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最終軸で万次郎にくっついて施設にやってくる武道に、鶴蝶がめちゃくちゃ喜ぶし懐いてるから思うところがあるものの、他の軸の記憶がうっすらあるが故に強く出れないイザナのイザカク……。
#イザカク
#イザカク
イザカクエロ
#イザカク
エロ漫画的な倫理も何もないエロファンタジーギャグイザカクネタメモ。青年漫画くらいのエロ描写がある。
イザナ朝勃ちしてるなあ。と思いつつジョギング行って帰ってきたらまだイザナ寝てて、朝食は昨夜の残りで良いし、今から風呂入るしで、起きてたらやめようと思いつつ準備して、イザナが寝てたから、あんま良くないとわかっていつつ睡姦する鶴蝶書きたい気持ちがある。
イザナが起きたら普通に「おはよう」って言うし「朝から何してんだ……?」って言われたら「セックス……イザナの勃ってたから」って答える。イザナは寝起きが最悪なので、とりあえずまだ眠いし動きたくないから好きにさせて一発出して鶴蝶が片付け全部して目が完全に覚めた&寝起きの怠さが消えた後に本気でキレる。
▲たたむ
#イザカク
エロ漫画的な倫理も何もないエロファンタジーギャグイザカクネタメモ。青年漫画くらいのエロ描写がある。
イザナ朝勃ちしてるなあ。と思いつつジョギング行って帰ってきたらまだイザナ寝てて、朝食は昨夜の残りで良いし、今から風呂入るしで、起きてたらやめようと思いつつ準備して、イザナが寝てたから、あんま良くないとわかっていつつ睡姦する鶴蝶書きたい気持ちがある。
イザナが起きたら普通に「おはよう」って言うし「朝から何してんだ……?」って言われたら「セックス……イザナの勃ってたから」って答える。イザナは寝起きが最悪なので、とりあえずまだ眠いし動きたくないから好きにさせて一発出して鶴蝶が片付け全部して目が完全に覚めた&寝起きの怠さが消えた後に本気でキレる。
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イザカクエロ
#イザカク
エロ漫画的な倫理も何もないエロファンタジーギャグイザカクネタメモ。青年漫画くらいのエロ描写がある。
注意;口淫・視姦っぽくない衆目での行為
イザナに小さい頃から躾けられて毎日風呂上がりにフェラしてるし週末は抱かれてるから、天竺で温泉行った時も他の目があるの忘れて普通に咥え始める鶴蝶が書きたい気持ちある。
えぐい音立てて欲しい〜。一発出した頃に竜胆あたりの「いや何やってんの!?」で正気に返る。
顔真っ赤にするけど普通に精液口の中に溜めてもぐもぐするし、ごっくんもする。
「大将なんで止めないの?」
「下僕がバカやってるのおもしれえだろ」
「体張りすぎでしょ……」
「鶴蝶も無言で大将のしまわない。自分でさせな〜。というかいい加減口の中のもんもぐもぐするのやめなよ」
「……」
「飲めって意味じゃなかっただろ今の!?」
「慣れすぎてて怖いんだけどいっつもこんなことしてんの?」
「え、あ、ま、」
「毎日!?」
「毎週……」
「いや嘘つくなよ。絶対に毎日だろ。習慣化してんの見りゃわかるだろ」
「イザナも笑ってんなよ……。オマエだろ原因」
みたいな感じのやつをだな……
そんで大人になった後に久々で集まって「そういやいまだに毎日フェラしてんの?」って聞かれて酔いで軽くなった口から「いやさすがに毎日はしてない」っていって失言に気づいて顔真っ赤にして欲しい鶴蝶には。
▲たたむ
#イザカク
エロ漫画的な倫理も何もないエロファンタジーギャグイザカクネタメモ。青年漫画くらいのエロ描写がある。
注意;口淫・視姦っぽくない衆目での行為
イザナに小さい頃から躾けられて毎日風呂上がりにフェラしてるし週末は抱かれてるから、天竺で温泉行った時も他の目があるの忘れて普通に咥え始める鶴蝶が書きたい気持ちある。
えぐい音立てて欲しい〜。一発出した頃に竜胆あたりの「いや何やってんの!?」で正気に返る。
顔真っ赤にするけど普通に精液口の中に溜めてもぐもぐするし、ごっくんもする。
「大将なんで止めないの?」
「下僕がバカやってるのおもしれえだろ」
「体張りすぎでしょ……」
「鶴蝶も無言で大将のしまわない。自分でさせな〜。というかいい加減口の中のもんもぐもぐするのやめなよ」
「……」
「飲めって意味じゃなかっただろ今の!?」
「慣れすぎてて怖いんだけどいっつもこんなことしてんの?」
「え、あ、ま、」
「毎日!?」
「毎週……」
「いや嘘つくなよ。絶対に毎日だろ。習慣化してんの見りゃわかるだろ」
「イザナも笑ってんなよ……。オマエだろ原因」
みたいな感じのやつをだな……
そんで大人になった後に久々で集まって「そういやいまだに毎日フェラしてんの?」って聞かれて酔いで軽くなった口から「いやさすがに毎日はしてない」っていって失言に気づいて顔真っ赤にして欲しい鶴蝶には。
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「これ媚薬だって〜!大将と鶴蝶も飲んでみたら?」
「オレはいらねえけど鶴蝶が飲むだろうから置いとけ」
「飲まねえよ!?」
飲んだ。
っていう即落ちエロみたいなの書きたい……。最初の一行は蘭。蘭をなんだと思ってるんだ。本当にごめん。
#イザカク
「オレはいらねえけど鶴蝶が飲むだろうから置いとけ」
「飲まねえよ!?」
飲んだ。
っていう即落ちエロみたいなの書きたい……。最初の一行は蘭。蘭をなんだと思ってるんだ。本当にごめん。
#イザカク
#イザカク
書きかけメモ
イザナは時々鶴蝶が一人暮らししている部屋にやってくる。大抵は夜だ。集会の後、別々に帰ったのに一時間ほどしてから現れることもある。
何か食べるか? と聞くとイザナは何も言わない。けれど、何か食べたか? と聞くと必ず、食べてねえ。と返ってくる。
なので簡単なものを作って出すが、イザナはすぐに食べるのを辞めてしまう。残ったおかずやご飯は翌朝の鶴蝶の朝食になるので勿体無いとは思わないが、施設にいた時より食べないのは気になった。とはいえそれを口にすれば殴られる。
施設の頃からの付き合いなので、イザナが味に飽きやすいのは知っていた。同時に職に対して好奇心が旺盛なのも知っていた。知らない味にはすぐに手を出す。
施設の食事は必ず小鉢と味噌汁が付いていた。
イザナは食事をするならおかずの種類が沢山ある方がいいし、人がたくさんいた方がいい。
満漢全席でも作れるようになるか。鶴蝶は思った。
▲たたむ
書きかけメモ
イザナは時々鶴蝶が一人暮らししている部屋にやってくる。大抵は夜だ。集会の後、別々に帰ったのに一時間ほどしてから現れることもある。
何か食べるか? と聞くとイザナは何も言わない。けれど、何か食べたか? と聞くと必ず、食べてねえ。と返ってくる。
なので簡単なものを作って出すが、イザナはすぐに食べるのを辞めてしまう。残ったおかずやご飯は翌朝の鶴蝶の朝食になるので勿体無いとは思わないが、施設にいた時より食べないのは気になった。とはいえそれを口にすれば殴られる。
施設の頃からの付き合いなので、イザナが味に飽きやすいのは知っていた。同時に職に対して好奇心が旺盛なのも知っていた。知らない味にはすぐに手を出す。
施設の食事は必ず小鉢と味噌汁が付いていた。
イザナは食事をするならおかずの種類が沢山ある方がいいし、人がたくさんいた方がいい。
満漢全席でも作れるようになるか。鶴蝶は思った。
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イザカクの修正で迷走してる。
#イザカク
轟音。続けて視界を染めた赤。イザナの顔に、生温い血が飛び散った。
「は……?」
東京卍會が解散し、すでに数ヶ月が経っている。
故に鶴蝶の肩から噴き出たそれを、イザナが血と認識するのにわずかな時間が必要だった。
鶴蝶の真後ろ、イザナの視線の先。軽自動車の窓から細く白い煙が上がっていた。銃だ。イザナの身体が動いたのは無意識だ。しかしそれより先に、鶴蝶の足が地面を蹴った。
ドン。と、己の胸元から音がした。伸ばされた鶴蝶の手が、イザナを横へ突き飛ばしたのだ。重なるように再度轟音が夜空に響く。
イザナを突き飛ばした鶴蝶の身体が前のめりに倒れていく。受け身すら取ろうとしない。鶴蝶の頭が、そして次に胴体が、地面に打ち付けられて小さく跳ねた。
「カクちゃん!」
武道の声がどこか遠い。尻もちをついたイザナのジーパンに、鶴蝶の手が引っかかっていた。蘭のお下がりのコートの袖口に、小さな白い粒が降ってくる。
それを見て。
ああ、今夜は雪だったかと、イザナは場違いにも、そんなことを考えた。
人をよく見ている。と、鶴蝶を評したのは大寿であった。何気ない言葉だった。ふいに口をついて出た、しかしだからこそ、本心だと分かる言葉であった。
それは元東京卍會、年少組の勉強会で告げられた。元々は武道が鉄太に泣きついて始まった勉強会だ。最初は溝中五人衆と鉄太しかいなかったが、いつの間にか武道と仲の良い千冬や八戒が合流し、千冬が場地を連れてきて、東京卍會に黒龍と天竺が吸収されてからは鶴蝶も加わった。大所帯となった為に問題もいくつか出てきたが、手狭になった勉強会の場所は言い出しっぺの武道の家から八戒と柚葉が暮らすマンションのリビングに移ることで解決し、鉄太曰くのバカが増えたことには年長者から助け舟を得ることで対応した。
その舟の船頭が大寿だった。
八戒との関係を思えば最初こそ渋ってみせた大寿だが、鉄太に相談された九井が「二人じゃ無理」と白旗を上げ、イザナが「出来ないのかよ十代目」と煽り、三ツ谷が間に入り八戒と柚葉の許可を得たことでようやく首を縦に振った。
なんだかんだで面倒見が良く、仕事はきっちりとこなす大寿である。なので東京卍會が解散してからも、勉強会は続いており、その勉強会に他の幹部たちがやってくることも多かった。一番は柴きょうだいと仲の良い三ツ谷であり、講師役を務める九井や鉄太にくっついて、乾や半間も顔を見せる。勉強会が終わる時間を見計らってツーリングやカラオケの誘いに来る者もおり、ただし暇だからと押しかけてくる万次郎や一虎は配慮が見られなかったので出禁になった。
そしてイザナがその勉強会に行くのは決まって佐野家に呼ばれた時だった。万次郎とイザナ、そして大寿の殴り合い——卍天黒大決戦——後、イザナは不定期に佐野家の食事に呼ばれるようになっていた。万次郎から東京卍會幹部として集会に参加しているイザナのことを聞き、約束したのに。とエマが唇を尖らせたからだった。会いに来てくれないんだ。約束したのに。迎えにきてくれるって。
——約束だ。エマ。
幼き日の約束を、イザナも忘れてはいなかった。
とはいえ約束は破るものだ。
「は?」
時は数ヶ月前に遡る。東京卍會の集会後、万次郎に家に来ないかと誘われて、イザナが反射的にこぼしたのがこの一文字だった。言葉ですらなかった。
