No.890

#アガガプ
未来捏造
大人になるって世知辛いけど出来ることも広がるよねって話になる予定。
続きます。

 
 アガレスが戦場に旅立ってから五年が経つ。約束した手紙は一度も届いたことがない。代わりとばかりに届くのは、歳暮や中元のたぐいであった。
 ガープ・ゴエモン様
 宛名の書き文字は毎回違った。印刷の時もある。中身はなんの変哲もない洗剤や食品で、ただ年々量が増えランクが上がっていることには気がついていた。今日届いたのは有名店の点心セットだ。ゆうに五人前はある。毎度のことなのでこの時期になると事前に冷蔵・冷凍庫をなるべく空にするよう努めているが、一人暮らし用のものであればそもそもの容量が足りなかった。満杯になった冷蔵庫の前でガープは唸った。これは早々に消費するしかないだろう。
 ス魔ホを取り出して、ガープはアガレスと共通の友人にメッセージを送る。悪魔学校を卒業して随分と経ち、交友関係も広がったが、未だに遊ぶとなると真っ先に声をかけるのは問題児クラスの面々だ。急なことであったがジャズとエリザベッタが手を上げた。時刻はちょうど逢魔が時。ガープがいつも夕飯の支度を始める時間であった。
 
 
 包子に焼売、ちまきに春巻き。蒸篭の蓋を開ければふわりと湯気が立ち昇る。半透明の餃子の皮に海老の赤や帆立の白、筍の黄色といった様々な色が透けていて、その美しさに喉がなる。はやる気持ちを抑えて三人で写真を撮った後、席について手を合わせた。
「いただきます」
 言うが早いか、ジャズの持ってきた花茶で乾杯をする。酒を開けても良かったが、エリザベッタは下戸であるし、せっかくならば飲茶として楽しみたい。
 テーブルの上にはいくつもの蒸篭と皿が並んでいる。迷っちゃうわ。というエリザベッタの言葉にジャズもガープも頷いた。どれもこれもが魅力的だ。三人共に目移りしながら最初のひとつを選び取った。
「あら、美味しい」
 翡翠色した餃子を一口食べたエリザベッタが目を輝かせた。溢れたのはおそらく彼女自身、口にする気はなかった本音である。
 ガープも小籠包のスープをはふはふと飲み込んで頷いた。
「レンジで温めても良いとは書いてあったが、蒸して正解でござったな」
「冷凍なんて信じられないわ」
「この魔イカの湯引きもすげーうまい。食べてみてよ」
「それは拙者が作ったものでござる!」
「さすがねえ」
 お喋りを楽しみながら、三人は思い思いの点心と料理に箸を伸ばす。
「そっちの蒸篭取ってもらって良い?」
「どれでござるか?」
「さっき姐さんが食べてたエビ焼売」
「拙者もひとつ貰うでござる」
 己の皿に丸い焼売をひとつ乗せ、ジャズに蒸篭を手渡した。
「そういやこの蒸篭もセットに付いてきたの?」
 ジャズの問いに、ガープは首を横に振る。
「前にイルマ殿たちと家で映画を観た時に、クララ殿が大量の肉まんと一緒に持ってきてくれたのを貰ったでござる」
「ああ、なるほどね」
 基本的に元問題児クラスが集まって、誰かの家で食べたり飲んだりする時は、各自で食料や飲料を用意する。リードやアリスなどは既製品を買ってくるが、クララは己で作った料理を持ち込むことが多かった。
 春巻きを食べたエリザベッタがほうとひとつ息を吐く。
「料理が出来るってすごいわよねえ。私はすぐに出来合いで済ませちゃうわ」
「いやいや、ちゃんと食べようと思うだけ偉いっすよ。俺なんて適当に酒で腹膨らませて、この前検診で引っかかってアルコール控えろって言われたところ」
「不安になるような生活をしないでほしいでござる……」
「まあストレスの影響も大きいんだけど」
 ガープとエリザベッタの脳裏に、ジャズの師匠である悪魔が浮かんだ。卒業後も仕事の都合で関わることが多く、アロケルと共に苦労していると聞く。
 程よく冷めたちまきを取りながら、ジャズが憂鬱そうに眉根を寄せた。
「この前も戦場で無茶したドロドロ兄弟の尻拭いをさせられそうになってさ」
 そう言って蓮の葉を開けば、緑との対比が美しい卵黄を絡めた餅米が現れる。ジャズが箸で二つに分ければころりとした肉が飛び出した。
「ま、それはイルマくんが他のやつに投げてくれたみたいだけど」
 肉と一緒に餅米を口の中に放り込めば、ジャズの眉間から皺が消えた。胃が痛くなるような記憶も目の前の食事には敵わない。
 明るくなったジャズの顔を見て、エリザベッタがくすりと笑う。
「職務外のことを依頼されても困っちゃうわよねえ」
「特に戦場のことは、関わっていないと対応が難しいでござるからな」
 花茶を己の茶器に注ぎながらガープは言った。わずかに甘さのある匂いが鼻をくすぐって、しかし後を残さず消えていく。
 ジャズがガープに目を向けた。
「アガレスとは相変わらず仕事のこと話さないの?」
 ガープは花茶を口にした。琥珀色に己の銀糸が写っている。わずかな時間を置いてゆっくりと頷いた。
「話さないでござる」
「守秘義務もあるものね」
「というよりは……」
 口ごもったガープに、箸休めに胡瓜と茗荷の甘酢を摘んでいたエリザベッタが首を傾げた。
「何かあったのかしら」
 何か。と聞かれてますますガープは返答に窮してしまった。なにせ何もないことこそが悩みであった。
 その目には色とりどり、様々な形の点心が写っている。こうして季節ごとに中元や歳暮のたぐいは届く。魔インもポツポツと既読が付く。
 しかし約束が果たされる気配は何もない。
 茶器を置き、言葉を探し、しかしながらうまい説明も思いつかず、結局ガープは最初から話すことにした。
 思い出すのは五年前。『戦場へ行く』と言ったアガレスだ。
「手紙が届かないのでござる」




▲たたむ

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