タグ「ソンエリ」を含む投稿[16件]
#ソンエリ
再掲
夢と分かる夢を見た。
夢の中でソーンズは不惑を過ぎており、隣にいるエリジウムにも同じだけの過ぎ去った年月がその身体に刻まれていた。
二人が歩いていたのはロドスの中だ。幾度も修繕と改装が繰り返されてはいたが、絶え間ない人の声と、動き続ける機械音は以前と変わることがない。
視線に気付いたのだろう。エリジウムが「どうかした?」と首を傾げたのでソーンズは「これは夢か?」と問いかけた。エリジウムがニコリと笑う。
「夢とも言えるし、そうでないとも言えるね」
ゴポリ。とエリジウムが口を開く度に音がした。
「この世界は幾重にも折り重なり混じり合い、多数の分岐は過去を過ぎ去り未来を追い越している。そして海は折り重なった世界の中で生きるもの死んだものが最後に流れ着く場所だよ。彼らが海の水に溶けて、海の水を飲んだ君に、君の知識から君の望む姿を見せたのではなく、過去あるいは未来を見せているとは思わなかったのかい? 原石が告げる予言のように」
「あいにく、今回が初めてじゃないからな」
笑う相手に、ソーンズはため息を吐いてみせた。
「ケルシーからすでに知識は得ている。お前は過去で、俺はもう未来にいる」
「ああ、なるほど。君の分岐は随分と遠いところにあるみたいだ」
「だから、もう俺が望む夢はとうに見飽きているんだ。お前に頼らなくとも良い」
絶望は、すでに何度も味わっている。
鉱石病。不治の病。ソーンズの親友を蝕むもの。
オペレーターとしてロドスに所属していた彼の時間が少ないことを、もうソーンズはずっと前から、彼を友人と定めた時から知っていた。ふとしたきっかけからスペクターのことを知り、ケルシーに相談をしたことさえある。スペクターに施したことと、逆のことはできないかと。己が海の水を飲んだことを彼女は診断結果などから勘づいていて、そしてソーンズに知識を与えた。同時に選択をするのは自分自身だと突き放されたような、多くを背負う彼女に、新たなものを背負わせたような気もした。
しかしそれらはもう過ぎ去った過去だ。
そしてその頃よく見た夢が、未来でも、あの男が生きている夢だった。
目の前の存在を見る。不惑を過ぎた男の目尻に笑い皺が刻まれている。よく笑う男であった。笑い皺はその証明だ。
「俺はもう、この先を知っている」
「僕はいらない?」
「ああ」
時間と大海の流れは絶えず、そこに浮かぶ人々も、一箇所に留まることはない。
ソーンズの答えに、夢の中のエリジウムは「そっか」と告げた。「残念だね」という言葉に、泡が弾ける音が重なる。
パチン。という音と共に、目が覚めた。
「起きてください、ソーンズ先生」
肩を揺らされて、ソーンズはゆるゆると瞼を開けた。蛍光灯の眩しさに目が眩む。やがて開けた視界に映ったのは。最近ロドスに入ってきたばかりの若いオペレーターだ。
彼はソーンズが覚醒したことを知ると、机の上に小包を置いた。
「お疲れのところすみませんが、お届けものです。サインください」
「……ああ」
一瞬、夢の続きかと思い動きが遅れた。不惑をすぎ知命が見える年になると、どうにも色んなことに区別が付きづらくなって困ると頭を掻きながらペンを持ち宛名を確認してサインを入れれば、若いオペレーターがありがとうございます。と笑った。
そして仕事は済んだはずなのに、彼はソーンズの荷物を指差して「トランスポーターの方からですか?」と問いかけてきた。
「鉱石病患者さんの支援のために、いろんな場所に行ってらっしゃる方からなんですよね」
と、告げるその好奇心が抑えきれない様子に苦笑する。
ロドスが鉱石病の治療のために、さまざまな場所にオペレーターを派遣していることは周知だが、それもまだ全世界とは言い難い。時にはたどり着くことさえこんな場所に出向くこともあり、そうした場合、安全な行路の確保や情報収集のため、所属するオペレーターに情報提供や荷物の搬送を頼むことがある。
そしてソーンズがロドス所属のトランスポーターの一人と懇意で、そのトランスポーターから僻地の様々な品や映像送ってもらっては、ロドス内で共有しているのは有名だ。
「……そうだな。今でもロドスの特殊部隊と兼業しているが、ここ数年はトランスポーター業の方が多いか」
何せ、僻地にも進んで行きたがるやつだから。と告げながら、ソーンズはわざと彼の目の前で小包を開けてやる。そこに入っていたのは、記録媒体だ。
「電波の通じる場所なら通信を寄越してくるが、そうもいかない場所もある。そういう場所は、こうして記録を送ってくる」
─ ─君にも見て欲しいんだよ。
そう笑った男の顔を覚えている。様々な危機を乗り越え、様々な犠牲を払い、それでも完治ができない鉱石病にかかりながら明日を生きる男は、ソーンズが若き頃に見ていた夢の姿などとは全く違う姿で今を生きている。
己の夢を叶えた姿で生きている。
「写っているのは、山か、川か、砂漠か」
あるいは海か、はたまた全く違う景色か。それは蓋を開けるまでわからない。
「見てみるか?」
と聞けば、若いオペレーターはこくこくと首を縦に振る。その姿にやはり笑いながら、ソーンズは記録媒体を己のPCに繋げた。
青い空。白い雲。どこまでも広がる広大な山脈。吐き出した息は白く、昔携えていたものよりずっと軽く作られた旗が、風に揺れる。
戦友からの通信が入り『極地』の名を持つ男は鉱石病の薬を飲み込むと立ち上がった。
その目に映るのは、夢よりも夢のような現実だ。
「さあて、次はどこに行くのかな!」
▲たたむ
