放した。
メガトロンは衝動的にオプティマスプライムの軽い機体を持ち上げた。音を立てて記録媒体が床に落ちる。咄嗟に小さなそれを踏み潰したが、短絡的に見えて深い部分で考えを巡らせた末に大胆な行動に出るオプティマスプライムだ。記録媒体のバックアップを取っていないはずがない。
片手首を掴まれ出来損ないの玩具のように吊り下げられたオプティマスプライムは、しかしメガトロンを青い視覚センサに収め続けた。
メガトロンは口を開いた。
「自分が何を言っているのか分かっているのか? オプティマスプライム」
「分かっているさ。……分からないはずがない」
器用に手首を掴まれていない方の肩をすくめ、オプティマスプライムは言った。
「私はアイアコンを出ていく」
「許されると思っているのか!」
メガトロンは叫んだ。オプティマスプライムの手首からミシミシと金属の軋む音がする。だがメガトロンは彼のバトルアックスで機体を削がれたのと同じだけ、オプティマスプライムを己の砲弾で撃ち抜いている。今更手首の機構が壊れたところで気にするのはドクターくらいのものだろう。
そう考える一方で、メガトロンの冷静な部分が告げている。
今のオプティマスプライムはコグ無しだ。
小さく軽い。かつてのメガトロンが穴を掘るしか能がないと言い切った姿。
その小さな姿に。
――民衆は未だ『プライム』を求めている。
「私の存在は、アイアコン再建の妨げとなる」
ゆったりと、いっそもどかしいまでの口調で、オプティマスプライムは告げた。
「サイバトロン星の核はプライマスだ。この星へとトランスフォームし、私達を産み出した大いなる力を持つトランスフォーマー。マトリクスは彼の一部であり、だからこそあの時返還せざるを得なかった。マトリクスの自己修復機能を使わなければ、この星は滅んでしまっただろうから」
噛んで含めるように、オプティマスプライムは続ける。
「私たちよりもずっと大きな力を持つプライマスだ。マトリクスの自己修復機能を用いても、クインテッサによって傷付けられた彼の修復には何十、何百サイクルかかるだろう。プライマスは今、己の全てを自己修復に注ぎ込んでいる。この間に新たなプライムを選び出す余裕はない」
オプティマスプライムの手が、その胸にぽっかりと空いた穴に触れた。
「そして同時に、私がプライムの証であるマトリクスを取り戻すこともない」
分かるだろう? といっそ慈愛に満ちたような声で、オプティマスプライムは言った。
「私はもう、アイアコンを守れない。……いや」
違う。と、彼は小さく首を振る。
これは、己の選択であるのだと。
「俺はもう、アイアコンを守らない」
鈍い金属音が部屋に響いた。
今度こそメガトロンは耐えきれなかった。小さなコグ無しを引き倒し、展開した主砲でその機体を床に縫い留めた。
砲口が狙うのは穴の空いた胸元だ。
「ずっと前から考えていた」
その砲身に触れ、変わらぬ声で、オプティマスプライムはメガトロンに告げた。
「アイアコンの住民は、いっそ愚直なまでにリーダーを求めている。彼らにとってリーダーとはプライマスから与えられたものだ。マトリクスの機能により底上げされた能力と、プライムに相応しいスパークを持つ機体。彼らはプライムが間違えることはないと信じていて、だからこそ、センチネルの暴挙を許してしまった」
機体的特徴による産まれながらの階級制度。贅沢を極めた偽りの預言者。塗り替えられた真実。
「あの頃コグ無し達の権利や自由はセンチネルに与えられるものだった。本来なら誰もが産まれ持つ権利や自由を取り上げられ、その責任すら与えられやしなかった。どこかでおかしいと思いながら、アルファトライオンと出会うまで『センチネルプライム』を疑いもしなかった」
オプティマスプライムの顔が歪む。
「プライムの存在は、アイアコン住民の全センサを狂わせる。プライマスは最初に13機のプライムを産み出した。機体も考え方も能力も違う13機だ。彼らは対等で、兄弟で、友人であり宿敵だった。マトリクスを持っているからとて、ゼータプライムの意見に誰もが賛同する訳じゃなかった。センチネルが隠していた議会記録では、満場一致で決められたことの方が少ない。プライム達はそうして間違いを起こさぬよう慎重にアイアコンを運営してきたんだ。だが、私は……」
吐き出された言葉に、メガトロンは記憶の片隅に追いやっていた記録を思い出した。
二機がまだコグ無しであった頃、センチネルを疑うことなくアイアコン5000を観戦した日々の記録。
その記録に、目の前のオプティマスプライムの表情が重なった。
「私は、ただ1機だ」
――役に立ちたい。と『オライオンパックス』は言っていた。
センチネルプライムの役に立ちたい。助けになりたいと。
そこには多大な承認欲求や名誉欲、コグ無しに対する穴掘りしかできない役立たずという評価への反発も確かに含まれていた。けれど同時にセンチネルを気遣う純粋な心があった。アイアコンの象徴として立ち、彼はプライムとしていつかマトリクスを見つけ出すとセンチネルを信じて疑わない民衆の中で、オライオンパックスだけが13機の兄弟を失いたった1機となったトランスフォーマーの傷と負担を慮っていた。センチネルに助けが必要だと。
プライムの完全さを疑っていた。
カリ。と小さな音を立ててオプティマスプライムがメガトロンの砲身を引っ掻いた。
「私がいなくなった時、センチネルのような者が出てこないと言い切れるか? クインテッサによって、マトリクスごと囚われたなら? ましてや私が間違えた時、アイアコンはどうなる? プライマスがマトリクスを奪ってくれるなら良い。だが、そうでないならば」
アイアコンは、オプティマスプライムによって滅びるのだ。
メガトロンは青い光を見つめ続けた。何千サイクルもの間アイアコンを支え、己と敵対した存在を。
「……お前には、エリータやBがいるだろう」
メガトロンの言葉に、オプティマスプライムは自嘲した。
「ああ、彼らは私が間違えた時は止めようとしてくれるだろう。実際、今の考えを彼らに吐き出した時にエリータに怒られたよ。民衆を起動したばかりの子供扱いするなと。その考えが間違いだと。……私がプライムとなってから、最初にしたことはアイアコン全住民の権利と自由を保証し、一方でその責任を自覚させることだ。アイアコン住民のスパークは、常に未来をより良いものにしようと考えている」
だがそれは、13プライムの時代も同じであった。サウンドウェーブやショックウェーブ達、親衛隊の言葉の端々から、遠き時代の君主への思慕が窺える。その統治下でもセンチネルは13プライムを謀り、民衆の自由と権利を奪ったのだ。
「正直なことを言えば、マトリクスをプライマスへ返還する時、安心したんだ。もう悩まなくて済むと。もう誰かがセンチネルのようになるかもしれないと疑わずに済むと。もう彼らにとって、私が1番の障害ではないかと考えることはなくなると」
オプティマスプライムがマトリクスを得てから数千サイクルの時が経っている。アイアコンも、ディセプティコンも、オプティマスプライム自身も、全てが大きく移り変わるのに十分な時間だ。
だのにマトリクスを失った後、オプティマスプライムはまるで数千サイクル前のような言動を取るようになった。まるで己はオプティマスプライムではなく、コグ無しの一労働者だとでも言うように。
「クインテッサから権力を買っていたとはいえ、センチネルのたった50サイクルでの統治下でも、エネルゴンの鉱脈は枯れかけた。もしもに備えてエネルゴンの備蓄や公共機関の省資源化、エネルゴンに変わる資源の発掘は前々から進めていたが、アイアコンとディセプティコン、減ってしまった住民の数を考えても、今のままではもって数百サイクル。切り詰めなければならない。そして私がアイアコンから出て行けば、民衆はいつかマトリクスが戻るという幻想を抱くことはなくなるだろう。」
「それはっ……!」
口減し。と言ってしまうのは簡単だった。だがメガトロンは言えなかった。巨大な砲身が僅かに震え、砲口がオプティマスプライムの胸から外れる。
「……それが、お前の良い考えなのか?」
「ああ。それにクインテッサの宇宙船は同士討ちを避けるため、同じ星の船を攻撃できないようになっている。親衛隊がクインテッサに見つからなかったのはそのためだ。そしてクインテッサは今回の戦いにおいて、コグを検知する機械を使っていた。コグ無しであれば、その検知能力にも引っかからない」
オプティマスプライムの言葉に、メガトロンは目を閉じた。そして己の主砲を格納すると、オプティマスプライムを解放し、ベッドの上に座り込んだ。
「メガトロン」
「お前は」
立ち上がったオプティマスプライムの言葉を遮って、メガトロンは言った。