真一郎を兄と思っているように、エマもイザナの妹だ。しかしそれとこれとは別だった。端的に言えば面倒だった。万次郎を見ていれば佐野家の雰囲気も察せられる。
記憶の中の小さなエマと、出会った頃の真一郎。そして現在の万次郎とイザナが共に食卓を囲む絵を想像し、イザナの肌に鳥肌が立った。素直に無理だと告げれば笑顔だった万次郎の機嫌が急降下した。
機嫌の悪い万次郎ほど厄介なものはない。その為イザナは先約があるんだワ。と続けた。
鶴蝶とメシ食いに行くんだよ。と。
そんな約束はなかった。
だが余程のことでない限り、イザナの言ったことには従う鶴蝶だ。イザナが約束をしたと言えば適度に話も合わせてみせる。そして万次郎は龍宮寺が諌めるため、歳下の者に我儘は控えめだ。
であれば鶴蝶を出せば万次郎は引き下がる。
そう考えたのが浅はかだった。
「じゃあ鶴蝶も来れば良いじゃん」
「は?」
先程と同じ音が出た。イザナが顔を顰めるのにも構わずに、万次郎はくるりと体を回転させ武藤と話していた鶴蝶に駆け寄った。
「鶴蝶」
「うわっ」
背中に飛びかかられて鶴蝶の身体が揺れる。だが揺れただけで、その場から動くことも体勢を崩すこともしなかった。
「どうした?」
基本的に、鶴蝶は年上相手でも口調が変わらない。東京卍會へ入った頃は万次郎や龍宮寺達、親しくない幹部には外向きの言葉で喋っていたが、その度に灰谷兄弟がからかうので見かねた龍宮寺から許可が出た。
鶴蝶を見てにっこりと笑う万次郎に、面倒ごとを悟った武藤が眉根を寄せた。
「今日うちにメシ食いに来いよ。決定な」
「は?」
図らずも、鶴蝶が発したのはイザナと同じ一文字だった。丸い頭の上にクエスチョンマークが見えるようだ。
「イザナとメシ行く約束してンだろ。でもエマがイザナに会いたがってるし、なら一緒にうちに来れば解決じゃん」
「メシって」
鶴蝶がイザナを見た。二人の視線がかち合った。万次郎の後を追ってゆったりと歩いてきたイザナの顔を見て、鶴蝶は何かを理解したらしい。
「いや、約束はしていない」
「テメェ……」
鶴蝶はきっぱりと言った。イザナは隠すことなく舌打ちをした。
余程のことでない限り、イザナの言ったことには従う鶴蝶だ。つまり余程のことであればイザナの命令を突っぱねるし諌めもする。
鶴蝶にとって今回の事態は余程のことであったらしい。オレを巻き込むな。と顔に書いてある。しかし万次郎は鶴蝶の言葉こそを嘘だと感じたのか、総長命令が聞けないのか。などと言い始めた。
「そういうのは事前に日時を決めておくものじゃないのか?」
困惑する鶴蝶を見かねたのか、武藤が援護に回る。だが万次郎がその程度で引き下がるわけがない。誰かに双竜を引っ張って来させれば良かったと、イザナはようやく気付くも遅かった。
「うちでは決めてたけど、イザナが逃げると思って言ってなかったンだよ」
「そうか……」
名案だっただろ? とでも言いたげに笑われて、武藤が眉間に手をやった。確かに事前に告げていれば、イザナは集会後にふけていただろう。
「でもそれって家族水入らずってやつだろ。そんなとこにオレが行っても真一郎君達が困るし、今からオレの分のメシ用意するのも手間だぜ」
「オレや真一郎が他のヤツら連れてくことも多いし、今回もタケミっちか誰か一緒に捕まえてくるかもって話してたから大丈夫だ」
そう告げた万次郎はやはり笑っており、彼の中ではすでにイザナと鶴蝶が家に訪ねて来るのは決定事項になっていた。
武藤がゆるく首を横に振って鶴蝶の肩を叩いた。
その後からだ。イザナと鶴蝶が定期的に佐野家の夕食に呼ばれるようになったのは。
元々、佐野家は万次郎の言う通り出入りの多い家である。真一郎も万次郎も友人が多く、エマもしょっちゅう日向や柚葉を連れてくる。さらには道場に通う子供達のために、毎年七夕の時期には万作が流しそうめん会を開いていた。
つまり佐野家の人間は、人と一緒にいるのが好きな性質なのだ。
であれば真一郎が弟と、万次郎とエマが兄と認めるイザナが呼ばれるのも、一度や二度で済むはずがない。根が明るく懐っこい鶴蝶もすぐに気にいられ、イザナとセットで扱われるようになった。
そしてイザナと鶴蝶も、最初は嫌々ではあったがその空気感が嫌いではないと内心認めざるをえず、また単純に一食分の食費が浮くのも魅力的で、誘いに首を縦に振る頻度は次第に増えていった。
年の瀬が近付き受験を控えた鶴蝶が、自分で自分の食事を用意をするのも億劫になっていたなら尚更だ。
「コーヒーでも飲むか?」
勉強会の後、イザナが鶴蝶を迎えに来ても驚かれなくなったのは最近のことだ。リビングにいるのは終了予定時刻を過ぎてもテーブルに齧り付いている者が半分、帰り支度をしていたり、だらけていたりする者がもう半分。
鶴蝶は九井に何かを聞いているようだった。
玄関からリビングのソファまで案内されたイザナは大寿の問いには答えずに、後何分くらいかかりそうだ? と聞いた。その視線の先を追い、九井と鶴蝶に目を向けた大寿は、長くて二十分くらいだな。と答えた。
「ならいい。飲み切れなさそうだワ」
「そうか」
頷いた大寿はイザナの向かいに座った。ローテーブルの上には大寿の手の大きさにぴったりな、青地に白で海の生き物が描かれたマグカップと、付箋の貼られた一冊の参考書が置かれていた。マグカップを手にしたところをみると、大寿の今日の仕事は終わったのだろう。それでも残っているのは八戒や柚葉のためか、あるいは単純に今も問題を解いている者達のためか。質問があればいつでも答えてくれると、鶴蝶が以前言っていたのをイザナは思い出す。
イザナは手持ち無沙汰に携帯を見た。望月と斑目からのメールが入っていたが、返信するまでもない内容だった。天気を確認し、携帯をポケットにしまう。コーヒーをもらっておけば良かったと思ったところで、大寿から声をかけられた。
なんだと顔を上げれば、大寿が言った。
「鶴蝶が人をよく見ているのは昔からか?」
「知らね」
「そうか」
イザナはあっさりと応えた。大寿は頷いた。
「いきなりなんだよ」
「いや、リスニングの練習の為に音読をさせていたんだが、俺が手本に読んでやってる間、アイツだけが教科書の文字を追わずに俺の口元を見てたんでな。誰かに習ったことがあるのかと思っただけだ」
「ああ」
なるほど。と今度はイザナが頷く番だった。孤児であれば大なり小なり大人の顔色を伺う癖が付く者は多いが、鶴蝶のそれが他の子供達の視線と性質が違うことには気付いていた。
「喧嘩も最初はオレにくっついてきて見てただけだったからな。昔っから背だけはスクスク伸びてやがったが、それでもこーんな小せえのがオレらの喧嘩に混じれるわけがねぇ」
イザナは手で当時の鶴蝶の身長を示した。子供の四歳差は大きい。今でこそ身長は逆転されたが、イザナと出会ってしばらくは、まだまだ鶴蝶の方が小さかったのだ。
「それでも見てるだけだったガキがすぐに喧嘩屋なんてあだ名付けられて、最後は横浜中に知れ渡ったくらいだ。その頃の癖が残ってんだろ」
喧嘩屋の名が売れたのは、竜胆とヤクザの事務所をひとつ潰してみせたことも大きいのだろうが。あの件は一時横浜中の不良の話題をかっさらった。報復があまりなかったことだけが不気味であったが、ガキ二人に事務所ひとつ潰されたという汚点が知れ渡ることを恐れたのだろうと結論付けた。
「確かに、アイツの喧嘩はオマエの影響が大きいな」
大寿がもう一度鷹揚に頷いた。
「オマエをよく見ている」
「知ってる」
下僕が王を伺うのは当然だ。先程までとはニュアンスの違う言葉にも、イザナは間髪入れずに応えた。大寿は若干呆れたように鼻を鳴らしたが、それ以上言葉を紡ぐことはしなかった。
「イザナ、終わったぜ」
二人の会話が終わるのを見計らったように、帰り支度を終えた鶴蝶がイザナに声をかけた。
「タケミチもマイキーに用があるらしいけど、一緒に連れてって良いか?」
「良いけど、そいつ今日バブ乗ってきてんのかよ」
「オレの後ろに乗っけるから良いだろ」
「すんません……」
東京卍會が解散しても、免許を取るまでバイクを辞めるものは少なかった。鶴蝶と武道も類に漏れず、警察の目を掻い潜っては乗っている。ちなみにイザナは最近車の免許を取ったばかりだ。
「あと、途中でスーパー寄っても良いか? 真一郎君から味噌買ってきてって連絡が来た」
「オマエらだけで行けよ」
「ビールも頼まれてんだよ。イザナいた方が買いやすいだろ。荷物もあるし」
イザナも童顔ではあるものの、武道と鶴蝶はまだ幼さが勝つ。法改正が進み、年々未成年の酒の購入は難しくなっていた。
「イザナの好きな銘柄買って良いってよ」
「……仕方ねえな」
イザナは渋々立ち上がった。武道が大寿に目を向ける。
「今日もありがとうございました」
武道と一緒に、鶴蝶も軽く大寿に頭を下げる。大寿はチラリと二人を一瞥した。
「補導されねえようにな」
「うす。オマエらもまたな〜」
「おー次は遅刻すんなよ」
「鶴蝶もまたな〜」
「事故んなよ」
各々好き勝手に声をかけてくる者達に手を振って、武道と鶴蝶は先に玄関へと向かっていたイザナに追いついた。
鶴蝶の荷物は無理矢理リュックごと武道のものに入れ、バイクに跨ったところで佐野家の近所のスーパーに寄ることに決まった。全員が何度か行ったことがあり、陳列棚の並びを覚えている為だ。
慣れた道を走っていく。前を行く車の赤いテールランプを見ながら、イザナは真一郎が己ではなく鶴蝶に買い物を頼んでいたことをぼんやりと考えた。
少しだけ、胸にわだかまりが生まれていた。
昔は、ちゃんと調べた癖に、自分の口から真実を告げなかった真一郎に思うところがあったものの、マイキーと二度やりあってからはそのもやもやも消えている。真一郎とも昔とは違った距離感でお互いストレスのない関係性を築けている。
であればこのわだかまりは何かと言えば、単純に己以外の者が鶴蝶に命令したのが気に入らないのであった。
「……ダセぇ」
脳裏に児童養護施設で見た、仲の良い相手が別の子供と遊んでいただけで泣いていた、ちいさな子供の姿が浮かぶ。
天竺では早々に鶴蝶が他の四天王をのしたため、パシリに使おうという者はいなかった。東京卍會でも自分の隊以外の副隊長に命令するような隊長は少なく、副総長の龍宮寺や総長代理の武道も他人を顎で使うような性格ではない。唯一万次郎だけが鶴蝶にも我儘を言うが、その場合、佐野家での夕食を勝手に決められたようにイザナも巻き込まれているのが常だった。
王と下僕。
イザナと鶴蝶の関係は、出会った時に自分たちで決めたものだ。しかしながら天竺を失い東京卍會が解散した今は、少しずつ別の関係性に変わりつつあるのも感じていた。鶴蝶が進学を決めたので、これから先、その変化が加速することも分かっていた。
けれどその変化をどう受け止めれば良いのか、いまだイザナは決めきれぬまま。
目的地であるスーパーが見えたので、イザナは考えることを辞めてしまった。