再掲
夢と分かる夢を見た。
夢の中でソーンズは不惑を過ぎており、隣にいるエリジウムにも同じだけの過ぎ去った年月がその身体に刻まれていた。
二人が歩いていたのはロドスの中だ。幾度も修繕と改装が繰り返されてはいたが、絶え間ない人の声と、動き続ける機械音は以前と変わることがない。
視線に気付いたのだろう。エリジウムが「どうかした?」と首を傾げたのでソーンズは「これは夢か?」と問いかけた。エリジウムがニコリと笑う。
「夢とも言えるし、そうでないとも言えるね」
ゴポリ。とエリジウムが口を開く度に音がした。
「この世界は幾重にも折り重なり混じり合い、多数の分岐は過去を過ぎ去り未来を追い越している。そして海は折り重なった世界の中で生きるもの死んだものが最後に流れ着く場所だよ。彼らが海の水に溶けて、海の水を飲んだ君に、君の知識から君の望む姿を見せたのではなく、過去あるいは未来を見せているとは思わなかったのかい? 原石が告げる予言のように」
「あいにく、今回が初めてじゃないからな」
笑う相手に、ソーンズはため息を吐いてみせた。
「ケルシーからすでに知識は得ている。お前は過去で、俺はもう未来にいる」
「ああ、なるほど。君の分岐は随分と遠いところにあるみたいだ」
「だから、もう俺が望む夢はとうに見飽きているんだ。お前に頼らなくとも良い」
絶望は、すでに何度も味わっている。
鉱石病。不治の病。ソーンズの親友を蝕むもの。
オペレーターとしてロドスに所属していた彼の時間が少ないことを、もうソーンズはずっと前から、彼を友人と定めた時から知っていた。ふとしたきっかけからスペクターのことを知り、ケルシーに相談をしたことさえある。スペクターに施したことと、逆のことはできないかと。己が海の水を飲んだことを彼女は診断結果などから勘づいていて、そしてソーンズに知識を与えた。同時に選択をするのは自分自身だと突き放されたような、多くを背負う彼女に、新たなものを背負わせたような気もした。
しかしそれらはもう過ぎ去った過去だ。
そしてその頃よく見た夢が、未来でも、あの男が生きている夢だった。
目の前の存在を見る。不惑を過ぎた男の目尻に笑い皺が刻まれている。よく笑う男であった。笑い皺はその証明だ。
「俺はもう、この先を知っている」
「僕はいらない?」
「ああ」
時間と大海の流れは絶えず、そこに浮かぶ人々も、一箇所に留まることはない。
ソーンズの答えに、夢の中のエリジウムは「そっか」と告げた。「残念だね」という言葉に、泡が弾ける音が重なる。
パチン。という音と共に、目が覚めた。
「起きてください、ソーンズ先生」
肩を揺らされて、ソーンズはゆるゆると瞼を開けた。蛍光灯の眩しさに目が眩む。やがて開けた視界に映ったのは。最近ロドスに入ってきたばかりの若いオペレーターだ。
彼はソーンズが覚醒したことを知ると、机の上に小包を置いた。
「お疲れのところすみませんが、お届けものです。サインください」
「……ああ」
一瞬、夢の続きかと思い動きが遅れた。不惑をすぎ知命が見える年になると、どうにも色んなことに区別が付きづらくなって困ると頭を掻きながらペンを持ち宛名を確認してサインを入れれば、若いオペレーターがありがとうございます。と笑った。
そして仕事は済んだはずなのに、彼はソーンズの荷物を指差して「トランスポーターの方からですか?」と問いかけてきた。
「鉱石病患者さんの支援のために、いろんな場所に行ってらっしゃる方からなんですよね」
と、告げるその好奇心が抑えきれない様子に苦笑する。
ロドスが鉱石病の治療のために、さまざまな場所にオペレーターを派遣していることは周知だが、それもまだ全世界とは言い難い。時にはたどり着くことさえこんな場所に出向くこともあり、そうした場合、安全な行路の確保や情報収集のため、所属するオペレーターに情報提供や荷物の搬送を頼むことがある。
そしてソーンズがロドス所属のトランスポーターの一人と懇意で、そのトランスポーターから僻地の様々な品や映像送ってもらっては、ロドス内で共有しているのは有名だ。
「……そうだな。今でもロドスの特殊部隊と兼業しているが、ここ数年はトランスポーター業の方が多いか」
何せ、僻地にも進んで行きたがるやつだから。と告げながら、ソーンズはわざと彼の目の前で小包を開けてやる。そこに入っていたのは、記録媒体だ。
「電波の通じる場所なら通信を寄越してくるが、そうもいかない場所もある。そういう場所は、こうして記録を送ってくる」
─ ─君にも見て欲しいんだよ。
そう笑った男の顔を覚えている。様々な危機を乗り越え、様々な犠牲を払い、それでも完治ができない鉱石病にかかりながら明日を生きる男は、ソーンズが若き頃に見ていた夢の姿などとは全く違う姿で今を生きている。
己の夢を叶えた姿で生きている。
「写っているのは、山か、川か、砂漠か」
あるいは海か、はたまた全く違う景色か。それは蓋を開けるまでわからない。
「見てみるか?」
と聞けば、若いオペレーターはこくこくと首を縦に振る。その姿にやはり笑いながら、ソーンズは記録媒体を己のPCに繋げた。
青い空。白い雲。どこまでも広がる広大な山脈。吐き出した息は白く、昔携えていたものよりずっと軽く作られた旗が、風に揺れる。
戦友からの通信が入り『極地』の名を持つ男は鉱石病の薬を飲み込むと立ち上がった。
その目に映るのは、夢よりも夢のような現実だ。
「さあて、次はどこに行くのかな!」
▲たたむ
次回ノアの休日か何かあったらローグライク関係ないソンエリ書きたい気持ちはある。#ソンエリ
