No.3538

#ウルデプ

 性愛に恋愛が付随するわけではなく、その逆もまた然り。ウェイドの短くもない人生では、両方を伴った関係の方が少なく、それどころか、愛すらないのにセックスをした相手の数が抜き出ている。なにせ一夜限りの関係は楽だ。たまに相手選びを失敗したが、大抵は気持ちいいだけで夜が終わる。
 ――とんだビッチだって? その通りだよ。最高だろ?
 けれどヴァネッサと出会ったことで、一夜限りの相手の数が増えることはほぼなくなった。口では何と言おうと手が勝手に誰かの尻を触ろうと、最後に欲しいのは彼女だけという気持ちにさせられた。その気持ちに彼女が同じ気持ちを返してくれる幸せも、眠れない冬の日に、ただ寄り添って体温を分け合えば良い夜があることを知ったのも彼女がいたからだ。これは不幸自慢じゃない。幸福自慢だ。
 ――間違えんなよ!
 けれどウェイドはヴァネッサと一緒にいられなかった。そしてだからといって、以前のような浮き名を流すこともできなかった。なにせアボガドフェイスだ。中古車販売の仕事をしていても、身体だけは拘り抜いた尻を筆頭になかなか良い具合に仕上がっていたが、身体目当ての相手は顔を見れば化け物を見たかのように去っていく。
 デッドプールのマスクを被っていたら結果は違ったろうが、ピーターのロッカーという聖域の中のそれを、性欲処理の為に返して貰うのはさすがのウェイドも気が引けた。それに『デッドプール』なんかの相手をしたい奴なんて十中八九変態だ。
 ――画面の向こうに自分がどう映っているかくらい知ってるよ。
 とはいえアボガドフェイスを見た上で一晩の相手をしても良いって奴も、男女ノンバイナリーそれ以外の性別問わず、なかなか良い趣味の奴らだった。
 だからいつのまにか相手を探すことはほとんどなくなって、一人遊びが増えていった。愛がないなら一人でも何人でも味付けが違うだけのインスタントな行為だと気付いたことも一因だ。相手の好みに左右されない分、自分の好きなトッピングを好きなだけかけられるのも一人遊びの良いところ。他人の体温とか他人と深く繋がれてるような幻想。というトッピングが欲しい時は、そうもいかなかったけれど。
 なにはともあれお気に入りの性具がクローゼットの中の段ボール箱から溢れそうになった頃、恋人が出来た。
 晴天の霹靂だった。
 ――マーベルジーザスの俺ちゃんが言うんだから相当だ。
 なにせ相手はあのウルヴァリンだ。デッドプール&ウルヴァリンのオープニングでウェイドが掘り起こして骨を武器にしたこの世界のウルヴァリンじゃない。彼が別のアースから連れてきた黄色いスーツのウルヴァリン。
 さすがに信じられず、ウェイドが冗談めかして煽り倒したら、爪で頭を刺されて記憶が飛んだ。おかげで三回同じやり取りをしたらしい。らしいというのは前述の通りウェイドは記憶が飛んでそんなこと忘れているからだ。
「三回目で記憶が飛んでいることに気付いて頭を刺すのはやめた」
 とはウルヴァリンことローガンの言。
「三回目でようやく気付いたのかよ遅くない? もう呆けちゃったのおじいちゃん。だからって胸を刺すのはやめろこのクソジジイ!」
 と血の海の中で暴れ回ったのはデッドプールことウェイド。
 百年の恋も冷めるようなやり取りだが、終わった時には二人は恋人同士になっていた。負けた方が勝った方の言うことを聞く。という今時ハイスクールの生徒でもやらないような賭けに乗って、ウェイドが見事に負けたからだ。売り言葉に買い言葉。『デッドプール』だからって賭けに乗ったウェイドが間違っていた。
 ――まさか頭以外バラバラに切り刻まれるとは思ってねえよ。
 本当に俺ちゃんのこと好きなのこのジジイ? というかアルが気にするから血を流したいって珍しいこと言い出したなとは思ったけど、こうなることを見越して依頼終了後にTVAからこのケイブへ送り届けて貰ったの? 
 疑問はウェイドの脳内に次々と浮かんでは消えていったが、再生が早くなるようにバラバラにした身体をせっせと集め、ウェイドが教えた方法で血濡れの部屋を掃除し、
「こんな方法を使って悪かったな」
 と告げる大男の姿を見ていたらそれらの疑問はいつのまにかどうでも良くなった。
 ウェイドの大事な九名に、最近加わった二名の片方。
 ウェイドの世界を救った『最高』のウルヴァリン。
 それだけでウェイドが恋して愛するには十分だった。
 ――切り刻んだのは一生かけて償わせるけど。
 そんなことを考えながら、再生中のため動けずに暇なウェイドは掃除する背中に問いかけた。
「一応言っとくけど、クーリングオフはなしよ」
「分かってる」
「俺ちゃん好きな相手とは精神的にも肉体的にもいちゃいちゃしたいタイプだから、お触りなしはなしね」
「時と場合による。前から思っていたがアルテラやローラのいるところで触るのはやめろ」
「ちっ。まあアルやローラがいるところは流石に恥ずかしいというより、まだ追い出されたくはないから出来る限り控えるけど、そうじゃなくて、セックスの方」
 まだ完全にくっついてはいない指をぷらぷらと揺らしながら、ウェイドは言った。
「このアボガドフェイスに興奮できないなら、話し合う必要があるけど」
 性愛に恋愛が付随するわけではなく、その逆もまた然りだが、ウェイドは恋愛相手に性愛も抱くタイプである。そもそもローガンは顔も体格も声も何もかも、ウェイドの好みの男なのだ。
「ちなみに俺はあんたで勃つよ」
「そうか。俺もだ」
 あっさりと返されて、ウェイドはほんの少し目を見開いた。何かを言い返す前に、ただし。とローガンが続ける。
「一世紀以上酒で使い物にならなかったからな。中折れしても怒るなよ」
 それを聞いて、ウェイドは小さく息を吐き出した。なんだか肩の荷が下りたような心地がした。
「あんたがトップかよ。そういうのは話し合って決めるもんだろ」
「勝者の権利だろ」
「いつの時代の話? あんたとは一度性教育について話し合う必要がある。いやマジでローラのこともあるし」
「また今度にしろ。それよりソファに飛んだ血の落とし方を教えろ」
 今度があるのかよ。と思いながらも、ウェイドはローガンにまずはソファのカバーを外すように告げた。
 告げながら、今度があるのだ。とも思った。
 ――そうは言ってもいつまで続くんだろうね。
 ウェイドの悲観的な部分がウェイド自身に問いかける。その問いには答えずに、動かないままローガンに指示を出すウェイドは、己が考えるよりずっと長い時をローガンと生きることになり、そして真面目にローラの将来を考えてローガンの性教育にも取り組んだ結果、とも限らないが、最終的に恋愛も性愛も敬愛も友愛も、その他様々な愛をローガンによって満たされることになるのだが。
 それはまた、今より先の、別の話であった。

▲たたむ

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