「お前は、そうするしかなかったんだろう? オプティマスプライム」
絞り出すような声だった。
「ああそうだ。お前のすることは全部正しい。お前は規則を破らなきゃならなかったしアイアコン5000に出なきゃならなかった。マトリクスを探しに地上に行かなきゃならなかったし、コグ無し達に真実を教えなきゃならなかった。そしてセンチネルを、」
は。と荒い排気がメガトロンの口から漏れた。
「センチネルを庇わなきゃならなかった」
絶えず動き続ける二機のモーター音が、部屋の中を支配する。オプティマスプライムはただメガトロンを見つめ続けた。己より二倍ほど大きな、しかしベッドに座ってしまえば、立ち上がったオプティマスプライムと変わらぬ視線を持つ機体を。
メガトロンは言った。
「お前は、宇宙へ旅立たなければならないんだろう」
その言葉に、最善の名を持つプライムはただ首肯した。
メガトロンは天井を見上げた。
「死にに行くようなもんだ」
「そうでもないさ」
オプティマスプライムはメガトロンに掴まれたせいでキシキシ言うようになった手首を回した。その途端に、どこからか小型の飛行装置が現れる。
「それは?」
「視覚拡張用ドローン」
怪訝そうな顔をしたメガトロンに、オプティマスプライムは言った。
「コグ無しとなった科学者と一緒に作ったものだ。何か、コグ無しでもクインテッサ星人と戦える方法はないかと。最初はコグの代替品を作ってトランスフォームできるようにならないかと思ったんだが、どうやっても劣化品にしかならない。それなら、我々が『できるはずのもの』にわざわざ縛られず、他の方向性を見出せないかと考えて作ったのがこれだ」
2機のドローンが、ぐるぐると回っている。
「複数機使うには訓練が必要だが、少ないエネルゴンで長時間稼働可能。5キロを越えるとレスポンスが遅れるが最大10キロ先まで偵察ができ、音声も伝えることができる。……ドクター達がこの部屋に飛び込んで来なかったのも、これで入って来るなと命令したからだ。後で一緒に謝ってくれよ」
あと、これの他にも色々と開発している装置がある。と話し出したオプティマスプライムに、メガトロンは呆気に取られた後、笑い出したくなった。実際、少しだけ笑ってしまい、その顔にオプティマスプライムの動きが止まる。
「どうした?」
「あ、ああ。いや、なんでもない。少し、申し訳なく思っただけだ。君達には、大変な時期にアイアコンを任せてしまう」
「俺がこのままアイアコンに留まると思っているのか?」
顔を顰めたメガトロンに、オプティマスプライムは頷いた。
「もう協定を結んで何十サイクルにもなる。クインテッサ星人の侵略がひと段落したとはいえ、今更君たちを追い出そうとする者も少ないだろう。ディセプティコンの中には住居を買った者もいるし、エネルゴンが湧き出さなくなった今こそ、アイアコンにはディセプティコンの協力が重要となる」
それに。とオプティマスプライムは言った。
「アイアコンとディセプティコン、2つの組織をまとめあげる者が必要だ」
オプティマスプライムはドローンをしまい、メガトロンに向き直った。
「私はそれが君であれば良いと思っている」
静かな、しかし力のある言葉だった。
メガトロンは答えた。
「反発が出るだろうな。アイアコンじゃ俺は嫌われてる。協定を結んだ際に面と向かって言われたよ。お前を認めないって」
それは鉱夫時代の顔見知りからの言葉だった。
その機体は言った。
『Dー16、俺はお前を仲間と認めない。オプティマスプライムがマトリクスを得たあの日、俺はお前がセンチネルを引き裂いた後、アイアコンを破壊しようとしたのを覚えている。お前はジェットパックを背負ってオライオンに協力した俺たちを逃がすことなく、アイアコンを破壊しセンチネルの親衛隊の生き残りを殺すことを優先した。オプティマスプライムがお前を止めて追放しなけりゃ、俺はもう少しで瓦礫の下敷きになって死ぬところだったんだ』
アイアコンと協定を結んでから、メガトロンは様々なことを突きつけられた。あの日、己を止めたオプティマスプライムが、本当に避けたかったことはなんなのかも。
口を引き結んだメガトロンに、オプティマスプライムは言った。
「エリータ達がいる。それに、君はディセプティコンの者達がアイアコンを追放されても自らついて行く事を選んだリーダーだ。私とは違う」
「スタースクリームみたいな風見鶏を見てそう言ってるなら随分と楽観的だな」
「自分でリーダーとなろうとした者がいるだけでも羨ましい部分はあるさ。この数千サイクル、アイアコンは安定し過ぎていた。自らアイアコンを支え、リーダーとなろうとする者は出てこなかった。みんな私のサポートに徹しようとする。だが、これからはそうもいかない。アイアコンを救い、新たにマトリクス保持者を目指す者が出てくるべきだ」
俺のようなコグ無しの中にも。
オプティマスプライムの手がメガトロンに伸ばされ、ほんの少しの躊躇いを見せた後、下ろされた。
オプティマスプライムは言った。
「コグを取り戻して必ずこの星に戻ってくる。その時、この場所で迎えてくれるのがお前であれば良い。そう俺は思っているよ」
オプティマスプライム達は、それから数サイクル後に宇宙船を完成させ旅立っていった。壊れた宇宙船の研究内容にクインテッサ星の座標はあったが、懲りもせずやってきたクインテッサの偵察兵を追って行ったので、エリータ1は碌な話もできなかったと未だに根に持っている。
オプティマスプライムと旅立ったのは彼と同じくコグを奪われたB-127やショックウェーブ達10名。ショックウェーブは乗務員を決める会議で最後まで拒否していたが、メガトロンからいざという時に一機で逃げ出して良い権利とB-127の口を好きな時に塞ぐ自由を貰い、そして己のコグ無しの姿をスタースクリームから鏡を使って突きつけられて、自ら宇宙船に乗ることを決めていた。その後、彼が独自に改造した自爆装置付き視覚拡張用ドローンで、スタースクリームが襲われたのは言うまでもない。
飛び立った宇宙船には一日ごとに定期連絡をするようにと約束させたが、宇宙船が遠ざかるほどに電波が届くのに時間が掛かるようになる。やがて1日ごとが2日ごとに、1週間ごとが1ヶ月ごとになった。サイバトロン星からの通信も、同じように時間をかけて宇宙船に届いているのだろう。
そうして飛び立った宇宙船からの通信を誰もが待ちながら、サイバトロン星に残ったアイアコンとディセプティコンは、マトリクスの存在しない星で新たな生活を積み上げていった。
メガトロンはオプティマスプライムが望んだように、アイアコンの新たな統治者となった。予想通り反発もあったがエリータ1達アイアコンの協力により、今のところ大きな問題は起こっていない。定期的にスタースクリームによる反乱が起こるくらいだ。
一方で、それは大きな反発が起こらないほどに民衆が疲弊していることも表していた。プライマスですら傷を負った戦いだ。オプティマスプライムに付いて行かなかったコグ無しの他にも、コグに傷を負い元の出力を保てなくなった者や、うまくトランスフォームできなくなった者が街にはいた。
メガトロンは彼らにオプティマスプライムが作り上げた視覚拡張用のドローンやその他の外付けパーツを与え、また新たなものを開発することを推奨した。それらは日常生活を送るだけでなく、鉱山でエネルゴンを採掘する際に危険な箇所を見つけ出すことに使われたり、地上で資源を発掘する際にも使われた。そうした危険な場所で働くのはその場に適した能力を持つトランスフォーマーであり、そこにコグの有無は関係がなかった。
外付けパーツはサイクルを重ねる毎に増えていった。それらはもしもトランスフォームできたら。などといった空想から生まれることもあった。出来のいい外付けパーツが生まれると、開発を推奨したメガトロンへの称賛が増えた。コグ無し時代、そんな空想は無駄だと言いながら何度も交わした会話がメガトロンの統治を支えていた。
ある時、宇宙船からの通信がぱったりと途絶えた。途絶えたまま1サイクルが経ち、自然に誰も通信を話題に上げなくなった頃、不意に入電を知らせるランプが点った。
待ちに待った宇宙船からの便りだった。