エリジウム、ロドスの女の子たちとワイワイしてて欲しい〜〜〜。ネイルとか化粧とか普通にしてて欲しい。そういう女の子とエリジウムなソンエリ描きたい気持ちある。
ソーンズも普通に女の子とワイワイしてて欲しいし薬物繋がりで化粧品について詳しくなってて欲しいしその知識から女の子に喋りかけられて、自然とその知識が分厚くなってて欲しい。恋愛対象として一切見てないし相手の恋愛模様を把握しつつ遠慮なく年齢相応にじゃれ合う若者が好きなので。
これは女の子たちに顔だけならともかく。って思われてるソンエリ。
#ソンエリ
ソーンズも普通に女の子とワイワイしてて欲しいし薬物繋がりで化粧品について詳しくなってて欲しいしその知識から女の子に喋りかけられて、自然とその知識が分厚くなってて欲しい。恋愛対象として一切見てないし相手の恋愛模様を把握しつつ遠慮なく年齢相応にじゃれ合う若者が好きなので。
これは女の子たちに顔だけならともかく。って思われてるソンエリ。
#ソンエリ
#ソンエリ #リクエスト
リクエスト(同衾するソンエリ)です。ありがとうございました。
捏造過多。ルームシェアしてます。
部屋の扉が開かれた。帰ってきたのは二人部屋を共有しているソーンズだ。予定日を数日過ぎての帰還である。ここ数週間ほどドクターについてサルゴンを動き回っていた彼は、目の下に隠しきれない疲労を滲ませていた。
「シャワーを浴びてくる」
そう言うが早いか、荷物を乱雑に床に置き、着替えを引っ張り出したソーンズは背を翻す。ベットで本を読んでいたエリジウムが慌てて「荷解きはしておくかい?」と尋ねると、振り向きもせずに「頼む」と言って部屋を出た。
バタン。と音を立てて扉が閉まる。エリジウムはしばらく閉まった扉を見つめていたが、やがてゆるゆるとソーンズの荷物に手を伸ばした。ソーンズの荷物は砂埃に汚れ、バックパックを開ければ日に焼けた砂の匂いがする。
エリジウムとソーンズがロドスの二人部屋で同居を始めたのは数ヶ月前のことだ。他組織との連携による外部オペレーターの増加や鉱石病患者受け入れの拡大を経て宿舎の改装が決まり、同時に幾組かのルームシェアが募集されたのだ。それまで予備隊以外は一人部屋を使っていた為なかなか募集は埋まらなかったが、恋人同士となって一年が経過していた二人は丁度いいタイミングだからと手を挙げた。
とはいえ二人が恋人であることを誰にも明かしていないので、名目上は友人同士のルームシェアだ。ロドスには様々な種族や出身地の者が暮らしており、中には異なる種族間での恋愛や、同性愛者に強い偏見や差別感情を抱く者もいる。とはいえ何も言わなければ異性愛者として見られてしまうからか、今のところ恋愛関係を疑われたことはない。
むしろ、二人でいると何かと騒ぎを起こしがちなので、そちらを心配されがちだ。確かに同居を始めてから酒に飲まれてしまったことはあるし、種族や育ちによる生活習慣の違いから多少の小競り合いも起こしたが、今のところは概ね順調にやっている。
エリジウムは荷解きをしながらひとつ伸びをした。無駄を嫌うソーンズの荷物はエリジウムが遠征に出かけるときよりもずっと少ない。ものの十数分で片付けを終わらせると、エリジウムは最後に通信機器を手に取った。小さなそれは、以前エリジウムがソーンズに与えたものだ。サルゴンという土地の特性上、防ぎきれなかった砂汚れが付着している。ソーンズが部屋に戻ってきたらメンテナンスをしてもいいか尋ねようと考えて、エリジウムは荷物から落ちた砂埃を掃除するために立ち上がった。
ソーンズが帰ってきたのはそれからもう三十分ほど経った頃だ。
掃除を終えたエリジウムはすでにベッドの上で本を読む作業に戻っており、眠さのせいか足元が覚束ないソーンズを見て「遅かったね」と告げた。
「医療部に捕まってな。荷解きを任せて悪かった」
と、その言葉は半分ほどが欠伸に取って変わられる。何の気なしに眺めていれば、ソーンズがエリジウムにのしかかってきた。
「今日はシャワー浴びてないから自分のベッドで寝たほうが良いよ」
ロドスが砂漠地帯に滞在中は水の使用制限がかかるため、休暇中のオペレーターはシャワーなどを出来る限り控えている。エリジウムも今日はシャワーを浴びず、身体を軽く拭くだけで眠るつもりであったが、任務の汚れをさっぱりと落としたソーンズに抱きつかれれば気になりもする。
しかしソーンズは眠気の滲んだ声で「構わない」と言って、エリジウムの肩口に顔を寄せた。
「それなら良いけど」
と告げて、エリジウムもソーンズの背中に手を回す。シャンプーの匂いがする髪がエリジウムの頬をくすぐった。ホコホコと温かい身体からエリジウムにも眠気が押し寄せてくる。
「そういえば」
とエリジウムは小さく独りごちた。けれど抱きしめあっていれば、その言葉もソーンズに拾われてしまう。「どうした?」聞かれて、その律儀さに申し訳ような、嬉しいような気持ちでエリジウムは答えた。
「おかえりって言ってないと思ってさ」
と告げると、ソーンズが納得がいったように頷いて「ただいま」と言った。
エリジウムは彼のその言葉を聞くと、どうしてか、少しだけ泣きたくなる。
ソーンズには気難しい部分があり、一緒にいて疲れる時も、一人になりたい時も、彼の長期の任務で一人になってほっとする時もある。イベリア出身のリーベリとエーギルであれば、一生をかけても埋まらない溝を実感し、逃げ出したくなる時もある。
