No.4781

ウルデプ本おわらねえ〜〜〜〜〜。書き直しなのに一から書いてるいてるから終わらん。助けて。




 地球の文明が滅びてから千年が経つ。
 彼は不毛の大地を観測し続けている。もう習い性となった動きで複数のモニターを操作して、海と砂漠に支配された大地を隅々まで観測する。ひとつひとつのモニターに映っているのは時間も場所も異なる映像であるはずが、変わりばえのない映像ばかりである。
 いっそスノーノイズでも流していた方が有意義ではないか。と思うような光景だ。しかし全ての氷河が溶けた時も、僅かな資源の奪い合いが始まった時も、その末に極一部の人間だけが宇宙に旅立った時も、彼は紅茶のカップを片手に「スノーノイズの方がマシな映像だ」と嘯きながら、地球を観測し続けていた。
 これが彼の仕事であり、この仕事以外、すべきことがなかったからだ
 ──だってみんなが見たいのってこれでしょ?
 不意に頭の中に浮かんだセリフを聞かなかったことにして、彼は不毛の大地を眺め続ける。文明ならば他の星にも大なり小なり築かれている。生命は今や存在しない惑星系の方が稀だ。地球の文明が滅びた太陽系とて、時々観光にやってくる物好きも、いないわけではなかった。
 しかしながら、やはり彼が観測すべきは地球の他になかった。
 今モニターに映った骨が、地球にしか存在しないからだ。
 それは最初、ただの銀色の光の粒にしか見えなかった。ところが彼が古臭いデザインのリモコンのボタンを押せば、ズーム機能が働き人間の全身の骨の形があらわになった。
 多くの建造物が形を失い、塵となって大気に混じり、大地に降り注ぎ続ける地球で、その骨は二百六本全ての骨が、失われることなく揃っている。
 ──二百七本目の骨は? ゴシップガールを見ると増えるやつ。番組が古いって? でも時には分かりやすさも大事だろ。
 やはり頭の中に浮かんだテキストを追い払い、彼は『本日も変化なし』と書かれた昨日のメールをコピーして己の上司へと送信した。彼の本日の仕事はこれで終わりである。
 モニターを消そうとリモコンを手にした時、彼の足に暖かな感触が触れた。
「君か」
 現れたのは一匹の雌犬だった。彼の頭程度の大きさの小型犬だ。全身は粗末な産毛に覆われており、長い毛が生えているのは頭のてっぺんを含めた数ヶ所だけ。皺のよった濃いピンク色の肌が細い毛の間から透けており皮膚病にかかった猫のような姿だが、彼女は至って健康だ。
 赤と黒の服と靴を履いた犬は真っ直ぐに彼を見て一声鳴いた。彼は、視線の圧に負けたわけではない。と内心言い訳しながら、椅子から立ち上がった。すると心得たように彼女は椅子に飛び乗って、モニターを見つめ始めた。やはりこれも毎日のことなので、彼はモニタールームを出ようとした。
 その時だった。
 一声。
 彼女が鳴き声を上げた。
 彼がハッとして振り返れば、大人しく座っていたはずの彼女は椅子の上で立ち上がり、モニターに向かって吠え始めた。その尻尾は左右に揺れており、黒々とした瞳はモニターから逸らされず、ついにクンクンと甘え声をこぼし始めた。
 そして彼も、あるひとつのモニターから目を離せなかった。
 不毛の大地。そこにたたずむ二百六本の銀色に光る骨。そのすぐそばに、いつの間にか一本の刀が転がっていた。
 風化して随分と丸くなった岩に引っかかって、カタカタと音を鳴らしている。
 彼はサッと顔色を変えた。
 そして己の寝巻きにスリッパというだらしのない格好を一瞥し、慌ててスーツを取りに走った。同時に電話の呼び出しベルが鳴る。時間変異取締局、通称TVAはマルチバースの監視・管理役を自負しているが、その内部が観測されていない訳ではない。
 舌打ちをこぼし、彼はベルを鳴らし続ける電話の受話器を持ち上げた。レトロ趣味のデザイナーによって拵えられた大きな受話器は見た目で想像するよりずっと軽い。
「ハロー」
 彼が口を開くより先に、受話器の向こうから声がした。
「千年、消えていたはずのアンカーの信号がキャッチされたのだけど、本日の報告に間違いは?」
 