『もしもし? もしも~し! ねえこれちゃんと聞こえてる? もしも~し! あ、そうか。ラグがあるんだった。えーと、今日の通信当番はアイアコン所属B-127。クインテッサ星人との交戦で通信機が破損。他の部分もしっかり壊れてやばいところで地球って星に不時着してたから、ここ1サイクルくらい通信ができなくなってた。ごめんね。心配した? でも地球で現地の人間って有機生命体に助けられて、そのままお世話になりつつ追いかけてきたクインテッサ星人のコグを複数個回収。何個かがそっちに残った機体のだから、今は1回そっち戻る予定を立ててるところ。あ、でもクインテッサ星人が地球の場所覚えちゃったから、クインテッサがこの星に迷惑かけないようにオプティマスプライムとコグを取り戻してないショックウェーブ達は残るみたい。あとプライマスの修復に必要な知識をこっちで見つけたから、人間の友達何人か連れてくよ。今日伝えとくことはこれくらいかな。あ、俺こっちでめちゃくちゃ俺に似てる車って乗り物見つけてびっくりしちゃった! オプティマスプライムはトラックね。他なんかある? ない? クインテッサ星でいっぱい盗んできたエネルゴンのことは? 明日ちゃんと説明する? 今はショックウェーブがキレそう? ガムテープで口塞がれるのはちょっと……。あれベタベタするんだよな~。じゃあ今日は終わりでいっか! またね~』
それからは、ほとんど毎日通信が届いた。徐々に通信の頻度が短くなり、数時間おきに届いたこともある。頻度が短くなることは宇宙船が近付いていることを示していた。メガトロン達が指摘する前に宇宙船の乗務員が気付いて2日ほど間が開いたが、その後は途切れることがなく。
だが、そこにオプティマスプライムの声はない。
彼のいる星にもサイバトロン星との通信機は置いて行ったと聞いているが、星に留まった者達よりも宇宙船に乗った者達の方が危険度が高いからと、緊急時以外は宇宙船の到着予定日まで通信を控えることにしたという。そして星に残ったのは彼含めて5機。
おかげでB-127が通信当番をする確率が高くなっている。
最後の通信は宇宙船到着の数時間前だった。そうと聞いていなければ迎撃体制に入っていただろうクインテッサの宇宙船を、今回ばかりは地上で今か今かと待ちわびている。
プライマスが傷を修復中であるためか、地上の動きはかつてより少なく凪いでいる。
事前に送られてきた座標から少しズレた場所に宇宙船は着陸した。
重々しく開いた宇宙船のハッチから、乗務員達が降りてくる。最初に飛び出してきたのはB-127だ。その後に続いたのは見慣れぬ存在。
人間という、コグ無しと同じ大きさしか持たず環境適応スーツやアーマーと呼ばれる外部パーツがなければサイバトロン星の土も踏めない生物。
トランスフォーマー達は彼らを守るように列の前後に並び、待っていた者達へと歩み寄った。
ざわめきが大きくなる。
B-127が耐えきれなかったようにメガトロンとエリータ1に向かって走り出した。コグを取り戻しても小さな機体は、大きな声で笑った。
「ただいま! メガトロン! エリータ!」
「おかえり、B」
エリータ1が詰めていた排気を零した。途端に堰を切ったように話し出した機体を見て、感極まったように目元を指で拭っている。
メガトロンはその光景を一瞥した後、B-127の後ろにいた人間を見た。全員がコグ無しと同じ程度の背丈しかないが、その中でも一際小さな人間は、下部機構に車輪を持っていた。
メガトロンが無意識に見つめていると、その車輪を持った人間はメガトロンの前へと進み出た。大きさに差がありすぎるために、相手はほとんど垂直に顔を上げねばならない。
メガトロンはその場に胡座をかいて座った。それでも視線は合わず、相手を見下ろすこととなる。
小さな生き物が言った。
「メガトロン、大帝?」
その呼称を聞くのは久しぶりのことだった。
「メガトロンで良い。人間の使者だな」
「使者なんて堅苦しいものじゃない。Bの友達。オプティマスプライムや他の機体ともね」
そう手を振って名前を告げる。簡単に言葉を交わした後、メガトロンは相手の車輪に目を向けた。
「人間もトランスフォームを?」
メガトロンの言葉に、相手がパチリと目を瞬かせた。
「どうした」
「いや、オプティマスプライムにも同じことを聞かれたから。人間はトランスフォームできないよ。でも、そう。そうだね。この車椅子は自分の身体の一部だ。脚を車輪に置き換えたと考えれば、それもトランスフォームと言えるのかな」
スーツに包まれた手が車輪を愛おしそうに撫でた。
「正確にはこの環境適応スーツと同じ後付けの外部パーツだけど、たとえ産まれ持っていなかったものだとしても、これは自分の脚で、車輪だ」
外部パーツ。その言葉に、メガトロンは、ああ。と頷いた。今では当たり前に使われている、視覚拡張用ドローン。
「理解した」
頷いたメガトロンに、相手はニコリと笑う。そしてハッとしたように言った。
「忘れていた。あなたに伝言があるんだった。手を出して」
「手を?」
訝しみながらも、メガトロンは手を出した。
「そう。握って。そうそう。ありがとう」
言う取りにしたメガトロンの手に、小さな手が伸びる。
コン。と軽い音がした。
相手の拳がメガトロンの指先に触れたのだ。
「オライオンパックスからD-16へ」
――コグ無しでも出来るってことを、証明して戻ってくる。
メガトロンは口を開き、閉じ、そして小さな拳が触れた己の拳を見た。
オプティマスプライムの伝言を携えた相手がひとつため息を吐く。
「どうせなら手紙か通信媒体を使えば良いとは言ったんだけど」
「いや」
相手の言葉を遮ってメガトロンは首を振った。
「十分だ」
そして小さな身体を車椅子ごと持ち上げ、他の人間達と合流させてやる。B-127達に先導されていく背中を見つめた後、メガトロンは彼らとは別の方向へと脚を向けた。
たどり着いたのは通信室だ。そこでオプティマスプライム達、地球に残った者達へ向けた通信機を起動させる。告げた内容は簡素だ。B-127達が戻ったこと。通信を再開すること。コグはエリータ1が受け取ったこと。
それらの話を終えた後、不意にメガトロンはオプティマスプライムの言葉を思い出した。
――この場所で迎えてくれるのがお前であれば良い。
しばしの間をおいて、メガトロンは言った。
「伝言を受け取った」
たとえこの星の全員がコグを取り戻しても、ただ一機その胸の穴を埋めることのない、しかし、メガトロンと並び立つだろう機体に向けて。
「お前が、俺との約束を守るなら、俺はお前との約束を守る」
それはメガトロンとなったD-16に残った、オライオンパックスへの愛だった。
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2024.10.30 04:59
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轟音と共にサイバトロン星へ着陸した宇宙船の存在は、メガトロンのマイクロホンにも届いていた。
事前の通信内容と同じく、乗っているのは『コグを取り戻した』トランスフォーマー数機と彼らが不時着した星に住む有機生命体の使者数名。
そこに本来あるはずの、オプティマスプライムの名前はない。
重々しく開いた宇宙船のハッチから、乗務員達が降りてくる。メガトロンをスコープに納めた途端に大きく手を振った黄色い機体は無視をして、メガトロンは有機生命体の使者を見た。
人間という、コグ無しと同じ大きさしか持たず環境適応スーツやアーマーと呼ばれる外部パーツがなければサイバトロン星の土も踏めない存在は、しかし真っ直ぐに、メガトロンの灯す赤い光を見つめ返していた。
「あれが……」
続々と集まってくるトランスフォーマー達には聞こえない、もはや振動とも呼べない声で、メガトロンは呟いた。
「あれがお前の答えなのか? オプティマスプライム」
◆
センチネル『プライム』が労働ボットからコグを奪ったのは、階級制度による社会構造を構築するためだけではない。
そうと気付いたのはコグを身体に植え付けたクインテッサ星人が現れて、全てが終わった後のことだった。
「オプティマスプライム」
本来ならば医務室にいるはずの背中を記録保管庫で見つけ、メガトロンは舌打ちをした。
「何をしている」
「メガトロン」
声をかける前から気付いていただろうに、オプティマスプライムと呼ばれた『コグ無し』は、驚いたようにホログラムから顔を上げた。
「見てわからないのか? 記録の確認だ」
「お前の仕事じゃない」
「だが、禁止されてもいない」
流れ続けるホログラムを一時停止して、オプティマスプライムは肩をすくめた。
「あんなことがあったんだ。まだ他のみんなは今忙しいだろう? どうせ誰かがやらなくちゃいけないことだ。俺の空き時間はたっぷりある。座ったままできる仕事なんて、今の俺にピッタリじゃないか」
「必要ない」
「おいおい必要がないなんてそんなこと、」
「お前が、する必要がないと言ったんだ。オプティマスプライム!」
大型機特有の発声回路により、オプティマスプライムを包む空気がビリビリと震える。自機の2倍はあろうかという機体に詰め寄られた上に、至近距離で叫ばれて、それでもオプティマスプライムは微動だにしなかった。それどころかやれやれといったように首を振る。