けれど同居をして初めてソーンズが任務から帰ってきた時、ただいま。と告げる彼を見て、エリジウムはひどく安心した。
安心してしまったのだ。
「おかえり」
数ヶ月一緒に暮らしても、まだぎこちないそれを待っていたように、ソーンズの力が抜けて、やがて規則正しい寝息が聞こえてきた。
おかえり。ともう一度繰り返し、エリジウムは目を閉じて、ソーンズの髪に鼻を埋めた。
洗い立てのソーンズの髪からは、石鹸の匂いに混じって、どこか懐かしい、塩辛い匂いがした。
▲たたむ
リクエスト(同衾するソンエリ)です。ありがとうございました。
捏造過多。ルームシェアしてます。
部屋の扉が開かれた。帰ってきたのは二人部屋を共有しているソーンズだ。予定日を数日過ぎての帰還である。ここ数週間ほどドクターについてサルゴンを動き回っていた彼は、目の下に隠しきれない疲労を滲ませていた。
「シャワーを浴びてくる」
そう言うが早いか、荷物を乱雑に床に置き、着替えを引っ張り出したソーンズは背を翻す。ベットで本を読んでいたエリジウムが慌てて「荷解きはしておくかい?」と尋ねると、振り向きもせずに「頼む」と言って部屋を出た。
バタン。と音を立てて扉が閉まる。エリジウムはしばらく閉まった扉を見つめていたが、やがてゆるゆるとソーンズの荷物に手を伸ばした。ソーンズの荷物は砂埃に汚れ、バックパックを開ければ日に焼けた砂の匂いがする。
エリジウムとソーンズがロドスの二人部屋で同居を始めたのは数ヶ月前のことだ。他組織との連携による外部オペレーターの増加や鉱石病患者受け入れの拡大を経て宿舎の改装が決まり、同時に幾組かのルームシェアが募集されたのだ。それまで予備隊以外は一人部屋を使っていた為なかなか募集は埋まらなかったが、恋人同士となって一年が経過していた二人は丁度いいタイミングだからと手を挙げた。
とはいえ二人が恋人であることを誰にも明かしていないので、名目上は友人同士のルームシェアだ。ロドスには様々な種族や出身地の者が暮らしており、中には異なる種族間での恋愛や、同性愛者に強い偏見や差別感情を抱く者もいる。とはいえ何も言わなければ異性愛者として見られてしまうからか、今のところ恋愛関係を疑われたことはない。
むしろ、二人でいると何かと騒ぎを起こしがちなので、そちらを心配されがちだ。確かに同居を始めてから酒に飲まれてしまったことはあるし、種族や育ちによる生活習慣の違いから多少の小競り合いも起こしたが、今のところは概ね順調にやっている。
エリジウムは荷解きをしながらひとつ伸びをした。無駄を嫌うソーンズの荷物はエリジウムが遠征に出かけるときよりもずっと少ない。ものの十数分で片付けを終わらせると、エリジウムは最後に通信機器を手に取った。小さなそれは、以前エリジウムがソーンズに与えたものだ。サルゴンという土地の特性上、防ぎきれなかった砂汚れが付着している。ソーンズが部屋に戻ってきたらメンテナンスをしてもいいか尋ねようと考えて、エリジウムは荷物から落ちた砂埃を掃除するために立ち上がった。
ソーンズが帰ってきたのはそれからもう三十分ほど経った頃だ。
掃除を終えたエリジウムはすでにベッドの上で本を読む作業に戻っており、眠さのせいか足元が覚束ないソーンズを見て「遅かったね」と告げた。
「医療部に捕まってな。荷解きを任せて悪かった」
と、その言葉は半分ほどが欠伸に取って変わられる。何の気なしに眺めていれば、ソーンズがエリジウムにのしかかってきた。
「今日はシャワー浴びてないから自分のベッドで寝たほうが良いよ」
ロドスが砂漠地帯に滞在中は水の使用制限がかかるため、休暇中のオペレーターはシャワーなどを出来る限り控えている。エリジウムも今日はシャワーを浴びず、身体を軽く拭くだけで眠るつもりであったが、任務の汚れをさっぱりと落としたソーンズに抱きつかれれば気になりもする。
しかしソーンズは眠気の滲んだ声で「構わない」と言って、エリジウムの肩口に顔を寄せた。
「それなら良いけど」
と告げて、エリジウムもソーンズの背中に手を回す。シャンプーの匂いがする髪がエリジウムの頬をくすぐった。ホコホコと温かい身体からエリジウムにも眠気が押し寄せてくる。
「そういえば」
とエリジウムは小さく独りごちた。けれど抱きしめあっていれば、その言葉もソーンズに拾われてしまう。「どうした?」聞かれて、その律儀さに申し訳ような、嬉しいような気持ちでエリジウムは答えた。
「おかえりって言ってないと思ってさ」
と告げると、ソーンズが納得がいったように頷いて「ただいま」と言った。
エリジウムは彼のその言葉を聞くと、どうしてか、少しだけ泣きたくなる。
ソーンズには気難しい部分があり、一緒にいて疲れる時も、一人になりたい時も、彼の長期の任務で一人になってほっとする時もある。イベリア出身のリーベリとエーギルであれば、一生をかけても埋まらない溝を実感し、逃げ出したくなる時もある。
けれど同居をして初めてソーンズが任務から帰ってきた時、ただいま。と告げる彼を見て、エリジウムはひどく安心した。
安心してしまったのだ。
「おかえり」
数ヶ月一緒に暮らしても、まだぎこちないそれを待っていたように、ソーンズの力が抜けて、やがて規則正しい寝息が聞こえてきた。
おかえり。ともう一度繰り返し、エリジウムは目を閉じて、ソーンズの髪に鼻を埋めた。
洗い立てのソーンズの髪からは、石鹸の匂いに混じって、どこか懐かしい、塩辛い匂いがした。
▲たたむ
#ソンエリ
再掲
「ひとつだけ先に言っておきたいことがあって」