買い物はすぐに終わった。佐野家で使っている味噌のメーカーどころか赤か白か出汁入りかすらイザナは知らなかったが、鶴蝶は台所で見た。と躊躇いなくレジカゴに放り込んでいた。ビールは少し高めの黒を半ダース。普段は軽めのものを好むイザナだが、真一郎の金と思えばたまには良いかと思ったのだ。武道はビールを選ぶイザナの手元を覗き込みながら、それうまいっすよねえ。その隣も捨てがたいっすけど。などと言っていたが無視をした。ついでにつまみもいくつか買った。
イザナはバイクに乗る際必要最低限の物をポケットに詰めるだけなので、荷物は鶴蝶と武道のリュックに分けて、イザナと武道が背負うことになった。もちろん重い方を背負うのが武道だ。それでもバイクまでリュックを背負ったのは鶴蝶だ。小さなスーパーなので入り口は一箇所のみで、外から店内が見えるようにガラス張りになっているわけでもない。故に駐車場は暗かった。街灯はあるが、三人がバイクを停めていた位置から近い街灯の電球は切れていた。
バイクのすぐそばに、三人がスーパーにやってきた時にはいなかった軽自動車が停まっていた。最近よく見かける車種だった。バイクは倒されたり車にぶつけられたりしやすい。わざと入り口から遠い位置に停めたのにな。と息を吐きながら、イザナは己のバイクの前まで行くと、リュックを受け取る為に鶴蝶に手を伸ばした。車に背を向けた鶴蝶がリュックを下ろす。
その時だった。
「ぇ……?」
鈍く弾けるような轟音がした。
一瞬、タイヤのバーストが起こったのかと身構えた。しかし違った。視界が赤く染まる。鶴蝶の手からリュックが落ちて、生温い血がイザナの顔に飛び散った。
「……は?」
鶴蝶の真後ろ、イザナの視線の先。軽自動車の窓から細く白い煙が上がっていた。銃だ。イザナの身体が動いたのは無意識だ。しかしそれより先に、鶴蝶の足が地面を蹴っていた。
ドン。と、己の胸元から音がした。伸ばされた鶴蝶の手が、イザナを横へ突き飛ばしたのだ。重なるように再度轟音が夜空に響く。
「ッ……!」
イザナを突き飛ばした鶴蝶の身体が前のめりに倒れていく。受け身すら取ろうとしない。鶴蝶の頭が、そして次に胴体が、地面に打ち付けられて小さく跳ねた。人形のようだった。
「カクちゃん!」
武道の声に重なるように、車のエンジン音がした。軽自動車が発車する。写真を撮らねばと思うのに身体が動かない。鶴蝶の名を呼び救急車を呼ぶ武道の声がどこか遠い。尻もちをついたイザナのジーパンに、鶴蝶の手が引っかかっていた。蘭のお下がりのコートの袖口に、小さな白い粒が降ってくる。
それを見て。
ああ、今夜は雪だったかと、イザナは場違いにも、そんなことを考えた。
イザナが鶴蝶の病室に入ることが出来たのは、長時間の手術が終わってさらに数日経ってからのことだった。
病院の面会許可がなかなか下りなかっただけでなく、イザナ達の事情聴取にも時間がかかったからだった。
銃が使われたのだ。警察も慎重にならざるを得ない。また三人はいわゆる『非行少年』だ。たとえ東京卍會が解散し、その頭に元が付いていたとしても、警察の印象は決して良くない。さらにイザナはルーツが国外にあると一目で分かる。武道と比べてイザナの取り調べに長い時間がかかったのは、決して年齢だけが原因ではないだろう。
「撃たれたのは元天竺の喧嘩屋か」
取り調べ室で、まるでこうなっても仕方ないとでも言うように、記録係の警察が吐き捨てた。その顔をイザナが殴らなかったのは、ひとえに早くこの場所から出たかったからだ。取り調べ役の方はその言葉を注意していたが、イザナの口がますます重くなったのは言うまでもない。
警察がある程度鶴蝶を打った相手の目星がついているのに、必要以上にイザナを拘束していたのも口の重さに拍車をかけた。
天竺の喧嘩屋がヤクザの事務所をひとつ潰した過去は、すぐに横浜から現地の警察に共有されたようだった。
卍天黒大決戦は。
大層な名前が付いていても、所詮は子供の喧嘩である。不良共が拳一個で日本のトップを決める祭りであって、いくら名のある不良やハズレ者がいたとしても、銃の出る幕はない。
そんな子供一人の報復に銃を使ったのは見せしめか。
いつでも、誰であろうと、自分たちは人を殺せるのだと。人目のある場所であれ、誤魔化すことは可能なのだと。
水面下でヤクザの関係する諍いが起きているらしい。とは、警察から出てすぐのコンビニに寄った際、かかってきた電話で知ったことだった。
かけてきたのは斑目だった。斑目によると、少年院で一時期同室だった男がちょっとした儲け話に首を突っ込んで、抜け出せなくなったらしい。鶴蝶が事務所ひとつ潰したヤクザの絡んだ揉め事で、鉄砲玉をやらされそうになっていた。少年院で知り合った斑目に泣きついてきたものの、斑目はすでにその手のことから足を洗っている。巻き込まれる前に情報だけを『穏便に』聞き出して、斑目の連絡先を全て携帯から消去してもらった後、お帰りいただいたということだ。
「オレがバカだから騙せると思ったンだと」
そう笑う斑目の声には隠さぬ怒気が含まれていた。斑目は己がバカであると知っているが、それをイザナ以外から指摘されることには強い拒否感を示す。
「鶴蝶、撃たれたんだって? どうする? 仕返しする?」
「やめとけ。『仕返しナシ』なんて甘いルールがある祭りじゃねンだ。仕返しにさらに仕返しされてきりがねぇ」
「でもよ」
「もう天竺も東京卍會もねぇんだワ」
イザナはきっぱりと言った。
「足洗ったンならけじめ付けろ。それでも腹に据えかねてんならその元同室の連絡先、オマエ消してねぇんだろ。蘭と竜胆あたりから警察に流しとけ。部外者にベラベラ喋るような口の軽いヤツだ。警察にも同じだろうよ」
だからこそ斑目も報復はないだろうと踏んで逃したのだろうが。なにせ口が軽い者ほど嫌われる。情報を漏らしたことを隠して誰かの手を借り斑目に報復するのはリスクが高い。
ヤクザもバカではなく、その元同室の男が無数のトカゲの尻尾だとは分かっていた。鶴蝶を狙ったことから銃を使った相手がすぐに割れることも考慮して、その上で撃ってきたのだ。余程自信がなければ過去に少し因縁がある程度の子供を狙わない。しかしこれでイザナや武道、竜胆達からの注意も逸れるだろう。
斑目からの電話を切った後、もしもに備えて武藤と望月、そして灰谷兄弟にもメールで釘を刺しておく。武藤と望月からはすぐに返事が来たが、灰谷兄弟からはなく、仕方なく続けてメールを送った。竜胆からは、オマエも危ないからしばらく大人しくしとけ。と告げた後に、蘭は、竜胆のこと見とけ。という言葉と鶴蝶の入院先を送ってようやく返事が来た。
明日行く。と、普段の饒舌が嘘のように短いメッセージは蘭からだった。
警察の事情聴取が終わったら連絡しろと真一郎には言われていたが、イザナはそのまま携帯電話をポケットにしまい、己のバイクに跨った。夕日はまだ山の端にあった。一昨日チラついた雪はすでに溶けて、昼の晴れ間に跡すら残っていない。
エンジンをかけ、発車する。
向かう先は決まっていた。
病院に着いたのは面会時間が終わるギリギリの時間だった。患者との関係を書く欄に王と下僕と書けるわけもなく、嘘を書いたがそれを警備員と事務員が気がつくことはなかった。未成年であるので鶴蝶は小児病棟にいた。一人部屋だ。看護師達の視線を追い、彼らの注意がイザナからそれた隙に、鶴蝶の部屋に身体を滑り込ませた。
白く光る蛍光灯の下、部屋にはカーテンのかかったベッドがあった。
近づいて、カーテンに手を伸ばす。その手が震えていたのは見なかったことにした。
果たして。
カーテンを開いた先に、鶴蝶はいた。入院の手続きをしたという真一郎から意識は戻ったと聞いていたが、その口には酸素マスクが付けられており、瞼は閉じていた。眉間には皺がよっている。痛みがあるのだろうか。とイザナは思った。
あるのだろう。焼けるような痛みのはずだ。
銃で撃たれたことなどないはずなのに、イザナにはそんな確信があった。
鶴蝶に目を向けたまま、枕元に置かれていた丸椅子に腰掛ける。口の中がカラカラに乾いていた。
「 」
自分でも情けなくて笑ってしまうほどに、声は掠れて音にならなかった。それなのに、鶴蝶の瞼が震え、目が開いた。
「ィ、ざな」
鶴蝶が言った。掠れた声だが確かに聞こえた。イザナは瞬きすら忘れて鶴蝶を見た。
——イザナ。
声なき声で、鶴蝶は言った。
どうしたんだ? なんでそんな顔してるんだ? また手紙の返事が来なかったのか? オレが取りに行ってやろうか? 院長先生が隠してるかもしれないだろ。それとも他に何かあったのか? カチコミか? イザナ。教えてくれ。どんなところでも、オレが。
「オレが、一緒にいく。から」
イザナは息を飲んだ。
白い雪を見た気がした。
イザナは。
イザナは万次郎が訪ねてくるまでずっと、真一郎の訪れを待っていた。心待ちにしていた。たとえ心のどこかで己と彼の血の繋がりがないことを分かっていたとしても、真一郎を信じていたかった。己が孤独ではないと信じていたかった。故に彼の言葉だけが支えであり。
けれど、確かに彼を忘れる時間もあったのだ。
それは例えば施設の隅で小さな墓を作る鶴蝶を見つけた時だった。あるいは鶴蝶と、かまくらの中で己の国を造ると決めた時だった。
イザナは口を引き結んだ後、その口の端を上げた。
「そんなの、決まってるだろ」
イザナは言った。
「オレらの国だ」
イザナの応えに、鶴蝶が目を見開いた。そして破顔する。
「ああ。いっしょ、に」
鶴蝶の手が伸びて、力尽きたように落ちた。実際、限界だったのだろう。手術が済んでまだ数日も経っていない。麻酔の使用時間は限られているはずなので、痛みも絶えず襲いかかっているはずだ。運良く主要な臓器は無事であり、合併症の心配もないと聞いているが、出血が酷く一時は生死の境を彷徨った。
鶴蝶の手をイザナは握ってやる。
これからのことを思った。
鶴蝶はまだ未成年だ。十八にすらなっていない。本来ならば大人の庇護下にいなければならない歳だ。以前いた施設に戻るならばまだ良い。けれどあの施設はイザナが暴力で丸め込み、イザナを保護者として鶴蝶を一人暮らしさせた前科がある。行政にはうまくごまかしただろうが、今回もその手が通用するとは思えない。鶴蝶は少年院こそ入っていないが、不良達の間で喧嘩屋と呼ばれ、ヤクザの事務所をひとつ潰したことも広く知られてしまっただろう。
非行の原因だとイザナと遠く引き剥がされるかもしれない。
そう考えて、イザナは己の背筋に冷たいものが走るのを感じた。
——オレが、一緒にいく。
鶴蝶はそう告げた。
であれば、と考えて、イザナは内心首を振った。
イザナは王だ。その決定は下僕の決定でもあった。そもそも鶴蝶が行くのは天竺だ。そここそが鶴蝶の居場所であり、ならば一緒に。という言葉もイザナ自身の望みであった。
イザナは鶴蝶の手を握りしめた。
すでに心は決まっていた。
病室に現れたイザナを見て、鶴蝶はあからさまに目を輝かせた。
「イザナ!」
「おう」
久しぶりだな。との言葉通り、イザナは最初に見舞いに来てからずっと鶴蝶に会っていなかった。