「それを決めるのはお前じゃない」
「じゃあ誰が決めるっていうんだ?」
「オプティマスプライム?」
睨み合う二人のやり取りに割り込むように、底抜けに明るい声がオプティマスプライムを呼んだ。二機が声のした方へ視線を向ければ、棚と棚の間からB-127の顔が現れる。彼はその青い視覚センサに二機を認めると、パッと顔を輝かせた。
「あれ? メガトロンもここにいたんだ。良かった~。探したんだよオプティマスプライム。どこに行ってもいないんだもん。一生見つからないかと思った。検査の時間を過ぎても医務室に来ないからドクターが怒ってたけど、どうする? 俺と一緒に医務室に行く? それとも無視する?」
「無視」
「医務室だ」
オプティマスプライムの言葉に被せるように、メガトロンが断言した。
「早く連れていけ」
「Bはお前の部下じゃないだろ」
「お前がそんなナリの今は、俺の『預かり』だ」
「けれど、俺とお前なら俺の方が権限が強い」
「お前も俺の『預かり』だということを忘れるな」
「アイアコンでは個々の自由と権利が何よりも優先される」
打てば響くようなオプティマスプライムの言葉に、メガトロンの眉間の皺が深くなる。その口が再度開きかけたのを見て、オプティマスプライムは「おっと」とその掌をメガトロンの前に突き出してみせた。
「言いたいことはわかる。病人はその自由を制限されることがある。だろう? だが、それに対する答えも俺は持っている。このままだと平行線だ。仕方がない。B!」
「なに?」
「今の話を聞いていただろう?」
「聞いてたよ。けど、わざと口を挟まなかった。わかるだろ? 俺も政府の一員だけど、その辺の仕事はプライムの管轄で、俺には何が何だかさっぱりだ」
「意見を聞きたいだけだ。君はドクターの要請に答えない俺を探しにきて、医務室に行くか無視するか聞いだろう? どっちが良いと思う?」
「医務室に決まってるだろう」
「メガトロン。今君には聞いていない。なあB、どっちだ?」
「そうだなあ……」
他の者なら萎縮してしまいそうな赤と青の視線を受けながら、オプティマスプライムと同じ『コグ無し』であるB-127は、しばし考える素振りをした後、良いことを思いついた。とでもいうように、指をパチンと鳴らしてみせた。
「とりあえず医務室には行って、検査内容が気に入らなきゃ無視する。それでどう?」
トランスフォーマーの魂であるスパークを身体の隅々までいき渡らせ、持ち主の秘めた力を引き出すのがコグだ。数千サイクルをかけてそのシステムを解析し、コグを身体に埋め込んで強化されたクインテッサ星人は、一時サイバトロン星を崩壊の危機にまで追い詰めた。しかしただ一機のプライムとしてサイバトロン星を支え続けたオプティマスプライムが、ギリギリのところでこの星の危機を救った。
その身に宿したマトリクスをプライマスへ返還することにより、星の崩壊を食い止めたのだ。
「ひどい。このデータも改竄されてる」
モニターに映ったコードを見て、エリータ1は顔を顰めた。それはセンチネルの統治時代に作られた貨物列車の運行状況と貨物リストのデータだ。
「見ただけでわかる杜撰な改竄。こんな時間に列車が出発したことなんてない。誰がこんな適当な仕事をしたの?」
カセットを床に投げ捨てて、エリータ1は言った。
「次はどれ?」
「はいよ。とりあえず新しい番号のものを10枚。目視検査済。ウイルスチェック済」
エリータ1のデスクにカセットを積んで、オプティマスプライムは大きな排気をこぼした。
「記録保管庫のプライムやマトリクスに関する伝承も、見える範囲にあったものはすべて書き換えられていたんだ。こっちも秘密裏に管理されたデータ以外、全部改竄されると思った方が良い」
「その秘密裏に管理されたデータがあるかどうか分からないから、ローラー作戦で確認してるんでしょ」
エリータ1がカセットを接続部に差し込んで、データをモニターに映す。もう流れ作業になった方法で内容と改訂履歴を確認し「これは貨物でなくて労働ボット用電車の運行記録」と呟いた。
「あるはずだ。クインテッサにささげる列車の中身がエネルゴンではなく汚染された金属だった。なんてことがあれば、アイアコンはとっくの昔に滅んでる。偽装を続けるにはどこかで貨物列車の運行計画と貨物の中身を管理しないと」
「簡単に言ってくれるけど、それが見つからないからみんな苦労してるんじゃない。あなたもぼうっとしてないで作業に加わったら?」
「そうしたいのは山々なんだが、この前メガトロンと医務室に睨まれたばっかりでね。次やったらベッドにくくりつけるって言われてるんだ」
ウイルスチェック用に作られた簡易検査機にカセットを差し込みながら、オプティマスプライムは本日何度目かの重たい排気をこぼした。
「作業に熱中して時間を忘れるからでしょ」
エリータ1は彼を振り返らずに言った。
「そうじゃなかったら起動したばかりの子供の手も借りたいくらいよ。いっそ検査のついでにタイマーかアラームを体に仕込んでもらったら?」
「コグの代わりに?」
「笑えない」
椅子を回転させてオプティマスプライムに向き合うと、エリータ1は立ち上がった。
「笑えないわよオプティマスプライム。あなたがマトリクスをプライマスに返還した戦いで、私が何をクインテッサに狙われたか知ってて言ってる?」
エリータ1の美しい指先が、オプティマスプライムの胸の穴を指差した。己よりずっと大きくなった――正確にはオプティマスプライムが小さくなったのだが――彼女に、オプティマスプライムは白旗を上げた。
「悪かった。君に当たるような真似をした」
先のクインテッサとの戦いにて、クインテッサはトランスフォーマー達のコグを奪うと同時に、明らかに特定のトランスフォーマーへの執着を見せた。
エリータ1、B-127、そしてメガトロン。
――プライムのコグを持つ者たち。
「言葉には気をつけてよね」
カン。と音を立ててオプティマスプライムの肩を叩くと、エリータ1は再度データに向き直った。
「あなたの失言は置いておくけど、早くセンチネルがどれだけのコグをクインテッサに渡していたのかを突き止めなくちゃ。奪われたコグや逃した『コグ持ち』以上に兵力がいるかどうかを掴まないと」
「常に緊張感は保ってられないし、エネルゴンも湧き出なくなったから余計な労力は使えないからな」
「今のが自虐なら殴るけど」
「そんなことはありませんエリータ1!」
いつかの鉱山時代を思い起こさせる返答に、今度はエリータ1が排気をこぼした。
「良いから次のを持ってきて」
「はいはいっと。……ん?」
新しい記録媒体を持ってこようと棚の間を覗き込んだオプティマスプライムは、しかしふと動きを止めた。見慣れない棚が壁沿いに増えていたからだ。
「エリータ、この棚は?」
「棚?」
「知らない棚が増えてる」
新たなカセットを床に放って、エリータ1はオプティマスプライムの指差す方を見た。彼女からは死角になる位置に置かれた棚だが「ああ、それのこと」と納得したようにデスクに向き直った。
「それならBが見つけて持ってきた棚よ。データ探しに古い記録媒体を整理したいって言ったら、俺見たことある! ってトランスフォームも出来ないのに地下五十階まで走って行って、その辺の針金で自分の体に括り付けて持ってきたの。つまりは地下のもの」
オプティマスプライムは棚に歩み寄り、エリータ1へと声を張り上げた。
「中身は?」
「少しだけ確認したけど、貨物情報じゃないことだけは確かよ。見て分かるように記録媒体がセンチネルの統治時代よりずっと古い。ただ媒体自体は壊れてなさそうだしBがせっかく持ってきてくれたものだから置いてあるだけ。元親衛隊あたりに見せたら何か知ってるかもしれないけど、今はそんな暇がないから後回しにされてる」
「へえ……」
オプティマスプライムは棚に歩み寄ると、記録媒体を手に取った。確かに他のものよりも古びているが、置かれていた場所が良かったのか一目で分かる劣化はない。
何枚か手に取って媒体に振られた番号を眺めていると、今度はエリータ1が声を張り上げた。
「それよりも、あなた時間は確認してるの?」
「時間?」
見つけ出したナンバー1を己の機体の隙間に滑り込ませ、オプティマスプライムは首を傾げた。
「そう。時間」
エリータ1は言った。
「今のあなたはトランスフォーム出来ないんだから、遅れないように検査に行くならもうここを出なきゃ間に合わないわよ。あのドクター達なら数十サイクル前まで患者を増やし続けたメガトロンの手を借りてでも、今度こそ本当にあなたをベッドにくくりつけるでしょうね」