そう切り出したエリジウムがソーンズの隣に腰掛ける。ベッドのスプリングが音を立て、軽く触れた肩に小さく息を飲み込んだ。
動揺を悟られないように、ソーンズが「なんだ?」と問いかけると、エリジウムは彼にしては珍しく僅かに言葉に迷うような素振りを見せた後「鉱石病のことなんだけど」と言った。何回も繰り返した議題ではあるが、ソーンズはこの議題を無視も軽んじもしないと決めている。すぐに言葉を発しようとしたソーンズは、しかしエリジウムの手に口を塞がれた。
「待って待って。僕も何度も同じ議論はしないし、君の今までの言葉をなかったことにはしたくないよ。ただ、言ってなかったことがあったと思ってさ」
「……なんだ」
指の隙間から問いかければ「デコレーションのことだよ」とエリジウムは告げた。
そしてソーンズの口から手を離し、服の裾を持ち上げる。
「これ」
何の衒いもなく晒された肌に心臓が跳ねた。通信員としてあれこれと機材を持ち運ぶ必要があるので、エリジウムの身体には程よく筋肉が付いている。それは一見健康な男の身体にしか見えない。しかし布一枚剥いでしまえば、体表に浮かぶ異質な部分がどうしたって目についた。
半透明の黒い鉱石。
ソーンズはゆっくりと息を吐いた後、視線があちこちに飛んでしまいそうになるのをグッと堪えて「体表面の鉱石は、触れても鉱石病に感染しない」と告げた。
「知ってるよ」とエリジウムは応えた。
「その心配じゃなくてさ」
「何の心配だ?」
「これ、鉱石だから硬いんだよ」
エリジウムは黒い鉱石を指先で突いてみせた。
「うっかり触ったら、それだけで皮膚が切れちゃうくらいにはね」
ソーンズは虚を突かれた。そんなことは考えたこともなかったからだ。エリジウムはさらに続けた。
「体表にできたばかりの頃に、うっかり触って指を切ったことがあるんだよ。だから、ほら、その……」
エリジウムがひとつ咳を落とす。
「この後、君がうっかり触って怪我したら困るからさ」
そう告げた声は、いつもの軽快さを欠いている。
ソーンズはパチリと瞬きをした。
そして僅かに考えた後「触っても良いか?」と手を伸ばす。
「鉱石に?」
「ああ」
「良いけど、さっき言ったこと気をつけてね」
「分かっている」
指先で、半透明の黒い鉱石に触れる。確かにエリジウムの言う通り固く、自然と割れたような縁は細かく波打っており、考えなしに触れれば手を傷つけるだろう。
「感覚はあるのか?」
「身体に埋まってるからね。鉱石自体にはないけど、触られると周辺の皮膚が突っ張るような感覚はあるよ」
「例えばうっかり強く押したとして、お前の内臓か周辺の肉や皮膚に傷がつくことは?」
「可能性あるかな。感染生物との交戦で倒れた時にうっかりそこを下にして、内側に響いた感覚があったから」
「そうか」
ソーンズはエリジウムの鉱石から手を離した。
「それなら気をつける」
「それならって」
服を整えたエリジウムが呆れた顔をした。
「君に怪我して欲しくなくて言ったんだけど」
「知っている。その点でも気を付けるが、ただ、俺にはそちらの方が重要だっただけだ」
嘘である。
本当は「切り傷くらいならすぐに治るのは知ってるだろう」という言葉がソーンズの口から出かかった。彼がその体表に出来た不本意なデコレーションのせいでソーンズが傷付くことを恐れ、無意識にか意識的にか引いた線の内に、踏み込むような言葉であった。
エリジウムに触ることができない方が嫌だと。
けれどそれはソーンズのエゴだ。そして同時に、我を通し彼を傷つけるほど暴力的になることをソーンズは良しとしない。それをしたとして、エリジウムがどんな顔をするか、想像は出来なかったが、見たいとも思わなかった。
「他に何か言いたいことはあるか?」
ソーンズの言葉に、少しだけ眉根を寄せたエリジウムが首を横に振った。
「ないよ」
「触れても?」
返事の代わりに、ひとつ、エリジウムから軽い口付けが落とされた。それに応えながら服の裾から手を滑り込ませれば僅かに硬い感触があり、その感触に鉱石病への苛立ちを覚えながらも、ソーンズはそれを避けて強くエリジウムの身体をかき抱いた。
至近距離で見つめたリーベリは笑っており、ソーンズはふと、その顔が見たかったのだと思い至った。
これがソーンズの恋だった。
▲たたむ
再掲
「ひとつだけ先に言っておきたいことがあって」
そう切り出したエリジウムがソーンズの隣に腰掛ける。ベッドのスプリングが音を立て、軽く触れた肩に小さく息を飲み込んだ。
動揺を悟られないように、ソーンズが「なんだ?」と問いかけると、エリジウムは彼にしては珍しく僅かに言葉に迷うような素振りを見せた後「鉱石病のことなんだけど」と言った。何回も繰り返した議題ではあるが、ソーンズはこの議題を無視も軽んじもしないと決めている。すぐに言葉を発しようとしたソーンズは、しかしエリジウムの手に口を塞がれた。
「待って待って。僕も何度も同じ議論はしないし、君の今までの言葉をなかったことにはしたくないよ。ただ、言ってなかったことがあったと思ってさ」
「……なんだ」
指の隙間から問いかければ「デコレーションのことだよ」とエリジウムは告げた。
そしてソーンズの口から手を離し、服の裾を持ち上げる。
「これ」
何の衒いもなく晒された肌に心臓が跳ねた。通信員としてあれこれと機材を持ち運ぶ必要があるので、エリジウムの身体には程よく筋肉が付いている。それは一見健康な男の身体にしか見えない。しかし布一枚剥いでしまえば、体表に浮かぶ異質な部分がどうしたって目についた。
半透明の黒い鉱石。