ベッドの上の鶴蝶は、しばらく見ないうちに酸素マスクが外れており、一人部屋から大部屋に移動となっていた。まだ一人で起き上がることは難しいそうだが、食事も取れるようになっており、医者も驚く回復速度だ。とはいえ本人はもっと早く治したいと愚痴を溢していると聞いていた。
「思ったより元気そうだな」
「それ、さっき来た大寿達にも言われたな。こんだけ元気なら勉強会にもすぐに参加できるだろって」
「アイツらしい」
丸椅子に腰掛けて、イザナは見舞いの品だろう菓子箱を手に取った。包装紙からして高そうだが、構わずビリビリと破いてやった。出てきたのは小分けパックに入った日持ちしそうなクッキーだ。
「賞味期限三ヶ月以上あるから治ったら食えば良いってさ」
「ふうん」
おもむろにひとつ取り出して齧り付く。イザナの横暴さには慣れたもので、鶴蝶は一応文句を言ったものの、イザナを止めることはしなかった。
サクサクと噛み砕けばバターの香りが口いっぱいに広がった。中身のなくなった小分けパックを机の上に置けば、足元にゴミ箱あるだろ。と鶴蝶が言う。見れば確かにゴミ箱があった。普段なら鶴蝶が勝手に捨てるが、今日ばかりは撃たれた方の肩側に置かれていたので口に出したのだろう。イザナは黙ってゴミを捨てた。
「どうかしたか?」
イザナの視線に気がついたのか、鶴蝶が首を傾げた。一瞬、先日の事を覚えているかと問おうと思ったが、やめてしまった。覚えていてもいなくてもどちらでも良かったからだ。
どちらでも、イザナの決定が覆ることはない。
けれどイザナはあえて聞いてみることにした。
「なあ」
イザナが呼びかける前から、鶴蝶の二色の瞳にはイザナが写っていた。
それを見て、イザナは笑い出したい気分になった。
イザナの顔にうっすらとした隈が出来た理由を、鶴蝶を己のそばに置き続けるために、イザナがここしばらく走り回っていた事実を、鶴蝶が知る由もない。
イザナが佐野家に頭を下げたことも同様だ。一生知らない、知らぬままでいい事だった。
知らぬままでも、この下僕は一生イザナを見続けているのだから。
イザナは口を開いた。
「オマエ、オレの計画に乗るか?」
あの雪の日、カマクラの中で話した事を覚えている。
「オレらの国を創る計画だ」
そう告げれば、鶴蝶は目を見開いた後、破顔した。
答えはやはり、分かりきったものであり。
イザナは窓の外を見た。
窓の外では雪が降っている。
明日の朝には一面の、新しい世界を描くことの出来る、銀世界を創るだろう。▲たたむ
#イザカク
轟音。続けて視界を染めた赤。イザナの顔に、生温い血が飛び散った。
「は……?」
東京卍會が解散し、すでに数ヶ月が経っている。
故に鶴蝶の肩から噴き出たそれを、イザナが血と認識するのにわずかな時間が必要だった。
鶴蝶の真後ろ、イザナの視線の先。軽自動車の窓から細く白い煙が上がっていた。銃だ。イザナの身体が動いたのは無意識だ。しかしそれより先に、鶴蝶の足が地面を蹴った。
ドン。と、己の胸元から音がした。伸ばされた鶴蝶の手が、イザナを横へ突き飛ばしたのだ。重なるように再度轟音が夜空に響く。
イザナを突き飛ばした鶴蝶の身体が前のめりに倒れていく。受け身すら取ろうとしない。鶴蝶の頭が、そして次に胴体が、地面に打ち付けられて小さく跳ねた。
「カクちゃん!」
武道の声がどこか遠い。尻もちをついたイザナのジーパンに、鶴蝶の手が引っかかっていた。蘭のお下がりのコートの袖口に、小さな白い粒が降ってくる。
それを見て。
ああ、今夜は雪だったかと、イザナは場違いにも、そんなことを考えた。
人をよく見ている。と、鶴蝶を評したのは大寿であった。何気ない言葉だった。ふいに口をついて出た、しかしだからこそ、本心だと分かる言葉であった。
それは元東京卍會、年少組の勉強会で告げられた。元々は武道が鉄太に泣きついて始まった勉強会だ。最初は溝中五人衆と鉄太しかいなかったが、いつの間にか武道と仲の良い千冬や八戒が合流し、千冬が場地を連れてきて、東京卍會に黒龍と天竺が吸収されてからは鶴蝶も加わった。大所帯となった為に問題もいくつか出てきたが、手狭になった勉強会の場所は言い出しっぺの武道の家から八戒と柚葉が暮らすマンションのリビングに移ることで解決し、鉄太曰くのバカが増えたことには年長者から助け舟を得ることで対応した。
その舟の船頭が大寿だった。
八戒との関係を思えば最初こそ渋ってみせた大寿だが、鉄太に相談された九井が「二人じゃ無理」と白旗を上げ、イザナが「出来ないのかよ十代目」と煽り、三ツ谷が間に入り八戒と柚葉の許可を得たことでようやく首を縦に振った。
なんだかんだで面倒見が良く、仕事はきっちりとこなす大寿である。なので東京卍會が解散してからも、勉強会は続いており、その勉強会に他の幹部たちがやってくることも多かった。一番は柴きょうだいと仲の良い三ツ谷であり、講師役を務める九井や鉄太にくっついて、乾や半間も顔を見せる。勉強会が終わる時間を見計らってツーリングやカラオケの誘いに来る者もおり、ただし暇だからと押しかけてくる万次郎や一虎は配慮が見られなかったので出禁になった。
そしてイザナがその勉強会に行くのは決まって佐野家に呼ばれた時だった。万次郎とイザナ、そして大寿の殴り合い——卍天黒大決戦——後、イザナは不定期に佐野家の食事に呼ばれるようになっていた。万次郎から東京卍會幹部として集会に参加しているイザナのことを聞き、約束したのに。とエマが唇を尖らせたからだった。会いに来てくれないんだ。約束したのに。迎えにきてくれるって。
——約束だ。エマ。
幼き日の約束を、イザナも忘れてはいなかった。
とはいえ約束は破るものだ。
「は?」
時は数ヶ月前に遡る。東京卍會の集会後、万次郎に家に来ないかと誘われて、イザナが反射的にこぼしたのがこの一文字だった。言葉ですらなかった。
真一郎を兄と思っているように、エマもイザナの妹だ。しかしそれとこれとは別だった。端的に言えば面倒だった。万次郎を見ていれば佐野家の雰囲気も察せられる。
記憶の中の小さなエマと、出会った頃の真一郎。そして現在の万次郎とイザナが共に食卓を囲む絵を想像し、イザナの肌に鳥肌が立った。素直に無理だと告げれば笑顔だった万次郎の機嫌が急降下した。
機嫌の悪い万次郎ほど厄介なものはない。その為イザナは先約があるんだワ。と続けた。
鶴蝶とメシ食いに行くんだよ。と。
そんな約束はなかった。
だが余程のことでない限り、イザナの言ったことには従う鶴蝶だ。イザナが約束をしたと言えば適度に話も合わせてみせる。そして万次郎は龍宮寺が諌めるため、歳下の者に我儘は控えめだ。
であれば鶴蝶を出せば万次郎は引き下がる。
そう考えたのが浅はかだった。
「じゃあ鶴蝶も来れば良いじゃん」
「は?」
先程と同じ音が出た。イザナが顔を顰めるのにも構わずに、万次郎はくるりと体を回転させ武藤と話していた鶴蝶に駆け寄った。
「鶴蝶」
「うわっ」
背中に飛びかかられて鶴蝶の身体が揺れる。だが揺れただけで、その場から動くことも体勢を崩すこともしなかった。
「どうした?」
基本的に、鶴蝶は年上相手でも口調が変わらない。東京卍會へ入った頃は万次郎や龍宮寺達、親しくない幹部には外向きの言葉で喋っていたが、その度に灰谷兄弟がからかうので見かねた龍宮寺から許可が出た。
鶴蝶を見てにっこりと笑う万次郎に、面倒ごとを悟った武藤が眉根を寄せた。
「今日うちにメシ食いに来いよ。決定な」
「は?」
図らずも、鶴蝶が発したのはイザナと同じ一文字だった。丸い頭の上にクエスチョンマークが見えるようだ。
「イザナとメシ行く約束してンだろ。でもエマがイザナに会いたがってるし、なら一緒にうちに来れば解決じゃん」
「メシって」
鶴蝶がイザナを見た。二人の視線がかち合った。万次郎の後を追ってゆったりと歩いてきたイザナの顔を見て、鶴蝶は何かを理解したらしい。
「いや、約束はしていない」
「テメェ……」
鶴蝶はきっぱりと言った。イザナは隠すことなく舌打ちをした。
余程のことでない限り、イザナの言ったことには従う鶴蝶だ。つまり余程のことであればイザナの命令を突っぱねるし諌めもする。
鶴蝶にとって今回の事態は余程のことであったらしい。オレを巻き込むな。と顔に書いてある。しかし万次郎は鶴蝶の言葉こそを嘘だと感じたのか、総長命令が聞けないのか。などと言い始めた。
「そういうのは事前に日時を決めておくものじゃないのか?」
困惑する鶴蝶を見かねたのか、武藤が援護に回る。だが万次郎がその程度で引き下がるわけがない。誰かに双竜を引っ張って来させれば良かったと、イザナはようやく気付くも遅かった。
「うちでは決めてたけど、イザナが逃げると思って言ってなかったンだよ」
「そうか……」
名案だっただろ? とでも言いたげに笑われて、武藤が眉間に手をやった。確かに事前に告げていれば、イザナは集会後にふけていただろう。
「でもそれって家族水入らずってやつだろ。そんなとこにオレが行っても真一郎君達が困るし、今からオレの分のメシ用意するのも手間だぜ」
「オレや真一郎が他のヤツら連れてくことも多いし、今回もタケミっちか誰か一緒に捕まえてくるかもって話してたから大丈夫だ」
そう告げた万次郎はやはり笑っており、彼の中ではすでにイザナと鶴蝶が家に訪ねて来るのは決定事項になっていた。
武藤がゆるく首を横に振って鶴蝶の肩を叩いた。
その後からだ。イザナと鶴蝶が定期的に佐野家の夕食に呼ばれるようになったのは。
元々、佐野家は万次郎の言う通り出入りの多い家である。真一郎も万次郎も友人が多く、エマもしょっちゅう日向や柚葉を連れてくる。さらには道場に通う子供達のために、毎年七夕の時期には万作が流しそうめん会を開いていた。
つまり佐野家の人間は、人と一緒にいるのが好きな性質なのだ。
であれば真一郎が弟と、万次郎とエマが兄と認めるイザナが呼ばれるのも、一度や二度で済むはずがない。根が明るく懐っこい鶴蝶もすぐに気にいられ、イザナとセットで扱われるようになった。
そしてイザナと鶴蝶も、最初は嫌々ではあったがその空気感が嫌いではないと内心認めざるをえず、また単純に一食分の食費が浮くのも魅力的で、誘いに首を縦に振る頻度は次第に増えていった。
年の瀬が近付き受験を控えた鶴蝶が、自分で自分の食事を用意をするのも億劫になっていたなら尚更だ。
「コーヒーでも飲むか?」
勉強会の後、イザナが鶴蝶を迎えに来ても驚かれなくなったのは最近のことだ。リビングにいるのは終了予定時刻を過ぎてもテーブルに齧り付いている者が半分、帰り支度をしていたり、だらけていたりする者がもう半分。
鶴蝶は九井に何かを聞いているようだった。
玄関からリビングのソファまで案内されたイザナは大寿の問いには答えずに、後何分くらいかかりそうだ? と聞いた。その視線の先を追い、九井と鶴蝶に目を向けた大寿は、長くて二十分くらいだな。と答えた。
「ならいい。飲み切れなさそうだワ」
「そうか」