センチネル『プライム』にとって労働ボットからコグを抜くことは、社会構造の維持とクインテッサとの取引材料を手に入れる一挙両得の方法だったのだろう。
だが彼がアイアコン全住民の半分にまで増えた『コグ無し』のコグのほとんどを、クインテッサ星人に捧げず地下に保管していたが故に、オライオンパックスがオプティマスプライムとしてマトリクスを与えられたあの日、コグ無し達にコグが戻ったのは事実であった。
しかし死してなお、センチネルが残し、植え付けたものはクインテッサ星人の触手のようにサイバトロン星に絡みつき、この星を蝕んでいる。
「どーぞ」
ノックが二回。入室の許可を得る合図に、オプティマスプライムはベッドに寝転がったまま答えた。彼がコグ無しとなってから作られた検査室は医務室内の隣にあり、検査道具とベッド、そして緊急修復ポッドで面積の半分が埋まっている。
ドアが開く音にホログラムから顔を上げたオプティマスプライムは、ほんの少しだけ驚きを表情に乗せた。なにせ現れたのがメガトロンだったからだ。控えめなノックはらしくなかったが、なにもドクター達に睨まれているのはオプティマスプライムだけではない。大方医療室での作法を厳しく言いふくめられたのだろう。そう考えたオプティマスプライムはホログラムを消すとベッドから起き上がりメガトロンと向き合った。
「やあメガトロン。ご用は?」
「聞きたいことがある」
威圧感を滲ませたメガトロンの言葉に、思ったより早かったな。とオプティマスプライムは内心苦笑する。
「何を?」
「お前が企んでいること、全てだ」
メガトロンが、オプティマスプライムの顔を覗き込む。
――嘘も誤魔化しも許さない。
そう告げる赤から、オプティマスプライムは目を逸さなかった。
しばし無言で見つめ合う。先に口を開いたのは、オプティマスプライムだった。
「……企むというほど、道筋が見えている計画じゃないさ」
そう言って、彼は己とメガトロンを隔てるように、ホログラムを展開した。
メガトロンが眉を寄せる。
「これは?」
「13プライム統治時代の研究内容一覧と、その成果物」
「13プライムの?」
プライマスより生み出されし最初のトランスフォーマー達であり、数千サイクルもの間、クインテッサ星人と戦い、この星を統治した者たち。
天井まで映し出されたホログラムをメガトロンは見上げた。その姿を一瞥し、オプティマスプライムは続ける。
「知っての通り、この時代の多くのものがセンチネルにより失われた。記録、伝承、プライムやマトリクスに関する研究や、13プライムについて書かれた個人の日記まで」
「こんなもの、どこから」
「Bさ」
「Bだと?」
「ああ、あいつが棚一台分の記録媒体を見つけ出した」
手元のボタンを操作し、オプティマスプライムが地下50階の光景を映し出した。
「どうやらセンチネルが己の汚い欲望を地下41階から50階に隠したように、プライムの死後、アイアコンに残った、あるいは逃げることのできなかった彼に賛同しないトランスフォーマーも同じことを考えたようでね」
今はもう動いていない溶鉱炉の反対側。B-127のお友達がいた部屋の壁が、一部凹んでいる。
「棚と解らないように裏面を向け、熱で記録媒体が劣化しないよう断熱材を使い、溶鉱炉から離れた場所に棚が設置してあった」
それを聞いて、いっそ呆れたようにメガトロンが言った。
「あいつはなんでそんなものを見つけたんだ?」
「お友達にトランスフォームを見せて棚の背面を壊したらしい。記録媒体を見つけた時は驚いたが、当時はアイアコンの再建で忙しかったからな。とりあえず簡単に直して今まで忘れていたと言っていたよ」
「……スティーブといい、どうなってんだあいつは」
「あの部屋が異質なのかもしれないがな」
B-127の前にあの場所にいたトランスフォーマーの存在を示され、メガトロンは舌打ちをした。オプティマスプライムの表情が気に入らなかったのだ。目を向けるべきは過去ではなく、目の前にいる存在だ。
「それで? お前はその研究成果で、何をしようとしている?」
苛つきを隠さないメガトロンの言葉を聞いて、オプティマスプライムはうっすらと笑ってみせた。今一度ホログラムが立ち上げられる。そこに映っていたのはコグだ。
「古い記録だ。元親衛隊に確認するまでもなく、時代遅れだったり間違った方向に向かっていた研究も多い。一方で、いくつか今では研究することすら難しいものもある。そのひとつがコグだ」
ホログラムのコグが回転し、至る所から機構を説明する文章が現れる。
「彼らはプライムのコグを研究していた」
ホログラムが映し出す12のコグ。欠けているのはマトリクス保持者であるゼータプライムのコグだ。記録された12のコグの全てが異なる輝きを放ち、起動音を響かせ、その中に見知った色を見つけ、メガトロンは無意識に己の胸に手をやった。
オプティマスプライムは言った。
「コグは機体の一部であり、トランスフォーマーの魂であるスパークを全身に行き渡らせる効果を持つ。だがコグの機能はそれだけではない。コグを失ったトランスフォーマーが小さな機体しか維持できないのは、コグが機体内のエネルゴンを保持する役割を担っているからだ」
12のコグが消え、次に現れたのは2つのコグとグラフ。
「これは起動したばかりのトランスフォーマーと、プライムのコグが保持するエネルゴンの平均値を比較したもの。見てわかるように倍以上の差がある。どうやらコグは持ち主と共に成長し、保持するエネルゴンを増やすようだ」
そこで一度話を止め、オプティマスプライムは囁くようにその名を告げた。
「……センチネルは、おそらくこのことを知らなかったのだろう。あるいは興味がなかったか。奴は13プライムを謀りクインテッサと手を組んで『プライム』となった後、契約の証として一機のプライムと数十機の親衛隊のコグをクインテッサに渡している。クインテッサはコグの内部に残留したエネルゴンを喜んだらしいが、彼の統治の後期に鉱山の事故でクインテッサに貢ぐエネルゴンの量が足りなかった際、労働ボットから抜いたコグを代わりに捧げて不興を買っている」
コグのデータの横に、新たなデータが映し出された。
「エリータ1達が見つけ出したクインテッサへの貢物リストだ。この部分。労働ボットのコグを捧げた後、コグを突き返されいつもより短い期間で前回よりずっと多いエネルゴンを貢ぐことになっている。突き返されたコグの方はエネルゴンが残留しているために、もしもに備え保管は続けたみたいだが。そしてその後はコグをクインテッサに差し出すようなことはしていない」
つまり。と彼はメガトロンに向き直った。
「先の戦いでクインテッサが君たちに執着した理由は、これだ」
持ち主と共に成長し、エネルゴンを他より多く保持する機能を持ったコグ。
「クインテッサはエネルゴンに強い執着を見せている。13プライムの時代から今まで、彼らの目的は変わっていなかった」
彼らにとってコグとは、より効率的にエネルゴンを奪い、最後にはこの星を侵略するための道具にすぎない。
オプティマスプライムの言葉を聞き、己の考えを回路に巡らせるようにメガトロンは言った。
「……つまり、マトリクスを返還しエネルゴンが湧き出なくなった後も、鉱脈に染み込んだエネルゴンだけでなく、トランスフォーマー達のコグを狙って奴らはこの星を訪れる可能性が高いということか?」
「ああ、奴らはこの数十サイクル、地上で初めて奴らを見た時のようなレーザー光線を使用していない。あれはセンチネルとの取引を邪魔する親衛隊を狙ったものだったが、敵対関係となった以上、少しのエネルゴンも無駄にはできないと考えたんだろう」
「馬鹿にしやがって」
メガトロンが舌打ちをした。同時に何匹、何十匹、何百匹倒しても次から次へと現れたクインテッサ星人を思い出す。ただ数が多いだけならばアイアコンとの戦いを続けていても退けることは可能であった。だがコグを得たクインテッサ星人の攻撃は苛烈を極め、多くのトランスフォーマーが犠牲となった。アイアコンとディセプティコン、長年対立関係にあった2組織が休戦協定を結び、アイアコンを最後の砦として数十サイクル続く共闘を選択せざるを得なかったほどに。
「センチネルが貢いだコグの個数と先の対戦の記録から、ほとんどの『コグ有』を倒すことが出来たのは分かっている。だが、おそらくプライムのコグを持つ一体。リーダー格の個体を取り逃した」
さらに。とオプティマスプライムは続ける。
「戦いの最中に奪われたコグのほとんどを、取り返せてはいない」
B-127やショックウェーブをはじめとした、アイアコンとディセプティコン合わせ数十名のトランスフォーマー。