ソーンズはゆっくりと息を吐いた後、視線があちこちに飛んでしまいそうになるのをグッと堪えて「体表面の鉱石は、触れても鉱石病に感染しない」と告げた。
「知ってるよ」とエリジウムは応えた。
「その心配じゃなくてさ」
「何の心配だ?」
「これ、鉱石だから硬いんだよ」
エリジウムは黒い鉱石を指先で突いてみせた。
「うっかり触ったら、それだけで皮膚が切れちゃうくらいにはね」
ソーンズは虚を突かれた。そんなことは考えたこともなかったからだ。エリジウムはさらに続けた。
「体表にできたばかりの頃に、うっかり触って指を切ったことがあるんだよ。だから、ほら、その……」
エリジウムがひとつ咳を落とす。
「この後、君がうっかり触って怪我したら困るからさ」
そう告げた声は、いつもの軽快さを欠いている。
ソーンズはパチリと瞬きをした。
そして僅かに考えた後「触っても良いか?」と手を伸ばす。
「鉱石に?」
「ああ」
「良いけど、さっき言ったこと気をつけてね」
「分かっている」
指先で、半透明の黒い鉱石に触れる。確かにエリジウムの言う通り固く、自然と割れたような縁は細かく波打っており、考えなしに触れれば手を傷つけるだろう。
「感覚はあるのか?」
「身体に埋まってるからね。鉱石自体にはないけど、触られると周辺の皮膚が突っ張るような感覚はあるよ」
「例えばうっかり強く押したとして、お前の内臓か周辺の肉や皮膚に傷がつくことは?」
「可能性あるかな。感染生物との交戦で倒れた時にうっかりそこを下にして、内側に響いた感覚があったから」
「そうか」
ソーンズはエリジウムの鉱石から手を離した。
「それなら気をつける」
「それならって」
服を整えたエリジウムが呆れた顔をした。
「君に怪我して欲しくなくて言ったんだけど」
「知っている。その点でも気を付けるが、ただ、俺にはそちらの方が重要だっただけだ」
嘘である。
本当は「切り傷くらいならすぐに治るのは知ってるだろう」という言葉がソーンズの口から出かかった。彼がその体表に出来た不本意なデコレーションのせいでソーンズが傷付くことを恐れ、無意識にか意識的にか引いた線の内に、踏み込むような言葉であった。
エリジウムに触ることができない方が嫌だと。
けれどそれはソーンズのエゴだ。そして同時に、我を通し彼を傷つけるほど暴力的になることをソーンズは良しとしない。それをしたとして、エリジウムがどんな顔をするか、想像は出来なかったが、見たいとも思わなかった。
「他に何か言いたいことはあるか?」
ソーンズの言葉に、少しだけ眉根を寄せたエリジウムが首を横に振った。
「ないよ」
「触れても?」
返事の代わりに、ひとつ、エリジウムから軽い口付けが落とされた。それに応えながら服の裾から手を滑り込ませれば僅かに硬い感触があり、その感触に鉱石病への苛立ちを覚えながらも、ソーンズはそれを避けて強くエリジウムの身体をかき抱いた。
至近距離で見つめたリーベリは笑っており、ソーンズはふと、その顔が見たかったのだと思い至った。
これがソーンズの恋だった。
▲たたむ
#ソンエリ
再掲
向かいの席で作戦記録の編集をしていた後輩が、サッと頬を赤らめた。
何かあったのかと声をかければ、わずかに気まずそうな顔をする。モゴモゴと口籠った後、彼は端末をこちらに向けた。画面の中で流れているのは先日撮ったばかりの映像だ。一~二分ほど早戻しされた記録の中には、防衛を終えドクターの元へと帰還するオペレーター達が映っている。不安定に揺れ動いていることから記録用ドローンを誰かが手に持っていることが窺えた。先日故障した一台を、近くにいたオペレーターに回収してもらったことを思い出す。
どうにも酔ってしまいそうな映像の中、一際目立っているのは青空にたなびく旗だった。旗手の掲げる旗である。テンニンカにせよエリジウムにせよサイラッハにせよ、作戦が終わった後も、旗手はこうして旗を掲げていることが良くあった。帰還するオペレーター達の目印になるようにと、誰に頼まれたわけでもなく、彼らは自分の意思で己の旗を掲げ続けた。
映像に映っていたのはエリジウムだった。旗手の中でも背の高さから一際目立つ男である。
やがて彼の顔が視認できるくらいの距離に近づいた時、ふとエリジウムの視線が顔がこちらを向いて、カメラの持ち主に気付いたのか、わずかにその目が見開かれた。
「おかえり、ブラザー!」
その様を、何と言おう。
青い空もたなびく旗も、全てが味気なく感じるような光景だった。まっすぐな好意というものをひとつの形にしたら、こうなると思わせるような表情であり。
思わず喉から唸り声が出た。
「どうしましょう。これ」
後輩からの問いかけに、少しばかり考えた後、とりあえずこの部分だけ消してくれ。と指示をする。
「この表情は、あの掲げられた旗みたいに不特定多数の誰かに向けてのものじゃないから」
作戦記録の中にあるのは不適切だよ。と告げて、己の赤くなっただろう顔を、手でパタパタと仰いでみせた。
▲たたむ
再掲
向かいの席で作戦記録の編集をしていた後輩が、サッと頬を赤らめた。
何かあったのかと声をかければ、わずかに気まずそうな顔をする。モゴモゴと口籠った後、彼は端末をこちらに向けた。画面の中で流れているのは先日撮ったばかりの映像だ。一~二分ほど早戻しされた記録の中には、防衛を終えドクターの元へと帰還するオペレーター達が映っている。不安定に揺れ動いていることから記録用ドローンを誰かが手に持っていることが窺えた。先日故障した一台を、近くにいたオペレーターに回収してもらったことを思い出す。