頷いた大寿はイザナの向かいに座った。ローテーブルの上には大寿の手の大きさにぴったりな、青地に白で海の生き物が描かれたマグカップと、付箋の貼られた一冊の参考書が置かれていた。マグカップを手にしたところをみると、大寿の今日の仕事は終わったのだろう。それでも残っているのは八戒や柚葉のためか、あるいは単純に今も問題を解いている者達のためか。質問があればいつでも答えてくれると、鶴蝶が以前言っていたのをイザナは思い出す。
イザナは手持ち無沙汰に携帯を見た。望月と斑目からのメールが入っていたが、返信するまでもない内容だった。天気を確認し、携帯をポケットにしまう。コーヒーをもらっておけば良かったと思ったところで、大寿から声をかけられた。
なんだと顔を上げれば、大寿が言った。
「鶴蝶が人をよく見ているのは昔からか?」
「知らね」
「そうか」
イザナはあっさりと応えた。大寿は頷いた。
「いきなりなんだよ」
「いや、リスニングの練習の為に音読をさせていたんだが、俺が手本に読んでやってる間、アイツだけが教科書の文字を追わずに俺の口元を見てたんでな。誰かに習ったことがあるのかと思っただけだ」
「ああ」
なるほど。と今度はイザナが頷く番だった。孤児であれば大なり小なり大人の顔色を伺う癖が付く者は多いが、鶴蝶のそれが他の子供達の視線と性質が違うことには気付いていた。
「喧嘩も最初はオレにくっついてきて見てただけだったからな。昔っから背だけはスクスク伸びてやがったが、それでもこーんな小せえのがオレらの喧嘩に混じれるわけがねぇ」
イザナは手で当時の鶴蝶の身長を示した。子供の四歳差は大きい。今でこそ身長は逆転されたが、イザナと出会ってしばらくは、まだまだ鶴蝶の方が小さかったのだ。
「それでも見てるだけだったガキがすぐに喧嘩屋なんてあだ名付けられて、最後は横浜中に知れ渡ったくらいだ。その頃の癖が残ってんだろ」
喧嘩屋の名が売れたのは、竜胆とヤクザの事務所をひとつ潰してみせたことも大きいのだろうが。あの件は一時横浜中の不良の話題をかっさらった。報復があまりなかったことだけが不気味であったが、ガキ二人に事務所ひとつ潰されたという汚点が知れ渡ることを恐れたのだろうと結論付けた。
「確かに、アイツの喧嘩はオマエの影響が大きいな」
大寿がもう一度鷹揚に頷いた。
「オマエをよく見ている」
「知ってる」
下僕が王を伺うのは当然だ。先程までとはニュアンスの違う言葉にも、イザナは間髪入れずに応えた。大寿は若干呆れたように鼻を鳴らしたが、それ以上言葉を紡ぐことはしなかった。
「イザナ、終わったぜ」
二人の会話が終わるのを見計らったように、帰り支度を終えた鶴蝶がイザナに声をかけた。
「タケミチもマイキーに用があるらしいけど、一緒に連れてって良いか?」
「良いけど、そいつ今日バブ乗ってきてんのかよ」
「オレの後ろに乗っけるから良いだろ」
「すんません……」
東京卍會が解散しても、免許を取るまでバイクを辞めるものは少なかった。鶴蝶と武道も類に漏れず、警察の目を掻い潜っては乗っている。ちなみにイザナは最近車の免許を取ったばかりだ。
「あと、途中でスーパー寄っても良いか? 真一郎君から味噌買ってきてって連絡が来た」
「オマエらだけで行けよ」
「ビールも頼まれてんだよ。イザナいた方が買いやすいだろ。荷物もあるし」
イザナも童顔ではあるものの、武道と鶴蝶はまだ幼さが勝つ。法改正が進み、年々未成年の酒の購入は難しくなっていた。
「イザナの好きな銘柄買って良いってよ」
「……仕方ねえな」
イザナは渋々立ち上がった。武道が大寿に目を向ける。
「今日もありがとうございました」
武道と一緒に、鶴蝶も軽く大寿に頭を下げる。大寿はチラリと二人を一瞥した。
「補導されねえようにな」
「うす。オマエらもまたな〜」
「おー次は遅刻すんなよ」
「鶴蝶もまたな〜」
「事故んなよ」
各々好き勝手に声をかけてくる者達に手を振って、武道と鶴蝶は先に玄関へと向かっていたイザナに追いついた。
鶴蝶の荷物は無理矢理リュックごと武道のものに入れ、バイクに跨ったところで佐野家の近所のスーパーに寄ることに決まった。全員が何度か行ったことがあり、陳列棚の並びを覚えている為だ。
慣れた道を走っていく。前を行く車の赤いテールランプを見ながら、イザナは真一郎が己ではなく鶴蝶に買い物を頼んでいたことをぼんやりと考えた。
少しだけ、胸にわだかまりが生まれていた。
昔は、ちゃんと調べた癖に、自分の口から真実を告げなかった真一郎に思うところがあったものの、マイキーと二度やりあってからはそのもやもやも消えている。真一郎とも昔とは違った距離感でお互いストレスのない関係性を築けている。
であればこのわだかまりは何かと言えば、単純に己以外の者が鶴蝶に命令したのが気に入らないのであった。
「……ダセぇ」
脳裏に児童養護施設で見た、仲の良い相手が別の子供と遊んでいただけで泣いていた、ちいさな子供の姿が浮かぶ。
天竺では早々に鶴蝶が他の四天王をのしたため、パシリに使おうという者はいなかった。東京卍會でも自分の隊以外の副隊長に命令するような隊長は少なく、副総長の龍宮寺や総長代理の武道も他人を顎で使うような性格ではない。唯一万次郎だけが鶴蝶にも我儘を言うが、その場合、佐野家での夕食を勝手に決められたようにイザナも巻き込まれているのが常だった。
王と下僕。
イザナと鶴蝶の関係は、出会った時に自分たちで決めたものだ。しかしながら天竺を失い東京卍會が解散した今は、少しずつ別の関係性に変わりつつあるのも感じていた。鶴蝶が進学を決めたので、これから先、その変化が加速することも分かっていた。
けれどその変化をどう受け止めれば良いのか、いまだイザナは決めきれぬまま。
目的地であるスーパーが見えたので、イザナは考えることを辞めてしまった。
買い物はすぐに終わった。佐野家で使っている味噌のメーカーどころか赤か白か出汁入りかすらイザナは知らなかったが、鶴蝶は台所で見た。と躊躇いなくレジカゴに放り込んでいた。ビールは少し高めの黒を半ダース。普段は軽めのものを好むイザナだが、真一郎の金と思えばたまには良いかと思ったのだ。武道はビールを選ぶイザナの手元を覗き込みながら、それうまいっすよねえ。その隣も捨てがたいっすけど。などと言っていたが無視をした。ついでにつまみもいくつか買った。
イザナはバイクに乗る際必要最低限の物をポケットに詰めるだけなので、荷物は鶴蝶と武道のリュックに分けて、イザナと武道が背負うことになった。もちろん重い方を背負うのが武道だ。それでもバイクまでリュックを背負ったのは鶴蝶だ。小さなスーパーなので入り口は一箇所のみで、外から店内が見えるようにガラス張りになっているわけでもない。故に駐車場は暗かった。街灯はあるが、三人がバイクを停めていた位置から近い街灯の電球は切れていた。
バイクのすぐそばに、三人がスーパーにやってきた時にはいなかった軽自動車が停まっていた。最近よく見かける車種だった。バイクは倒されたり車にぶつけられたりしやすい。わざと入り口から遠い位置に停めたのにな。と息を吐きながら、イザナは己のバイクの前まで行くと、リュックを受け取る為に鶴蝶に手を伸ばした。車に背を向けた鶴蝶がリュックを下ろす。
その時だった。
「ぇ……?」
鈍く弾けるような轟音がした。
一瞬、タイヤのバーストが起こったのかと身構えた。しかし違った。視界が赤く染まる。鶴蝶の手からリュックが落ちて、生温い血がイザナの顔に飛び散った。
「……は?」
鶴蝶の真後ろ、イザナの視線の先。軽自動車の窓から細く白い煙が上がっていた。銃だ。イザナの身体が動いたのは無意識だ。しかしそれより先に、鶴蝶の足が地面を蹴っていた。
ドン。と、己の胸元から音がした。伸ばされた鶴蝶の手が、イザナを横へ突き飛ばしたのだ。重なるように再度轟音が夜空に響く。
「ッ……!」
イザナを突き飛ばした鶴蝶の身体が前のめりに倒れていく。受け身すら取ろうとしない。鶴蝶の頭が、そして次に胴体が、地面に打ち付けられて小さく跳ねた。人形のようだった。
「カクちゃん!」
武道の声に重なるように、車のエンジン音がした。軽自動車が発車する。写真を撮らねばと思うのに身体が動かない。鶴蝶の名を呼び救急車を呼ぶ武道の声がどこか遠い。尻もちをついたイザナのジーパンに、鶴蝶の手が引っかかっていた。蘭のお下がりのコートの袖口に、小さな白い粒が降ってくる。
それを見て。
ああ、今夜は雪だったかと、イザナは場違いにも、そんなことを考えた。
イザナが鶴蝶の病室に入ることが出来たのは、長時間の手術が終わってさらに数日経ってからのことだった。
病院の面会許可がなかなか下りなかっただけでなく、イザナ達の事情聴取にも時間がかかったからだった。
銃が使われたのだ。警察も慎重にならざるを得ない。また三人はいわゆる『非行少年』だ。たとえ東京卍會が解散し、その頭に元が付いていたとしても、警察の印象は決して良くない。さらにイザナはルーツが国外にあると一目で分かる。武道と比べてイザナの取り調べに長い時間がかかったのは、決して年齢だけが原因ではないだろう。
「撃たれたのは元天竺の喧嘩屋か」
取り調べ室で、まるでこうなっても仕方ないとでも言うように、記録係の警察が吐き捨てた。その顔をイザナが殴らなかったのは、ひとえに早くこの場所から出たかったからだ。取り調べ役の方はその言葉を注意していたが、イザナの口がますます重くなったのは言うまでもない。
警察がある程度鶴蝶を打った相手の目星がついているのに、必要以上にイザナを拘束していたのも口の重さに拍車をかけた。
天竺の喧嘩屋がヤクザの事務所をひとつ潰した過去は、すぐに横浜から現地の警察に共有されたようだった。
卍天黒大決戦は。
大層な名前が付いていても、所詮は子供の喧嘩である。不良共が拳一個で日本のトップを決める祭りであって、いくら名のある不良やハズレ者がいたとしても、銃の出る幕はない。
そんな子供一人の報復に銃を使ったのは見せしめか。
いつでも、誰であろうと、自分たちは人を殺せるのだと。人目のある場所であれ、誤魔化すことは可能なのだと。
水面下でヤクザの関係する諍いが起きているらしい。とは、警察から出てすぐのコンビニに寄った際、かかってきた電話で知ったことだった。
かけてきたのは斑目だった。斑目によると、少年院で一時期同室だった男がちょっとした儲け話に首を突っ込んで、抜け出せなくなったらしい。鶴蝶が事務所ひとつ潰したヤクザの絡んだ揉め事で、鉄砲玉をやらされそうになっていた。少年院で知り合った斑目に泣きついてきたものの、斑目はすでにその手のことから足を洗っている。巻き込まれる前に情報だけを『穏便に』聞き出して、斑目の連絡先を全て携帯から消去してもらった後、お帰りいただいたということだ。
「オレがバカだから騙せると思ったンだと」
そう笑う斑目の声には隠さぬ怒気が含まれていた。斑目は己がバカであると知っているが、それをイザナ以外から指摘されることには強い拒否感を示す。