 ──お前らが聞きたいことはわかってる。最初に言っておくからな。犬は無事。




「離婚したぁ?」
 ニューヨーク・マンハッタン。観光客はあまり寄り付かない裏通りにある店の中に、店主の間抜けな声が響き渡った。防音性の高いバーであるのに、外まで響くような声だった。おかげでローガンの隣で呑んでいたウェイドが「オープニングはニューヨークの空撮から?」などと呟いている。
 相変わらず意味不明な言動だが、ローガンのみならずこの店の常連はウェイドの脈絡のない言動には慣れっこだ。誰も聞き返すことはなく、店主であり違法賭博の胴元でもあるウィーゼルと、客であるローガンの次の言葉に聞き耳を立てている。
 再びウィスキーを頼んだローガンに、澱みなく手を動かしながらウィーゼルが言った。
「ほんとかよ」
「嘘吐く必要がどこにある」
「必要なんかなくても嘘は吐くだろ。なあ、おい、そうだろ?」
 店内の傭兵達に向けたウィーゼルの言葉に店の四方八方から同意の言葉が返ってくる。傭兵は契約に縛られる。次の契約を掴む為に契約には律儀だが、一方で生き延びる為にはなんだって利用する。吐き慣れない嘘で身を滅ぼすような真似はしない。
「お前の離婚相手なんか、その典型みたいな男だろ」
 ウィーゼルがローガンの隣を指差した。ローガンは隣に目をやった。当のウェイドはローガンの頼んだハムとチーズの盛り合わせ──以前は同じ酒を飲み続けるだけだったが、ローラ、そして結婚しウェイドとアルも一緒に暮らし始めてから酒以外で腹を膨らます重要性を思い出した──を勝手に食べて、パサパサしてて不味い。と文句を言っている。
「文句があるなら帰れよ」
「おっほほ〜。帰ったら困るのに?」
「わかってるならさっさと吐け」
「どうしようかな〜」
 このバーでただで情報を置いていくようなバカは、よほどの幸運でなければ骨の髄までしゃぶり尽くされて裏路地に捨てられる。とはいえ所詮は公的機関に登録されている情報なので、出し惜しみしているうちに他の奴らに掻っ攫われても業腹だ。ウェイドもそれを分かっていて、ウィーゼルの今日の酒代をただにする。という言葉に食いついた。現在時刻は二十三時三十分。今までローガンとウェイドが飲んだ酒の量と、これから飲む量を合わせれば妥当なところだ。
「ついでに老人の肌みたいにパサパサのチーズとハム追加で」
 ちゃっかりと空になった皿を押し付けて、ウェイドは指を一本立てた。
「昨日」
 カラン。とローガンの飲んでいたグラスの氷が音を立てた。
「昨日の午前十一時二十三分受理」
 わっ。と店内が沸いた。怒号と机を叩く音。歓声と悲鳴。
「誰だ銃ぶっ放した奴! 修理代は百倍にして請求するからな!」
 ウィーゼルが叫びながらショーケースの上に取り付けられた黒板に目をやった。
 正確には、死の賭け事。と書かれた黒板の下に貼られたカレンダーに。
 〜デッドプール&ウルヴァリン〜
 〜離婚記念日〜
 何年、何月、何日、何時、何分。それぞれ刻んで賭けることができるようになっている。ちなみに二人が結婚したのは六年前で、黄ばんだ紙に書かれている名前と日付は六年前から五年前のものが多い。しかしそこをすぎると何年何月までの賭け金が増え、ここ二年ほどは何年に離婚。までに賭けた連中がほとんどだ。意外なことに『死が二人を分つまで』という文字の横にも、少なくない数の名前と金額が書かれている。デッドプールとウルヴァリンが死ぬよりも賭けた傭兵が死ぬ方が早いだろうに、地獄でも金を必要とする者は少なくない。
 ウィーゼルが必死に電卓を叩いている。エクセルで管理くらいしろ。というどこかの傭兵の言葉には、割れた空き瓶が投げ返された。いつの間にか近寄ってきたバックが祝いか慰めか、それともまた別の言葉をウェイドにかけようと近寄ってきたが「ああ、バック。色々あったな。政治や宗教、気候変動に中絶や親権、離婚の権利が振り回されるのもこれで最後だ。おっと。今回もセリフはなし」と一蹴されていた。
「この酒貰うよ〜!」
「好きにしろ!」
 賭け事なんてのは胴元が必ず儲かるように出来ている。金勘定に必死なウィーゼルからこの店では高級の部類に入る酒瓶を一本頂戴し、ウェイドが栓を空けた。
「クズリちゃんも飲む?」