どうにも酔ってしまいそうな映像の中、一際目立っているのは青空にたなびく旗だった。旗手の掲げる旗である。テンニンカにせよエリジウムにせよサイラッハにせよ、作戦が終わった後も、旗手はこうして旗を掲げていることが良くあった。帰還するオペレーター達の目印になるようにと、誰に頼まれたわけでもなく、彼らは自分の意思で己の旗を掲げ続けた。
映像に映っていたのはエリジウムだった。旗手の中でも背の高さから一際目立つ男である。
やがて彼の顔が視認できるくらいの距離に近づいた時、ふとエリジウムの視線が顔がこちらを向いて、カメラの持ち主に気付いたのか、わずかにその目が見開かれた。
「おかえり、ブラザー!」
その様を、何と言おう。
青い空もたなびく旗も、全てが味気なく感じるような光景だった。まっすぐな好意というものをひとつの形にしたら、こうなると思わせるような表情であり。
思わず喉から唸り声が出た。
「どうしましょう。これ」
後輩からの問いかけに、少しばかり考えた後、とりあえずこの部分だけ消してくれ。と指示をする。
「この表情は、あの掲げられた旗みたいに不特定多数の誰かに向けてのものじゃないから」
作戦記録の中にあるのは不適切だよ。と告げて、己の赤くなっただろう顔を、手でパタパタと仰いでみせた。
▲たたむ
(再掲)
絶えず水の音が響き続ける宿舎の共用スペースで、アヴドーチャはタイプライターから視線を上げた。ゼルウェルツァの『どでかい水たまり』が再現されたこの場所は、アヴドーチャの数少ないロドスのお気に入りの場所であり、また彼女が心から落ち着ける場所でもある。
天井に取り付けられた布の波紋を眺め、アヴドーチャはひとつ息を吐いた。ミドルテーブルと背もたれのしっかりとしたソファは、執筆を進める彼女の為にとドゥリンたちが用意してくれたものだ。暇な日には手を止めてドゥリンと子供たちが水遊びするのを見守っていることも多いが、今はそうもいかない。なにせ締切が近いのだ。そうでなければ日付変更線をとうに過ぎたこの時間まで、彼女がこんなところでぐずぐずしているはずがない。
アヴドーチャは机の上に並べた原稿を睨み付けた。
彼女が今回取り掛かっているのは、一ヶ月後に控えたバレンタインイベントのキャッチコピーだ。国によっては恋人達が楽しむ側面が強いイベントだが、今年のロドスでは極東出身であるウタゲの提案で、恩になった人達や友人同士でチョコレートを贈りあったり一緒に楽しむイベントとなった。
種族も出身地も、信仰する宗教も違う者たちが暮らすロドスである。各々の文化や風習は重んじられるが、一方で他者と暮らす為に譲歩もする。最近はなにかと忙しかったが、ちょうど一息ついた時期でもある。つまりはみんな息抜きが欲しかった。そこで恋人達のための。という側面は保ち、宗教的な面を重じる者達への強要はなしとしつつ、多くの者達が楽しめるような方向性が決まるまで、さほど時間はかからなかった。
そしてお祭り騒ぎかつお酒を楽しめる機会をドゥリン達が見逃すはずがない。
彼らは積極的にバレンタインイベントに関わりたがり、チョコレートビールを何種類か作ると言い出した。そして彼らと共に過ごすことの多いアヴドーチャにもそれらの酒のキャッチコピーの作成という役目が割り振られ、彼女が頭を悩ますこととなったのである。
なにせ彼女が長く暮らしていたゼルウェルツァにはバレンタインの風習がない。ウルサスにはあったものの、それらはアヴドーチャにとって、まだこうしたイベントごとに持ち出すにはいささか抵抗のある記憶である。さらに今回は『みんな』へ向けたキャッチコピーと『恋人達』へ向けた2種類のキャッチコピーを用意しなければならない。一種類の酒に付きひとつのキャッチコピーで良いじゃないかと思われるかもしれないが、どうせならアヴドーチャはロドスにやってきた彼らのために全力を尽くしたかった。
ターゲットによって方向性を変え、さりとて統一感は持たせたい。種族も出身地も違う者達にも分かりやすく、尚且つインパクトに残るような……。と悩む彼女の周りには資料となる本が積まれ、ウタゲを始めとした複数人からの聞き取り資料がまとめられている。もちろん、ドゥリン達が作っているチョコレートビールを試飲した際に書いた喉越しや味わい、原材料の記録もある。
彼女はタイプライターから吐き出された紙をなんともなしに手に取った。柔らかな陽光の色をした紙の上には言葉が並べられ、崩され、また別の形にまとまろうとして失敗をしている。部屋から出てこの場所に来たのも、少しは気分転換になればと思ったのだが。とため息を吐いて、アヴドーチャはすっかりと冷めて香りを失ったお茶を一口飲んだ。やはり部屋に戻ろうか。そう考えた彼女の視界の端に、ふとひらめくものが映った。
顔を上げればちょうど共用スペースのガラス張りの扉が開いて、ひとりのオペレーターが現れた。
ソーンズだ。ゼルウェルツァで出会ったリーベリ・エリジウムとよく共にいて、作戦でも一緒の隊になることが多かった為、アヴドーチャがロドスに来てすぐにコードネームを覚えたオペレーターのひとりだった。先程見えたのは彼の着ていた白衣だったらしい。その裾が焦げているところを見ると、おそらくラボにでもいたのだろう。この部屋に来たということは休憩だろうか。彼もまた、実験の行き詰まっているのかもしれない。
「こんばんは。良い夜ですわね」