「鶴蝶、撃たれたんだって? どうする? 仕返しする?」
「やめとけ。『仕返しナシ』なんて甘いルールがある祭りじゃねンだ。仕返しにさらに仕返しされてきりがねぇ」
「でもよ」
「もう天竺も東京卍會もねぇんだワ」
イザナはきっぱりと言った。
「足洗ったンならけじめ付けろ。それでも腹に据えかねてんならその元同室の連絡先、オマエ消してねぇんだろ。蘭と竜胆あたりから警察に流しとけ。部外者にベラベラ喋るような口の軽いヤツだ。警察にも同じだろうよ」
だからこそ斑目も報復はないだろうと踏んで逃したのだろうが。なにせ口が軽い者ほど嫌われる。情報を漏らしたことを隠して誰かの手を借り斑目に報復するのはリスクが高い。
ヤクザもバカではなく、その元同室の男が無数のトカゲの尻尾だとは分かっていた。鶴蝶を狙ったことから銃を使った相手がすぐに割れることも考慮して、その上で撃ってきたのだ。余程自信がなければ過去に少し因縁がある程度の子供を狙わない。しかしこれでイザナや武道、竜胆達からの注意も逸れるだろう。
斑目からの電話を切った後、もしもに備えて武藤と望月、そして灰谷兄弟にもメールで釘を刺しておく。武藤と望月からはすぐに返事が来たが、灰谷兄弟からはなく、仕方なく続けてメールを送った。竜胆からは、オマエも危ないからしばらく大人しくしとけ。と告げた後に、蘭は、竜胆のこと見とけ。という言葉と鶴蝶の入院先を送ってようやく返事が来た。
明日行く。と、普段の饒舌が嘘のように短いメッセージは蘭からだった。
警察の事情聴取が終わったら連絡しろと真一郎には言われていたが、イザナはそのまま携帯電話をポケットにしまい、己のバイクに跨った。夕日はまだ山の端にあった。一昨日チラついた雪はすでに溶けて、昼の晴れ間に跡すら残っていない。
エンジンをかけ、発車する。
向かう先は決まっていた。
病院に着いたのは面会時間が終わるギリギリの時間だった。患者との関係を書く欄に王と下僕と書けるわけもなく、嘘を書いたがそれを警備員と事務員が気がつくことはなかった。未成年であるので鶴蝶は小児病棟にいた。一人部屋だ。看護師達の視線を追い、彼らの注意がイザナからそれた隙に、鶴蝶の部屋に身体を滑り込ませた。
白く光る蛍光灯の下、部屋にはカーテンのかかったベッドがあった。
近づいて、カーテンに手を伸ばす。その手が震えていたのは見なかったことにした。
果たして。
カーテンを開いた先に、鶴蝶はいた。入院の手続きをしたという真一郎から意識は戻ったと聞いていたが、その口には酸素マスクが付けられており、瞼は閉じていた。眉間には皺がよっている。痛みがあるのだろうか。とイザナは思った。
あるのだろう。焼けるような痛みのはずだ。
銃で撃たれたことなどないはずなのに、イザナにはそんな確信があった。
鶴蝶に目を向けたまま、枕元に置かれていた丸椅子に腰掛ける。口の中がカラカラに乾いていた。
「 」
自分でも情けなくて笑ってしまうほどに、声は掠れて音にならなかった。それなのに、鶴蝶の瞼が震え、目が開いた。
「ィ、ざな」
鶴蝶が言った。掠れた声だが確かに聞こえた。イザナは瞬きすら忘れて鶴蝶を見た。
——イザナ。
声なき声で、鶴蝶は言った。
どうしたんだ? なんでそんな顔してるんだ? また手紙の返事が来なかったのか? オレが取りに行ってやろうか? 院長先生が隠してるかもしれないだろ。それとも他に何かあったのか? カチコミか? イザナ。教えてくれ。どんなところでも、オレが。
「オレが、一緒にいく。から」
イザナは息を飲んだ。
白い雪を見た気がした。
イザナは。
イザナは万次郎が訪ねてくるまでずっと、真一郎の訪れを待っていた。心待ちにしていた。たとえ心のどこかで己と彼の血の繋がりがないことを分かっていたとしても、真一郎を信じていたかった。己が孤独ではないと信じていたかった。故に彼の言葉だけが支えであり。
けれど、確かに彼を忘れる時間もあったのだ。
それは例えば施設の隅で小さな墓を作る鶴蝶を見つけた時だった。あるいは鶴蝶と、かまくらの中で己の国を造ると決めた時だった。
イザナは口を引き結んだ後、その口の端を上げた。
「そんなの、決まってるだろ」
イザナは言った。
「オレらの国だ」
イザナの応えに、鶴蝶が目を見開いた。そして破顔する。
「ああ。いっしょ、に」
鶴蝶の手が伸びて、力尽きたように落ちた。実際、限界だったのだろう。手術が済んでまだ数日も経っていない。麻酔の使用時間は限られているはずなので、痛みも絶えず襲いかかっているはずだ。運良く主要な臓器は無事であり、合併症の心配もないと聞いているが、出血が酷く一時は生死の境を彷徨った。
鶴蝶の手をイザナは握ってやる。
これからのことを思った。
鶴蝶はまだ未成年だ。十八にすらなっていない。本来ならば大人の庇護下にいなければならない歳だ。以前いた施設に戻るならばまだ良い。けれどあの施設はイザナが暴力で丸め込み、イザナを保護者として鶴蝶を一人暮らしさせた前科がある。行政にはうまくごまかしただろうが、今回もその手が通用するとは思えない。鶴蝶は少年院こそ入っていないが、不良達の間で喧嘩屋と呼ばれ、ヤクザの事務所をひとつ潰したことも広く知られてしまっただろう。
非行の原因だとイザナと遠く引き剥がされるかもしれない。
そう考えて、イザナは己の背筋に冷たいものが走るのを感じた。
——オレが、一緒にいく。
鶴蝶はそう告げた。
であれば、と考えて、イザナは内心首を振った。
イザナは王だ。その決定は下僕の決定でもあった。そもそも鶴蝶が行くのは天竺だ。そここそが鶴蝶の居場所であり、ならば一緒に。という言葉もイザナ自身の望みであった。
イザナは鶴蝶の手を握りしめた。
すでに心は決まっていた。
病室に現れたイザナを見て、鶴蝶はあからさまに目を輝かせた。
「イザナ!」
「おう」
久しぶりだな。との言葉通り、イザナは最初に見舞いに来てからずっと鶴蝶に会っていなかった。
ベッドの上の鶴蝶は、しばらく見ないうちに酸素マスクが外れており、一人部屋から大部屋に移動となっていた。まだ一人で起き上がることは難しいそうだが、食事も取れるようになっており、医者も驚く回復速度だ。とはいえ本人はもっと早く治したいと愚痴を溢していると聞いていた。
「思ったより元気そうだな」
「それ、さっき来た大寿達にも言われたな。こんだけ元気なら勉強会にもすぐに参加できるだろって」
「アイツらしい」
丸椅子に腰掛けて、イザナは見舞いの品だろう菓子箱を手に取った。包装紙からして高そうだが、構わずビリビリと破いてやった。出てきたのは小分けパックに入った日持ちしそうなクッキーだ。
「賞味期限三ヶ月以上あるから治ったら食えば良いってさ」
「ふうん」
おもむろにひとつ取り出して齧り付く。イザナの横暴さには慣れたもので、鶴蝶は一応文句を言ったものの、イザナを止めることはしなかった。
サクサクと噛み砕けばバターの香りが口いっぱいに広がった。中身のなくなった小分けパックを机の上に置けば、足元にゴミ箱あるだろ。と鶴蝶が言う。見れば確かにゴミ箱があった。普段なら鶴蝶が勝手に捨てるが、今日ばかりは撃たれた方の肩側に置かれていたので口に出したのだろう。イザナは黙ってゴミを捨てた。
「どうかしたか?」
イザナの視線に気がついたのか、鶴蝶が首を傾げた。一瞬、先日の事を覚えているかと問おうと思ったが、やめてしまった。覚えていてもいなくてもどちらでも良かったからだ。
どちらでも、イザナの決定が覆ることはない。
けれどイザナはあえて聞いてみることにした。
「なあ」
イザナが呼びかける前から、鶴蝶の二色の瞳にはイザナが写っていた。
それを見て、イザナは笑い出したい気分になった。
イザナの顔にうっすらとした隈が出来た理由を、鶴蝶を己のそばに置き続けるために、イザナがここしばらく走り回っていた事実を、鶴蝶が知る由もない。
イザナが佐野家に頭を下げたことも同様だ。一生知らない、知らぬままでいい事だった。
知らぬままでも、この下僕は一生イザナを見続けているのだから。
イザナは口を開いた。
「オマエ、オレの計画に乗るか?」
あの雪の日、カマクラの中で話した事を覚えている。
「オレらの国を創る計画だ」
そう告げれば、鶴蝶は目を見開いた後、破顔した。
答えはやはり、分かりきったものであり。
イザナは窓の外を見た。
窓の外では雪が降っている。
明日の朝には一面の、新しい世界を描くことの出来る、銀世界を創るだろう。▲たたむ
イザカク書いた〜。
#イザカク
拳だろうが鉄パイプだろうがコンクリートブロックだろうが、殴った傷から血が噴き出ることは滅多にない。故に鶴蝶の身体から溢れたそれを、イザナが血と認識するのにわずかな時間が必要だった。東京卍會が解散し、抗争から離れて数ヶ月も経つなら尚更だ。
「……は?」
イザナを突き飛ばした鶴蝶の身体が人形のように倒れていく。普段ならば無意識で行う受け身すら取ろうとしない。頭が、そして次に胴体が、地面に打ち付けられて小さく跳ねた。
「カクちゃん!」
武道の声がどこか遠い。尻もちをついたイザナのジーパンに、鶴蝶の手が引っかかっていた。蘭のお下がりのコートの袖口に、小さな白い粒が降ってくる。
それを見て。
ああ、今夜は雪だったかと、イザナは場違いにも、そんなことを考えた。
人をよく見ている。と、鶴蝶をそう評したのは大寿であった。何気ない言葉だった。ふいに口をついて出た、しかしだからこそ、本心だと分かる言葉でもあった。
それは不定期に開催される元東京卍會幹部の勉強会で告げられた。元々は赤点ギリギリの武道が鉄太に泣きついて始まった勉強会だ。最初は元溝中のメンツしかいなかったが、いつの間にか武道と仲のいい千冬や八戒達が合流し、千冬が場地を連れてきて、東京卍會に黒龍と天竺が吸収されてからは鶴蝶も加わった。その頃には勉強会の場所も言い出しっぺの武道の家から八戒と柚葉が暮らすマンションのリビングに移り、勉強会と言いつつ全然進んでないみたい。という柚葉のぼやきと、一人ではバカどもの弱点をカバーをしきれない。と鉄太が頭を抱え始めた為に年長者の助け舟が出た。
その舟の船頭が大寿だった。
八戒との関係を思えば最初こそ渋るそぶりを見せた大寿だが、鉄太に相談された九井が早々に白旗を上げたこと、元黒龍八代目総長のイザナが、出来ないのかよ十代目。と煽ったこと、そして三ツ谷が間に入り八戒と柚葉の許可を得たことで実現した。
なんだかんだで面倒見が良く、仕事はきっちりとこなす大寿である。東京卍會が解散してからも勉強会は続いており、その勉強会に他の幹部たちがやってくることも多かった。一番は柴兄弟と仲の良い三ツ谷であり、講師役を務める九井や鉄太にくっついて、乾や半間も度々顔を見せていた。勉強会が終わる時間を見計らってツーリングやカラオケの誘いに来る者もおり、ただし暇だからと押しかけてくる万次郎や一虎は、そうした配慮が見られず騒ぐので出禁になった。