 問いが終わらぬうちにローガンはウィスキーを飲み干し、ウェイドの前にグラスを滑らせた。ウェイドは己のグラスより先にローガンのグラスに酒をなみなみと注ぎ、静かにローガンの前に置いた。
「あ、これ美味しいやつだ」
「ローラが喜びそうだな」
 言いながら、ローガンも上機嫌で舌鼓を打つ。良い酒だ。最初は果物のような香りだと感じたが、実際に飲むと花に近い香りがする。柔らかな甘さは決して野暮ったくはなく、飲んだ後、舌に残らぬキレの良さも好ましい。
 ウェイドが携帯端末で酒瓶のラベルの写真を撮った。
「今度ローラに持ってってあげようか」
「そうだな」
 つい一週間前に引っ越しを終えた彼女の姿を思い出す。もう随分と前からX− MENの一員として認められていたローラだ。彼女がXマンションに引っ越したのは当然のことで、むしろ彼女の活躍を考えれば遅いくらいのことだった。
「離婚したのに随分と仲が良いな」
 賭けに負けたからか、既に別の話題に移っていた傭兵が不意に二人に問いかけた。嫌味の感じられる言葉ではなく、ただの疑問だとすぐに分かった。
 故にウェイドも誤魔化すことなく素直に答えた。
「喧嘩別れしたわけじゃないからね」
 まだ一緒に住んでるし。といえば、その答えを聞いた別の傭兵が首を傾げた。
「じゃあなんで離婚したんだ?」
「賭けが八百長だったらただじゃすまねえぞ」
 店の隅からも野次が飛んだ。当然ウェイドが、そんなことある訳ないだろ。と言いながら野次の主にチーズを当てた。お前なら有り得るだろうとローガンは思ったが口にしなかった。酒の瓶はウェイドが手にしており、余計な口を挟むより、黙ってグラスを差し出す方がよっぽど大事なことだったからだ。
「でも意外ではあるよな」
 ようやく店にいる連中の精算を終えたらしいウィーゼルが、バーカウンターの中で己もチーズをつまみながら口を挟んだ。
「お前らが仕事の後に大喧嘩して股間に穴開けて帰ってきた時も結局離婚しなかったのに、今更なんで離婚した訳? ああ、それが犬どころかカラスも食わないそこの裏口に転がってるクソとミソの混ぜ合わせみたいな理由なら、一生言わなくても良いからな」
「尻の穴を四つに増やしたのはこいつだけだ」
「増やした本人がなんか言ってる。あんたのダメージが全部上半身に偏るのって、やっぱりそのおっぱいのせい?」
「知るか」
 言いながら、ローガンはグラスの中身を空にした。美味い酒だが同じものばかり飲むのも面白みがない。そこで脳裏に浮かんだ酒を注文する。それはウェイドと結婚を決めた時に飲んでいたものと同じ酒だった。
 思えば結婚も酒の席で決めたのだ。別のアースから来た以上、ローガンとローラが共に暮らすにはTVAに頼らざるをえなかった。恵まれし子らの学園に頼る手もあったが、ローラはともかくローガンは元いたアースで彼らを助けられなかった過去がある。いくら別のアースであるとはいえ、心理的な部分で学園に頼ることは躊躇われた。しかし短気な部分のあるローガンは、TVAとの交渉には不向きだった。
 一方でアルと暮らしていたウェイドはその年の流行病にかかったアルの入院だけでなく、様々な手続きと家賃の支払いを含めた生活のことで悩んでいた。アルが流行病にかかる少し前、ヴァネッサがついに婚約したと聞いて、精神的な面で不安定な時期でもあった。
 つまりは二人とも、寄りかかる相手が欲しかった。
 ローガンはウェイドを見た。ウェイドがローガンの視線に気付いて首を傾げた。ローガンは新たな酒のグラスを受け取りながら、離婚の理由か。とひとりごち、そしてウェイドを指差した。
「こいつだぞ」
 ウェイド・ウィストン・ウィルソン。
 あるいはデッドプール。
 離婚の理由を挙げるとすれば、これ以上説得力のあるものもないだろう。
 一瞬の静寂の後、どっと場が沸いた。複数の笑い声が店内に響く。中でもウェイドは腹を抱え、足をばたつかせ、呼吸困難になるほど大笑いした後、吊るしていたホルダーから拳銃を取り出して丁寧に弾を込めた。
 そしてデッドプールの赤いマスクを被ると拳銃を構え、その姿に凍りついた空気を無視してマスクのままにこりと笑ってみせた。
「今笑ったやつ全員覚悟しろ」
 ウィーゼルが賭けの胴元として稼いだ金が、店の修理費として消えたのは言うまでもない。
 
  ▲たたむ

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