アヴドーチャはソーンズに喋りかけた。ドゥリンと子供達以外にさほど興味を持てないアヴドーチャだが、スディチ達の度重なる苦言もあって、一緒の隊になったオペレーターに挨拶できるくらいには、ロドスに馴染み、また生活に余裕が出ている。
ソーンズはアヴドーチャに視線を向け、少しばかり眠気の滲んだ顔で、精が出るな。と言った。
「バレンタインに向けた宣伝文句作りか?」
「ええ。ドゥリンの子達がチョコレートビールを作るので、それらを彩るためのキャッチコピーを作っていますの」
「ビールか」
ソーンズはそう呟いて、デスクの上に置かれた紙を一枚手に伸ばした。アヴドーチャは思わず息を飲む。
「触らないで!」
ソーンズの手が止まった。アヴドーチャは慌ててデスクの上に広げていた紙をかき集め、少しばかり眉根を寄せると、申し訳ありません。と謝った。
「未完成のものを人に見せることはしたくなくて……。気を悪くなされないで。あなたが悪いわけではないんです」
「いや、こちらこそ不躾だった」
その言葉にくっきりとした反省の色が見えて、アヴドーチャは眉を下げて微笑んだ。
「謝らないでくださいまし……。バレンタイン、貴方はどなたかとお過ごしに?」
「今取り掛かっている作戦状況次第だな」
話題を変えるための言葉であったが、ソーンズの返答にアヴドーチャは目を瞬かせた。
「そういう自分はどうなんだ?」
ソーンズの問いかけに、アヴドーチャはわずかに口の端を緩ませた。
「わらわはドゥリンの子達と過ごしますわ。ドゥリンの子達がゼルウェルツァのように床で眠ってしまっては困りますもの」
「そうか」
「貴方も、お相手と楽しく過ごせたら良いですわね」
アヴドーチャの言葉にソーンズがわずかに顔を顰めたので、アヴドーチャは首を傾げた。
「何か不快なことを言ってしまいましたでしょうか?」
「いや、お前のせいじゃない。相手の鬱陶しさを思い出しただけだ」
「そんな……。恋人なのでしょう?」
「そうとは言えるが……」
ソーンズは唸るように告げた。
「正直なところ、あいつを疎ましいと感じたことは数え切れないほどにある」
息を飲んだアヴドーチャの言葉を遮って、ただ、とソーンズは告げる。
「任務に出る後ろ姿を見る度に、無事に帰って来い。とも思う」
それが厄介だ。とひとつため息を吐いたソーンズの顔を見て、アヴドーチャは己の頭の中で、言葉が閃くのを感じていた。
バレンタイン当日。
カカオの匂いが充満するロドスでは、誰もがウキウキとした笑顔を浮かべている。アヴドーチャは浮き足立った人たちの間をすり抜けて、宿舎を歩いていた。目的地はソーンズの部屋だ。幸いなことに彼は部屋にいて、呼び鈴を鳴らせばすぐにドアを開け、アヴドーチャを見て怪訝な顔をした。
「ご機嫌よう。本日はこれを届けに来ましたの」
そう告げて、アヴドーチャはソーンズの手に紙袋を押し付けた。
「先日、夜にお話に付き合っていただきましたお礼ですわ。ああ、遠慮はいりません。断らないでくださいまし。ドゥリンの子達の為にたくさん買ったものですし、貰ってくださらないと、こちらも困ってしまいますので」
アヴドーチャの頑なさを感じ取ったのだろう。ソーンズは渋々といったように紙袋を受け取り、口を開いた。
「これは?」
「乾燥いちじくですわ。ゼルウェルツァでは生のいちじくがよく手に入ったのですけれど、ここではそうもいかないでしょう?」
アヴドーチャはそう告げたが、本当はいちじくとクリームチーズのパイに蜂蜜を加えたものを作ろうかと思ったのだ。しかし今日はバレンタインだ。甘いものはチョコレートだけでお腹いっぱいだろうと、日持ちし、携帯食となるようなものを選んだのだ。
「貴方との会話で、キャッチコピー作りがよく進んだことを、感謝しますわ」
そう告げるアヴドーチャに、ソーンズはやはり納得がいかないという顔をしていたが、開きかけた口は別の声によって遮られた。
「あれ、珍しい」
アヴドーチャとソーンズが顔を向ければ、そこにはエリジウムが立っていた。その手には紙袋が携えられている。彼はアヴドーチャとソーンズを見て、そしてソーンズの持つ紙袋に視線を向けると、少し首を傾げてみせた。
「お邪魔だったかな?」
アヴドーチャは首を振る。
「いいえ、今ちょうど用事が終わったところですの。先日、キャッチコピー作りに行き詰まっていた時に少しお話しさせていただいて、そのおかげでうまく仕事が進みましたので、ドゥリンの子達に改めてお礼に行った方が良いとアドバイスを受けまして……。こちらこそ、お邪魔してごめんなさい」
「へえ! ソーンズがキャッチコピーにねえ! そのお話、今度聞かせて貰ってもいい?」
「今日はドゥリンの子達との約束があるので、機会があれば」
「よろしくね! ああ、そうだ。これ」
エリジウムが紙袋の中を漁って、小さな包みを取り出した。
「アイリーニ達に頼み込んで買ってきてもらったイベリアのプロシュート。ビールにも合うと思うから、ドゥリンの子達とどうぞ」
「ありがとうございます」
「さっき僕もドゥリンの子達からチョコレートビールを買ったから、また感想を言いにいくよ」
「伝えておきますわ。きっとみんな喜びます」
では、また。と告げて、アヴドーチャは身を翻した。
背を向けた先からエリジウムとソーンズの声が聞こえる。エリジウムが買ったチョコレートビールの説明をしているようだ。キャッチコピーが良くって。と聴こえて、アヴドーチャの耳がこっそりと後ろを向く。職業柄仕方のないことだと言い訳しながら聞いたキャッチコピーは、あの夜ソーンズと話ていた時に思いついた、恋人達へ向けた言葉だった。
▲たたむ