彼らはクインテッサとの戦いでコグを奪われ、中には命を落としたものもいる。ショックウェーブのような産まれた時からコグを持つ者は未だ小さくなった機体に慣れず、鏡すら見ることが出来ない。それでもB-127のようにセンチネルによってかつてコグ無しであった者たちは、動けるようになるとあれこれと出来ることを探し始めた。
メガトロンはオプティマスプライムを見た。
そこにいるのは一機のコグ無しだ。
「……だが、取り返そうにもあいつらはもう宇宙の向こうだ」
フラッシュバックしかけた記憶を閉じ、メガトロンは言った。クインテッサ星人との戦いで最も厄介なことは、彼らが侵略者であるが故に防衛において後手に回らざるを得ない点だ。
メガトロンの言葉に、オプティマスプライムは小さく笑った。
「それに関しては、この研究が役に立つかもしれないと考えている」
彼が立ち上げたホログラムには、メガトロンの見知ったものが映っていた。
「これは……」
「元親衛隊が隠れ家として使い、エアラクニッド達に襲われた後も一部の機構を再利用しディセプティコンの基地に使用していた宇宙船」
その数千サイクル前の姿を見上げながら、オプティマスプライムは言った。
「このクインテッサの宇宙船を使って、クインテッサ星人達からコグを奪い返そうと思っている」
クインテッサとの戦いで、オプティマスプライムが腹部に大きな穴を開けたのは他機を庇ったからだった。すでに右脚を失っていた機体はオプティマスプライムに空いた穴に叫び声を上げた。それを見て、メガトロンは馬鹿なことを。と思った。他機のコグよりも、己のマトリクスの方を心配すべきだ。
そう考えながらメガトロンはオプティマスプライムのそばに着地すると、彼に向かっていたクインテッサ星人をその砲弾で撃ち殺した。ついでにわあわあとうるさい機体をシャットダウンさせてやる。崩壊する地面にオプティマスプライムが倒れ込む。戦いはいよいよ終わりに近づいていた。メガトロンはオプティマスプライムに目を向けた。何千サイクルもの間敵対し続けていたのだ。メガトロンはマトリクス保持者の自己修復能力を知っている。この程度の大穴、数日あれば修復が完了するだろう。
だがオプティマスプライムはメガトロンを見上げ、バトルマスクを外した。思えばメガトロンが彼のバトルマスクを外した姿を見たのは、アイアコンを追放されてから初めてのことだった。
しばし動きを止めたメガトロンを見上げ、オプティマスプライムは口を開けた。彼を『プライム』たらしめるマトリクスが光る。
「私は……」
そばで戦っていたエリータ1でも他のアイアコンの戦士でもなく、メガトロンをその青い光で射抜きながら。
「私はもう、アイアコンを、」
彼はマトリクスを手放した。
メガトロンは衝動的にオプティマスプライムの軽い機体を持ち上げた。音を立てて記録媒体が床に落ちる。咄嗟に小さなそれを踏み潰したが、短絡的に見えて深い部分で考えを巡らせた末に大胆な行動に出るオプティマスプライムだ。記録媒体のバックアップを取っていないはずがない。
片手首を掴まれ出来損ないの玩具のように吊り下げられたオプティマスプライムは、しかしメガトロンを青い視覚センサに収め続けた。
メガトロンは口を開いた。
「自分が何を言っているのか分かっているのか? オプティマスプライム」
「分かっているさ。……分からないはずがない」
器用に手首を掴まれていない方の肩をすくめ、オプティマスプライムは言った。
「私はアイアコンを出ていく」
「許されると思っているのか!」
メガトロンは叫んだ。オプティマスプライムの手首からミシミシと金属の軋む音がする。だがメガトロンは彼のバトルアックスで機体を削がれたのと同じだけ、オプティマスプライムを己の砲弾で撃ち抜いている。今更手首の機構が壊れたところで気にするのはドクターくらいのものだろう。
そう考える一方で、メガトロンの冷静な部分が告げている。
今のオプティマスプライムはコグ無しだ。
小さく軽い。かつてのメガトロンが穴を掘るしか能がないと言い切った姿。
その小さな姿に。
――民衆は未だ『プライム』を求めている。
「私の存在は、アイアコン再建の妨げとなる」
ゆったりと、いっそもどかしいまでの口調で、オプティマスプライムは告げた。
「サイバトロン星の核はプライマスだ。この星へとトランスフォームし、私達を産み出した大いなる力を持つトランスフォーマー。マトリクスは彼の一部であり、だからこそあの時返還せざるを得なかった。マトリクスの自己修復機能を使わなければ、この星は滅んでしまっただろうから」
噛んで含めるように、オプティマスプライムは続ける。
「私たちよりもずっと大きな力を持つプライマスだ。マトリクスの自己修復機能を用いても、クインテッサによって傷付けられた彼の修復には何十、何百サイクルかかるだろう。プライマスは今、己の全てを自己修復に注ぎ込んでいる。この間に新たなプライムを選び出す余裕はない」
オプティマスプライムの手が、その胸にぽっかりと空いた穴に触れた。
「そして同時に、私がプライムの証であるマトリクスを取り戻すこともない」
分かるだろう? といっそ慈愛に満ちたような声で、オプティマスプライムは言った。
「私はもう、アイアコンを守れない。……いや」
違う。と、彼は小さく首を振る。
これは、己の選択であるのだと。
「俺はもう、アイアコンを守らない」
鈍い金属音が部屋に響いた。
今度こそメガトロンは耐えきれなかった。小さなコグ無しを引き倒し、展開した主砲でその機体を床に縫い留めた。
砲口が狙うのは穴の空いた胸元だ。
「ずっと前から考えていた」
その砲身に触れ、変わらぬ声で、オプティマスプライムはメガトロンに告げた。
「アイアコンの住民は、いっそ愚直なまでにリーダーを求めている。彼らにとってリーダーとはプライマスから与えられたものだ。マトリクスの機能により底上げされた能力と、プライムに相応しいスパークを持つ機体。彼らはプライムが間違えることはないと信じていて、だからこそ、センチネルの暴挙を許してしまった」
機体的特徴による産まれながらの階級制度。贅沢を極めた偽りの預言者。塗り替えられた真実。
「あの頃コグ無し達の権利や自由はセンチネルに与えられるものだった。本来なら誰もが産まれ持つ権利や自由を取り上げられ、その責任すら与えられやしなかった。どこかでおかしいと思いながら、アルファトライオンと出会うまで『センチネルプライム』を疑いもしなかった」
オプティマスプライムの顔が歪む。
「プライムの存在は、アイアコン住民の全センサを狂わせる。プライマスは最初に13機のプライムを産み出した。機体も考え方も能力も違う13機だ。彼らは対等で、兄弟で、友人であり宿敵だった。マトリクスを持っているからとて、ゼータプライムの意見に誰もが賛同する訳じゃなかった。センチネルが隠していた議会記録では、満場一致で決められたことの方が少ない。プライム達はそうして間違いを起こさぬよう慎重にアイアコンを運営してきたんだ。だが、私は……」
吐き出された言葉に、メガトロンは記憶の片隅に追いやっていた記録を思い出した。
二機がまだコグ無しであった頃、センチネルを疑うことなくアイアコン5000を観戦した日々の記録。
その記録に、目の前のオプティマスプライムの表情が重なった。
「私は、ただ1機だ」
――役に立ちたい。と『オライオンパックス』は言っていた。
センチネルプライムの役に立ちたい。助けになりたいと。
そこには多大な承認欲求や名誉欲、コグ無しに対する穴掘りしかできない役立たずという評価への反発も確かに含まれていた。けれど同時にセンチネルを気遣う純粋な心があった。アイアコンの象徴として立ち、彼はプライムとしていつかマトリクスを見つけ出すとセンチネルを信じて疑わない民衆の中で、オライオンパックスだけが13機の兄弟を失いたった1機となったトランスフォーマーの傷と負担を慮っていた。センチネルに助けが必要だと。
プライムの完全さを疑っていた。
カリ。と小さな音を立ててオプティマスプライムがメガトロンの砲身を引っ掻いた。
「私がいなくなった時、センチネルのような者が出てこないと言い切れるか? クインテッサによって、マトリクスごと囚われたなら? ましてや私が間違えた時、アイアコンはどうなる? プライマスがマトリクスを奪ってくれるなら良い。だが、そうでないならば」
アイアコンは、オプティマスプライムによって滅びるのだ。
メガトロンは青い光を見つめ続けた。何千サイクルもの間アイアコンを支え、己と敵対した存在を。
「……お前には、エリータやBがいるだろう」
メガトロンの言葉に、オプティマスプライムは自嘲した。