そしてイザナがその勉強会に行くのは決まって佐野家に呼ばれた時だった。万次郎とイザナ、そして大寿の殴り合い━━卍天黒大決戦━━後、イザナは不定期に佐野家の食事に呼ばれるようになっていた。万次郎から東京卍會幹部として集会に参加しているイザナのことを聞き、約束したのに。とエマが唇を尖らせたからだった。会いに来てくれないんだ。約束したのに。迎えにきてくれるって。
——約束だ。エマ。
幼き日の約束を、イザナも忘れてはいなかった。
とはいえ約束は破るものだ。
「は?」
東京卍會の集会後、万次郎に家に来ないかと誘われて、イザナが反射的にこぼしたのがこの一文字だった。言葉ですらなかった。
真一郎を兄と思っているように、エマもイザナの妹だ。しかしそれとこれとは別だった。端的に言えば面倒だった。万次郎を見ていれば佐野家の雰囲気も察せられる。
記憶の中の小さなエマと、出会った頃の真一郎。そして現在の万次郎とイザナがドラマの一場面のように一緒の食卓を囲むところを想像して、鳥肌が立った。素直に無理だとイザナが告げれば、笑顔だった万次郎の機嫌が急降下した。
機嫌の悪い万次郎ほど厄介なものはない。その為イザナは咄嗟に先約があるんだワ。と続けた。
鶴蝶とメシ食いに行くんだよ。と。
そんな約束はなかった。
だが余程のことでない限り、イザナの言ったことには従う鶴蝶だ。イザナが約束をしたと言えば適度に話を合わせることもしてみせる。そして万次郎は龍宮寺が諌めることもあって、自分より歳下の者に我儘は控えめだ。
であれば鶴蝶を出せば万次郎は引き下がる。
そう考えたのが浅はかだった。
「じゃあ鶴蝶も来れば良いじゃん」
「は?」
先程と同じ音が出た。イザナが顔を顰めるのにも構わずに、万次郎はくるりと体を回転させると武藤と話していた鶴蝶を捕まえた。
「鶴蝶」
「うわっ」
背中に飛びかかられて鶴蝶の身体が揺れる。だが揺れただけで、その場から動くことも体勢を崩すこともしなかった。
「どうした?」
基本的に、鶴蝶は年上相手でも口調が変わらない。東京卍會へ入った頃は万次郎や龍宮寺達、親しくない幹部には外向きの言葉で喋っていたが、その度に灰谷兄弟がからかうので見かねた龍宮寺から許可が出た結果だった。
鶴蝶を見てにっこりと笑う万次郎に、先に面倒ごとを悟ったのはイザナと目を合わせた武藤だった。
「今日うちにメシ食いに来いよ。決定な」
「は?」
図らずも、鶴蝶が発したのはイザナと同じ一文字だった。丸い頭の上にクエスチョンマークが見えるようだ。
「イザナとメシ行く約束してンだろ。でもエマがイザナに会いたがってるし、なら一緒にうちに来れば解決じゃん」
「メシって」
鶴蝶がイザナを見た。二人の視線がかち合った。万次郎の後を追ってゆったりと歩いてきたイザナの顔を見て、鶴蝶は何かを悟ったらしい。
「いや、約束はしていない」
「テメェ……」
鶴蝶はきっぱりと言った。イザナは隠すことなく舌打ちをした。
余程のことでない限り、イザナの言ったことには従う鶴蝶だ。つまり余程のことであればイザナの命令を突っぱねるし諌めもする。
鶴蝶にとって今回の事態は余程のことであったらしい。オレを巻き込むな。と顔に書いてある。しかし万次郎は鶴蝶の言葉こそを嘘だと感じたらしい。総長命令が聞けないのか。などと言い始めた。
「そういうのは事前に日時を決めておくものじゃないのか?」
困惑する鶴蝶を見かねたのか、武藤が援護に回る。だが万次郎がその程度で引き下がるわけがない。イザナは誰かに龍宮寺か三ツ谷を引っ張って来させれば良かったとようやく気付くも遅かった。
「うちでは決めてたけど、イザナが逃げると思って言ってなかったンだよ」
「そうか……」
名案だっただろ? とでも言いたげに笑われて、武藤が眉間に手をやった。確かに事前に告げていれば、イザナは集会後にふけていただろう。
「でもそれって家族水入らずってやつだろ。そんな場所にオレが行っても真一郎君達が困るし、今からオレの分のメシ用意するのも手間だぜ」
「オレや真一郎が他のヤツら連れてくことも多いし、今回もタケミっちか誰か一緒に捕まえてくるかもって話してたから大丈夫だ」
そう告げた万次郎はやはり笑っており、彼の中ではすでにイザナと鶴蝶が家に訪ねて来るのは決定事項になっていた。
武藤がゆるく首を横に振って鶴蝶の肩を叩いた。
その後からだ。イザナと鶴蝶が定期的に佐野家の夕食に呼ばれるようになったのは。
元々、佐野家は万次郎の言う通り出入りの多い家である。真一郎も万次郎も友人が多く、エマが日向や柚葉、他の同級生を連れてくることもある。さらには道場に通う子供達のために、毎年七夕の時期には万作が流しそうめん会を開いていた。
つまり佐野家の人間は、全員が人と一緒にいるのが好きな性質なのだ。
であれば真一郎が弟と、万次郎とエマが兄と認めるイザナが呼ばれるのも、一度や二度で済むはずがない。根が明るく懐っこい鶴蝶もすぐに気に入って、イザナとセットで扱うようになっていた。
そしてイザナと鶴蝶も、最初は嫌々ではあったがその空気感が嫌いではないと内心認めざるをえず、また単純に一食分の食費が浮くのも魅力的で、誘いに首を縦に振る頻度は次第に増えていった。
鶴蝶の受験が近づき自分で自分の食事を用意をするのも億劫になっていたなら尚更だ。
「コーヒーでも飲むか?」
勉強会の後、イザナが鶴蝶を迎えに来ても驚かれなくなったのは最近のことだ。リビングにいるのは終了予定時刻を過ぎてもテーブルに齧り付いている者が半分、帰り支度をしていたり、疲れたと言って上半身をテーブルに懐かせていたりする者がもう半分。
鶴蝶は九井に何かを聞いているようだった。
玄関からソファまで案内されたイザナは大寿の問いには答えずに、後何分くらいかかりそうだ? と聞いた。その視線の先を追い、九井と鶴蝶に目を向けた大寿は、長くて二十分くらいだな。と答えた。
「ならいい。飲み切れなさそうだワ」
「そうか」
頷いた大寿はイザナの向かいに座った。ローテーブルの上には大寿の手の大きさにぴったりな、青地に白で海の生き物と思われるイラストの描かれたマグカップと、付箋の貼られた一冊の参考書が置かれていた。マグカップを手にしたところをみると、大寿の今日の仕事は終わったのだろう。それでも残っているのは八戒や柚葉のためか、あるいは単純に今も問題を解いている者達のためか。質問があればいつでも答えてくれると、鶴蝶が以前言っていたのをイザナは思い出す。
イザナは手持ち無沙汰に携帯を見た。望月と斑目からのメールが入っていたが、返信するまでもない内容だった。天気を確認し、携帯をポケットにしまう。コーヒーをもらっておけば良かったと思ったところで、大寿から声をかけられた。なんだと顔を上げれば、大寿が口を開いた。
「鶴蝶が人をよく見ているのは昔からか?」
「知らね」
「そうか」
イザナはあっさりと応えた。大寿は頷いた。
「いきなりなんだよ」
「いや、リスニングの練習の為に音読をさせていたんだが、俺が手本に読んでやってる間、アイツだけが教科書の文字を追わずに俺の口元を見てたんでな。誰かに習ったことがあるのかと思っただけだ」
「ああ」
なるほど。と今度はイザナが頷く番だった。孤児であれば大なり小なり大人の顔色を伺う癖が付く者は多いが、鶴蝶のそれが他の子供達の視線と性質が違うことには気付いていた。
「喧嘩も最初はオレにくっついてきて見てただけだったからな。昔っから背だけはスクスク伸びてやがったが、それでもこーんな小せえのがオレらの喧嘩に混じれるわけがねぇ」
イザナは手で当時の鶴蝶の身長を示した。子供の四歳差は大きい。今でこそ身長は逆転されたが、イザナと出会ってしばらくは、まだまだ鶴蝶の方が小さかったのだ。
「それでも見てるだけだったガキがすぐに喧嘩屋なんてあだ名付けられて、最後は横浜中に知れ渡ったくらいだ。その頃の癖が残ってんだろ」
喧嘩屋の名が売れたのは、竜胆とヤクザの事務所をひとつ潰してみせたことも大きいのだろうが。あの件は一時横浜中の不良の話題をかっさらった。報復があまりなかったことだけが不気味であったが、ガキ二人に事務所ひとつ潰されたという汚点が知れ渡ることを恐れたのだろうと結論付けた。
「確かに、アイツの喧嘩はオマエの影響が大きいな」
大寿がもう一度鷹揚に頷いた。
「オマエをよく見ている」
「知ってる」
下僕が王を伺うのは当然だ。先程までとはニュアンスの違う言葉にも、イザナは間髪入れずに応えた。大寿は若干呆れたように鼻を鳴らしたが、それ以上言葉を紡ぐことはしなかった。
「イザナ、終わったぜ」
二人の会話が終わるのを見計らったように、帰り支度を終えた鶴蝶がイザナに声をかけた。
「タケミチもマイキーに用があるらしいけど、一緒に連れてって良いか?」
「良いけど、そいつ今日バブ乗ってきてんのかよ」
「オレの後ろに乗っけるから良いだろ」
「すんません……」
東京卍會が解散しても、免許を取るまでバイクを辞めるものは少なかった。鶴蝶と武道も類に漏れず、警察の目を掻い潜っては乗っている。ちなみにイザナは最近車の免許を取ったばかりだ。
「あと、途中でスーパー寄っても良いか? 真一郎君から味噌買ってきてって連絡が来た」
「オマエらだけで行けよ」
「ビールも頼まれてんだよ。イザナいた方が買いやすいだろ。荷物もあるし」
イザナも童顔ではあるものの、武道と鶴蝶はまだ幼さが勝つ。法改正が進み、年々未成年の酒の購入は難しくなっていた。
「イザナの好きな銘柄買って良いってよ」
「……仕方ねえな」
イザナは渋々立ち上がった。武道が大寿に目を向ける。
「今日もありがとうございました」
武道と一緒に、鶴蝶も軽く大寿に頭を下げる。大寿はチラリと二人を一瞥した。
「補導されねえようにな」
「うす。オマエらもまたな〜」
「おー次は遅刻すんなよ」
「鶴蝶もまたな〜」
「事故んなよ」
各々好き勝手に声をかけてくる者達に手を振って、武道と鶴蝶は先に玄関へと向かっていたイザナに追いついた。
鶴蝶の荷物は無理矢理リュックごと武道のものに入れ、バイクに跨ったところで佐野家の近所のスーパーに寄ることに決まった。全員が何度か行ったことがあり、陳列棚の並びを覚えている為だ。
慣れた道を走っていく。前を行く車の赤いテールランプを見ながら、イザナは真一郎が己ではなく鶴蝶に買い物を頼んでいたことをぼんやりと考えた。
少しだけ、胸にわだかまりが生まれていた。
昔は、ちゃんと調べた癖に、自分の口から真実を告げなかった真一郎に思うところがあったものの、マイキーと二度やりあってからはそのもやもやも消えている。真一郎とも昔とは違った距離感でお互いストレスのない関係性を築けている。
であればこのわだかまりは何かと言えば、単純に己以外の者が鶴蝶に命令したのが気に入らないのであった。
「……ダセぇ」
脳裏に児童養護施設で見た、仲の良い相手が別の子供と遊んでいただけで泣いていた、ちいさな子供の姿が浮かぶ。