「ああ、彼らは私が間違えた時は止めようとしてくれるだろう。実際、今の考えを彼らに吐き出した時にエリータに怒られたよ。民衆を起動したばかりの子供扱いするなと。その考えが間違いだと。……私がプライムとなってから、最初にしたことはアイアコン全住民の権利と自由を保証し、一方でその責任を自覚させることだ。アイアコン住民のスパークは、常に未来をより良いものにしようと考えている」
だがそれは、13プライムの時代も同じであった。サウンドウェーブやショックウェーブ達、親衛隊の言葉の端々から、遠き時代の君主への思慕が窺える。その統治下でもセンチネルは13プライムを謀り、民衆の自由と権利を奪ったのだ。
「正直なことを言えば、マトリクスをプライマスへ返還する時、安心したんだ。もう悩まなくて済むと。もう誰かがセンチネルのようになるかもしれないと疑わずに済むと。もう彼らにとって、私が1番の障害ではないかと考えることはなくなると」
オプティマスプライムがマトリクスを得てから数千サイクルの時が経っている。アイアコンも、ディセプティコンも、オプティマスプライム自身も、全てが大きく移り変わるのに十分な時間だ。
だのにマトリクスを失った後、オプティマスプライムはまるで数千サイクル前のような言動を取るようになった。まるで己はオプティマスプライムではなく、コグ無しの一労働者だとでも言うように。
「クインテッサから権力を買っていたとはいえ、センチネルのたった50サイクルでの統治下でも、エネルゴンの鉱脈は枯れかけた。もしもに備えてエネルゴンの備蓄や公共機関の省資源化、エネルゴンに変わる資源の発掘は前々から進めていたが、アイアコンとディセプティコン、減ってしまった住民の数を考えても、今のままではもって数百サイクル。切り詰めなければならない。そして私がアイアコンから出て行けば、民衆はいつかマトリクスが戻るという幻想を抱くことはなくなるだろう。」
「それはっ……!」
口減し。と言ってしまうのは簡単だった。だがメガトロンは言えなかった。巨大な砲身が僅かに震え、砲口がオプティマスプライムの胸から外れる。
「……それが、お前の良い考えなのか?」
「ああ。それにクインテッサの宇宙船は同士討ちを避けるため、同じ星の船を攻撃できないようになっている。親衛隊がクインテッサに見つからなかったのはそのためだ。そしてクインテッサは今回の戦いにおいて、コグを検知する機械を使っていた。コグ無しであれば、その検知能力にも引っかからない」
オプティマスプライムの言葉に、メガトロンは目を閉じた。そして己の主砲を格納すると、オプティマスプライムを解放し、ベッドの上に座り込んだ。
「メガトロン」
「お前は」
立ち上がったオプティマスプライムの言葉を遮って、メガトロンは言った。
「お前は、そうするしかなかったんだろう? オプティマスプライム」
絞り出すような声だった。
「ああそうだ。お前のすることは全部正しい。お前は規則を破らなきゃならなかったしアイアコン5000に出なきゃならなかった。マトリクスを探しに地上に行かなきゃならなかったし、コグ無し達に真実を教えなきゃならなかった。そしてセンチネルを、」
は。と荒い排気がメガトロンの口から漏れた。
「センチネルを庇わなきゃならなかった」
絶えず動き続ける二機のモーター音が、部屋の中を支配する。オプティマスプライムはただメガトロンを見つめ続けた。己より二倍ほど大きな、しかしベッドに座ってしまえば、立ち上がったオプティマスプライムと変わらぬ視線を持つ機体を。
メガトロンは言った。
「お前は、宇宙へ旅立たなければならないんだろう」
その言葉に、最善の名を持つプライムはただ首肯した。
メガトロンは天井を見上げた。
「死にに行くようなもんだ」
「そうでもないさ」
オプティマスプライムはメガトロンに掴まれたせいでキシキシ言うようになった手首を回した。その途端に、どこからか小型の飛行装置が現れる。
「それは?」
「視覚拡張用ドローン」
怪訝そうな顔をしたメガトロンに、オプティマスプライムは言った。
「コグ無しとなった科学者と一緒に作ったものだ。何か、コグ無しでもクインテッサ星人と戦える方法はないかと。最初はコグの代替品を作ってトランスフォームできるようにならないかと思ったんだが、どうやっても劣化品にしかならない。それなら、我々が『できるはずのもの』にわざわざ縛られず、他の方向性を見出せないかと考えて作ったのがこれだ」
2機のドローンが、ぐるぐると回っている。
「複数機使うには訓練が必要だが、少ないエネルゴンで長時間稼働可能。5キロを越えるとレスポンスが遅れるが最大10キロ先まで偵察ができ、音声も伝えることができる。……ドクター達がこの部屋に飛び込んで来なかったのも、これで入って来るなと命令したからだ。後で一緒に謝ってくれよ」
あと、これの他にも色々と開発している装置がある。と話し出したオプティマスプライムに、メガトロンは呆気に取られた後、笑い出したくなった。実際、少しだけ笑ってしまい、その顔にオプティマスプライムの動きが止まる。
「どうした?」
「あ、ああ。いや、なんでもない。少し、申し訳なく思っただけだ。君達には、大変な時期にアイアコンを任せてしまう」
「俺がこのままアイアコンに留まると思っているのか?」
顔を顰めたメガトロンに、オプティマスプライムは頷いた。
「もう協定を結んで何十サイクルにもなる。クインテッサ星人の侵略がひと段落したとはいえ、今更君たちを追い出そうとする者も少ないだろう。ディセプティコンの中には住居を買った者もいるし、エネルゴンが湧き出さなくなった今こそ、アイアコンにはディセプティコンの協力が重要となる」
それに。とオプティマスプライムは言った。
「アイアコンとディセプティコン、2つの組織をまとめあげる者が必要だ」
オプティマスプライムはドローンをしまい、メガトロンに向き直った。
「私はそれが君であれば良いと思っている」
静かな、しかし力のある言葉だった。
メガトロンは答えた。
「反発が出るだろうな。アイアコンじゃ俺は嫌われてる。協定を結んだ際に面と向かって言われたよ。お前を認めないって」
それは鉱夫時代の顔見知りからの言葉だった。
その機体は言った。
『Dー16、俺はお前を仲間と認めない。オプティマスプライムがマトリクスを得たあの日、俺はお前がセンチネルを引き裂いた後、アイアコンを破壊しようとしたのを覚えている。お前はジェットパックを背負ってオライオンに協力した俺たちを逃がすことなく、アイアコンを破壊しセンチネルの親衛隊の生き残りを殺すことを優先した。オプティマスプライムがお前を止めて追放しなけりゃ、俺はもう少しで瓦礫の下敷きになって死ぬところだったんだ』
アイアコンと協定を結んでから、メガトロンは様々なことを突きつけられた。あの日、己を止めたオプティマスプライムが、本当に避けたかったことはなんなのかも。
口を引き結んだメガトロンに、オプティマスプライムは言った。
「エリータ達がいる。それに、君はディセプティコンの者達がアイアコンを追放されても自らついて行く事を選んだリーダーだ。私とは違う」
「スタースクリームみたいな風見鶏を見てそう言ってるなら随分と楽観的だな」
「自分でリーダーとなろうとした者がいるだけでも羨ましい部分はあるさ。この数千サイクル、アイアコンは安定し過ぎていた。自らアイアコンを支え、リーダーとなろうとする者は出てこなかった。みんな私のサポートに徹しようとする。だが、これからはそうもいかない。アイアコンを救い、新たにマトリクス保持者を目指す者が出てくるべきだ」
俺のようなコグ無しの中にも。
オプティマスプライムの手がメガトロンに伸ばされ、ほんの少しの躊躇いを見せた後、下ろされた。
オプティマスプライムは言った。
「コグを取り戻して必ずこの星に戻ってくる。その時、この場所で迎えてくれるのがお前であれば良い。そう俺は思っているよ」
オプティマスプライム達は、それから数サイクル後に宇宙船を完成させ旅立っていった。壊れた宇宙船の研究内容にクインテッサ星の座標はあったが、懲りもせずやってきたクインテッサの偵察兵を追って行ったので、エリータ1は碌な話もできなかったと未だに根に持っている。
オプティマスプライムと旅立ったのは彼と同じくコグを奪われたB-127やショックウェーブ達10名。ショックウェーブは乗務員を決める会議で最後まで拒否していたが、メガトロンからいざという時に一機で逃げ出して良い権利とB-127の口を好きな時に塞ぐ自由を貰い、そして己のコグ無しの姿をスタースクリームから鏡を使って突きつけられて、自ら宇宙船に乗ることを決めていた。その後、彼が独自に改造した自爆装置付き視覚拡張用ドローンで、スタースクリームが襲われたのは言うまでもない。
飛び立った宇宙船には一日ごとに定期連絡をするようにと約束させたが、宇宙船が遠ざかるほどに電波が届くのに時間が掛かるようになる。やがて1日ごとが2日ごとに、1週間ごとが1ヶ月ごとになった。サイバトロン星からの通信も、同じように時間をかけて宇宙船に届いているのだろう。
そうして飛び立った宇宙船からの通信を誰もが待ちながら、サイバトロン星に残ったアイアコンとディセプティコンは、マトリクスの存在しない星で新たな生活を積み上げていった。
メガトロンはオプティマスプライムが望んだように、アイアコンの新たな統治者となった。予想通り反発もあったがエリータ1達アイアコンの協力により、今のところ大きな問題は起こっていない。定期的にスタースクリームによる反乱が起こるくらいだ。
一方で、それは大きな反発が起こらないほどに民衆が疲弊していることも表していた。プライマスですら傷を負った戦いだ。オプティマスプライムに付いて行かなかったコグ無しの他にも、コグに傷を負い元の出力を保てなくなった者や、うまくトランスフォームできなくなった者が街にはいた。
メガトロンは彼らにオプティマスプライムが作り上げた視覚拡張用のドローンやその他の外付けパーツを与え、また新たなものを開発することを推奨した。それらは日常生活を送るだけでなく、鉱山でエネルゴンを採掘する際に危険な箇所を見つけ出すことに使われたり、地上で資源を発掘する際にも使われた。そうした危険な場所で働くのはその場に適した能力を持つトランスフォーマーであり、そこにコグの有無は関係がなかった。
外付けパーツはサイクルを重ねる毎に増えていった。それらはもしもトランスフォームできたら。などといった空想から生まれることもあった。出来のいい外付けパーツが生まれると、開発を推奨したメガトロンへの称賛が増えた。コグ無し時代、そんな空想は無駄だと言いながら何度も交わした会話がメガトロンの統治を支えていた。
ある時、宇宙船からの通信がぱったりと途絶えた。途絶えたまま1サイクルが経ち、自然に誰も通信を話題に上げなくなった頃、不意に入電を知らせるランプが点った。
待ちに待った宇宙船からの便りだった。
『もしもし? もしも~し! ねえこれちゃんと聞こえてる? もしも~し! あ、そうか。ラグがあるんだった。えーと、今日の通信当番はアイアコン所属B-127。クインテッサ星人との交戦で通信機が破損。他の部分もしっかり壊れてやばいところで地球って星に不時着してたから、ここ1サイクルくらい通信ができなくなってた。ごめんね。心配した? でも地球で現地の人間って有機生命体に助けられて、そのままお世話になりつつ追いかけてきたクインテッサ星人のコグを複数個回収。何個かがそっちに残った機体のだから、今は1回そっち戻る予定を立ててるところ。あ、でもクインテッサ星人が地球の場所覚えちゃったから、クインテッサがこの星に迷惑かけないようにオプティマスプライムとコグを取り戻してないショックウェーブ達は残るみたい。あとプライマスの修復に必要な知識をこっちで見つけたから、人間の友達何人か連れてくよ。今日伝えとくことはこれくらいかな。あ、俺こっちでめちゃくちゃ俺に似てる車って乗り物見つけてびっくりしちゃった! オプティマスプライムはトラックね。他なんかある? ない? クインテッサ星でいっぱい盗んできたエネルゴンのことは? 明日ちゃんと説明する? 今はショックウェーブがキレそう? ガムテープで口塞がれるのはちょっと……。あれベタベタするんだよな~。じゃあ今日は終わりでいっか! またね~』
それからは、ほとんど毎日通信が届いた。徐々に通信の頻度が短くなり、数時間おきに届いたこともある。頻度が短くなることは宇宙船が近付いていることを示していた。メガトロン達が指摘する前に宇宙船の乗務員が気付いて2日ほど間が開いたが、その後は途切れることがなく。
だが、そこにオプティマスプライムの声はない。
彼のいる星にもサイバトロン星との通信機は置いて行ったと聞いているが、星に留まった者達よりも宇宙船に乗った者達の方が危険度が高いからと、緊急時以外は宇宙船の到着予定日まで通信を控えることにしたという。そして星に残ったのは彼含めて5機。
おかげでB-127が通信当番をする確率が高くなっている。
最後の通信は宇宙船到着の数時間前だった。そうと聞いていなければ迎撃体制に入っていただろうクインテッサの宇宙船を、今回ばかりは地上で今か今かと待ちわびている。
プライマスが傷を修復中であるためか、地上の動きはかつてより少なく凪いでいる。
事前に送られてきた座標から少しズレた場所に宇宙船は着陸した。
重々しく開いた宇宙船のハッチから、乗務員達が降りてくる。最初に飛び出してきたのはB-127だ。その後に続いたのは見慣れぬ存在。
人間という、コグ無しと同じ大きさしか持たず環境適応スーツやアーマーと呼ばれる外部パーツがなければサイバトロン星の土も踏めない生物。
トランスフォーマー達は彼らを守るように列の前後に並び、待っていた者達へと歩み寄った。
ざわめきが大きくなる。
B-127が耐えきれなかったようにメガトロンとエリータ1に向かって走り出した。コグを取り戻しても小さな機体は、大きな声で笑った。
「ただいま! メガトロン! エリータ!」
「おかえり、B」
エリータ1が詰めていた排気を零した。途端に堰を切ったように話し出した機体を見て、感極まったように目元を指で拭っている。
メガトロンはその光景を一瞥した後、B-127の後ろにいた人間を見た。全員がコグ無しと同じ程度の背丈しかないが、その中でも一際小さな人間は、下部機構に車輪を持っていた。
メガトロンが無意識に見つめていると、その車輪を持った人間はメガトロンの前へと進み出た。大きさに差がありすぎるために、相手はほとんど垂直に顔を上げねばならない。
メガトロンはその場に胡座をかいて座った。それでも視線は合わず、相手を見下ろすこととなる。
小さな生き物が言った。
「メガトロン、大帝?」
その呼称を聞くのは久しぶりのことだった。
「メガトロンで良い。人間の使者だな」
「使者なんて堅苦しいものじゃない。Bの友達。オプティマスプライムや他の機体ともね」
そう手を振って名前を告げる。簡単に言葉を交わした後、メガトロンは相手の車輪に目を向けた。
「人間もトランスフォームを?」
メガトロンの言葉に、相手がパチリと目を瞬かせた。
「どうした」
「いや、オプティマスプライムにも同じことを聞かれたから。人間はトランスフォームできないよ。でも、そう。そうだね。この車椅子は自分の身体の一部だ。脚を車輪に置き換えたと考えれば、それもトランスフォームと言えるのかな」
スーツに包まれた手が車輪を愛おしそうに撫でた。
「正確にはこの環境適応スーツと同じ後付けの外部パーツだけど、たとえ産まれ持っていなかったものだとしても、これは自分の脚で、車輪だ」
外部パーツ。その言葉に、メガトロンは、ああ。と頷いた。今では当たり前に使われている、視覚拡張用ドローン。
「理解した」
頷いたメガトロンに、相手はニコリと笑う。そしてハッとしたように言った。
「忘れていた。あなたに伝言があるんだった。手を出して」
「手を?」
訝しみながらも、メガトロンは手を出した。
「そう。握って。そうそう。ありがとう」
言う取りにしたメガトロンの手に、小さな手が伸びる。
コン。と軽い音がした。
相手の拳がメガトロンの指先に触れたのだ。
「オライオンパックスからD-16へ」
――コグ無しでも出来るってことを、証明して戻ってくる。
メガトロンは口を開き、閉じ、そして小さな拳が触れた己の拳を見た。
オプティマスプライムの伝言を携えた相手がひとつため息を吐く。
「どうせなら手紙か通信媒体を使えば良いとは言ったんだけど」
「いや」
相手の言葉を遮ってメガトロンは首を振った。
「十分だ」
そして小さな身体を車椅子ごと持ち上げ、他の人間達と合流させてやる。B-127達に先導されていく背中を見つめた後、メガトロンは彼らとは別の方向へと脚を向けた。
たどり着いたのは通信室だ。そこでオプティマスプライム達、地球に残った者達へ向けた通信機を起動させる。告げた内容は簡素だ。B-127達が戻ったこと。通信を再開すること。コグはエリータ1が受け取ったこと。
それらの話を終えた後、不意にメガトロンはオプティマスプライムの言葉を思い出した。
――この場所で迎えてくれるのがお前であれば良い。
しばしの間をおいて、メガトロンは言った。
「伝言を受け取った」
たとえこの星の全員がコグを取り戻しても、ただ一機その胸の穴を埋めることのない、しかし、メガトロンと並び立つだろう機体に向けて。
「お前が、俺との約束を守るなら、俺はお前との約束を守る」
それはメガトロンとなったD-16に残った、オライオンパックスへの愛だった。
▲たたむ