天竺では早々に鶴蝶が他の四天王をのしたため、パシリに使おうという者はいなかった。東京卍會でも自分の隊以外の副隊長に命令するような隊長は少なく、副総長の龍宮寺や総長代理の武道も他人を顎で使うような性格ではない。唯一万次郎だけが鶴蝶にも我儘を言うが、その場合、佐野家での夕食を勝手に決められたようにイザナも巻き込まれているのが常だった。
王と下僕。
イザナと鶴蝶の関係は、出会った時に自分たちで決めたものだ。しかしながら天竺を失い東京卍會が解散した今は、少しずつ別の関係性に変わりつつあるのも感じていた。鶴蝶が進学を決めたので、これから先、その変化が加速することも分かっていた。
けれどその変化をどう受け止めれば良いのか、いまだイザナは決めきれぬまま。
目的地であるスーパーが見えたので、イザナは一旦考えることを辞めてしまった。
買い物はすぐに終わった。佐野家で使っている味噌のメーカーどころか赤か白か出汁入りかすらイザナは知らなかったが、鶴蝶は台所で見た。と躊躇いなくレジカゴに放り込んでいた。ビールは少し高めの黒を半ダース。普段は軽めのものを好むイザナだが、真一郎の金と思えばたまには良いかと思ったのだ。武道はビールを選ぶイザナの手元を覗き込みながら、それうまいっすよねえ。その隣も捨てがたいっすけど。などと言っていたが無視をした。ついでにつまみもいくつか買った。
イザナはバイクに乗る際必要最低限の物をポケットに詰めるだけなので、荷物は鶴蝶と武道のリュックに分けて、バイクを運転するイザナと武道が背負うことになった。もちろん重い方を背負うのが武道だ。それでもバイクまでリュックを背負ったのは鶴蝶だ。小さなスーパーなので入り口は一箇所のみで、外から店内が見えるようにガラス張りになっているわけでもない。故に駐車場は暗かった。街灯はあるが、三人がバイクを停めていた位置から近い街灯の電球は切れていた。
バイクのすぐそばに三人がスーパーにやってきた時にはいなかった軽自動車が停まっていた。最近よく見かける車種だった。不注意でバイクを倒されたり、車にぶつけられたりしては困るからと、わざと少し入り口から遠い位置に停めたのにな。と息を吐きながら、イザナは己のバイクの前まで行くと、リュックを受け取る為に鶴蝶に手を伸ばした。車に背を向けた鶴蝶がリュックを下ろす。
その時だった。
鈍く弾けるような轟音がした。
一瞬、タイヤのバーストがすぐ近くで起こったのかと思った。しかし違うと気付いたのは、鶴蝶の手からリュックが落ちて、その肩から赤く噴き出すものがあったからだ。
拳だろうが鉄パイプだろうがコンクリートブロックだろうが、殴った傷から血が噴き出ることは滅多にない。故に鶴蝶の身体から溢れたそれを、イザナが血と認識するのにわずかな時間が必要だった。
「ッ……!」
イザナの視線の先、軽自動車の窓から薄く白い煙が上がっていた。イザナの身体が動いたのは無意識だ。しかしそれより先に、鶴蝶が地面を蹴っていた。
ドン。と、己の胸元から音がした。伸ばされた鶴蝶の手が、イザナを横へ突き飛ばしたのだ。重なるように二度三度、轟音が再度静かだった夜空に響く。
「……は?」
イザナを突き飛ばした鶴蝶の身体が人形のように倒れていく。普段ならば無意識で行う受け身すら取ろうとしない。頭が、そして次に胴体が、地面に打ち付けられて小さく跳ねた。
「カクちゃん!」
武道の声に重なるように、車のエンジン音がした。軽自動車が発車する。写真を撮らねばと思うのに身体が動かない。救急車を呼ぶ武道の声がどこか遠い。尻もちをついたイザナのジーパンに、鶴蝶の手が引っかかっていた。蘭のお下がりのコートの袖口に、小さな白い粒が降ってくる。
それを見て。
ああ、今夜は雪だったかと、イザナは場違いにも、そんなことを考えた。
イザナが鶴蝶の病室に入ることが出来たのは、長時間の手術が終わってさらに一日経ってからのことだった。
病院の面会受け入れ体制が整うまでに時間がかかっただけでなく、イザナ達の事情聴取にも時間がかかったからだった。
銃が使われたのだ。警察も慎重にならざるを得ない。また三人はいわゆる『非行少年』だ。たとえ東京卍會が解散し、その頭に元が付いていたとしても、警察の印象は決して良くはない。さらにイザナは一目でルーツが国外にあると分かる。武道と比べてイザナの取り調べに長い時間がかかったのは、決して年齢を加味したからだけではないだろう。
「撃たれたのは元天竺の喧嘩屋か」
取り調べ室で、まるでこうなっても仕方ないとでも言うようにそう吐き捨てた記録係の警察の顔をイザナが殴らなかったのは、ひとえに早く病院に向かいたかったからだ。取り調べ役の方はその言葉を注意していたが、イザナの口がますます重くなったのは言うまでもない。
警察がある程度鶴蝶を打った相手の目星がついているのに、必要以上にイザナを拘束していたのも口の重さに拍車をかけた。
天竺の喧嘩屋がヤクザの事務所をひとつ潰した過去は、すぐに横浜から現地の警察に共有されたようだった。
卍天黒大決戦は。
大層な名前が付いていても、所詮は子供の喧嘩である。不良共が拳一個で日本のトップを決める祭りであって、いくら名のある不良やハズレ者がいたとしても、銃の出る幕はない。
そんな子供一人の報復に銃を使ったのは見せしめか。
どうやら水面下でヤクザの関係する諍いが起きているらしい。とは、警察から出てすぐのコンビニに寄った際、かかってきた電話で知ったことだった。
かけてきたのは斑目だった。斑目によると、少年院で同室だった男がちょっとした儲け話に首を突っ込んで、抜けるに抜けられなくなっているらしい。鶴蝶が事務所ひとつ潰したヤクザの絡んだ揉め事で、鉄砲玉をやらされそうになっていた。少年院で知り合った斑目に泣きついてきたものの、斑目はすでにその手のことから足を洗っている。巻き込まれる前に情報だけを『穏便に』聞き出して、斑目の連絡先を全て携帯から消去してもらった後、お帰りいただいたということだ。
「オレがバカだから騙せると思ったンだと」
そう笑う斑目の声には隠さぬ怒気が含まれていた。斑目は己がバカであると知っているが、それをイザナ以外から指摘されることには強い拒否感を示す。
「鶴蝶、撃たれたんだって? どうする? 仕返しする?」
「やめとけ。『仕返しナシ』なんて甘いルールがある祭りじゃねンだ。仕返しにさらに仕返しされてきりがねぇ」
「でもよ」
「もう天竺も東京卍會もねぇんだワ」
イザナはきっぱりと言った。
「足洗ったンならけじめ付けろ。それでも腹に据えかねてんならその元同室の連絡先、オマエ消してねぇんだろ。蘭と竜胆あたりから警察に流しとけ。部外者にベラベラ喋るような口の軽いヤツだ。警察にも同じだろうよ」
だからこそ斑目も報復はないだろうと踏んで逃したのだろうが。なにせ口が軽い者ほど嫌われる。情報を漏らしたことを隠して誰かの手を借り斑目に報復するのはリスクが高い。
ヤクザもバカではないからトカゲの尻尾かもしれないが、しかしこれでイザナや武道達からの注意も逸れるだろう。
斑目からの電話を切った後、もしもに備えて武藤と望月、そして灰谷兄弟にもメールで釘を刺しておく。武藤と望月からはすぐに返事が来たが、灰谷兄弟からはなく、竜胆にはオマエも危ないからしばらく大人しくしとけと告げて後に、蘭からは鶴蝶の入院先を送ってようやく返事が来た。
明日行く。と、普段の饒舌が嘘のように短いメッセージは蘭からだった。
警察の事情聴取が終わったら連絡しろと真一郎には言われていたが、イザナはそのまま携帯電話をポケットにしまい、己のバイクに跨った。夕日はまだ山の端にあった。一昨日チラついた雪はすでに溶けて、昼の晴れ間に跡すら残っていない。
エンジンをかけ、発車する。
向かう先は決まっていた。
病院に着いたのは面会時間が終わるギリギリの時間だった。患者との関係を書く欄には嘘を書いたが、それを警備員と事務員が気がつくことはなかった。未成年であるので鶴蝶は小児病棟にいた。一人部屋だ。看護師達の視線を追い、彼らの注意がイザナからそれた隙に、鶴蝶の部屋に身体を滑り込ませた。
白く光る蛍光灯の下、部屋にはカーテンのかかったベッドがあった。
近づいて、カーテンに手を伸ばす。その手が震えていたのは見なかったことにした。
果たして。
カーテンを開いた先に、鶴蝶はいた。入院の手続きをしたという真一郎から意識は戻ったと聞いていたが、その口には酸素マスクが付けられており、瞼は閉じていた。眉間には皺がよっている。痛みがあるのだろうか。とイザナは思った。
あるのだろう。焼けるような痛みのはずだ。
銃で撃たれたことなどないはずなのに、イザナにはそんな確信があった。
鶴蝶に目を向けたまま、枕元に置かれていた丸椅子に腰掛ける。口の中がカラカラに乾いていた。
「 」
自分でも情けなくて笑ってしまうほどに、声は掠れて音にならなかった。それなのに、鶴蝶の瞼が震え、目が開いた。
「ィ、ざな」
鶴蝶が言った。掠れた声だが確かに聞こえた。イザナは瞬きすら忘れて鶴蝶を見た。
━━イザナ。
どうしたんだ? なんでそんな顔してるんだ? また手紙の返事が来なかったのか? オレが取りに行ってやろうか? 院長先生が隠してるかもしれないだろ。それとも他に何かあったのか? カチコミか? イザナ。教えてくれ。どんなところでも、オレが。
「オレが、一緒にいく。から」
イザナは息を飲んだ。
白い雪を見た気がした。
イザナは。
イザナは万次郎が訪ねてくるまで、ずっと真一郎の訪れを待っていた。心待ちにしていた。たとえ心のどこかで己と彼の血の繋がりがないことを分かっていたとしても、真一郎を信じていたかった。己が孤独ではないと、彼の言葉だけが支えであり。
けれど、確かに彼を忘れることもあったのだ。
それは例えば施設の隅で小さな墓を作る鶴蝶を見つけた時だった。あるいは鶴蝶と、かまくらの中で己の国を造ると決めた時だった。
イザナは口を引き結んだ後、その口の端を上げた。
「そんなの、決まってるだろ」
イザナは言った。
「オレらの国だ」
イザナの応えに、鶴蝶が目を見開いた。そして破顔する。
「ああ。いっしょ、に」
鶴蝶の手が伸びて、力尽きたように落ちた。実際、限界だったのだろう。手術が済んでまだ数日も経っていない。麻酔を使うことの出来る時間は限られているはずなので、痛みも絶えず襲いかかっているはずだ。運良く主要な臓器は無事であり、合併症の心配もなかったと聞いているが、出血が酷く一時は生死の境を彷徨った。
鶴蝶の手をイザナは握ってやる。
これからのことを思った。
鶴蝶はまだ未成年だ。十八にすらなっていない。本来ならば児童養護施設にいて、大人の庇護下にいなければいけない歳だ。以前いた施設に戻るならばまだ良い。けれどあの施設はイザナが暴力で丸め込み、イザナを保護者として鶴蝶を一人暮らしさせた前科がある。行政にはうまくごまかしただろうが、今回もその手が通用するとは思えない。鶴蝶は少年院こそ入っていないが、不良達の間で喧嘩屋と呼ばれ、ヤクザの事務所をひとつ潰したことも広く知られてしまっただろう。
非行の原因だとイザナと遠く引き剥がされるかもしれない。
そう考えて、イザナは己の背筋に冷たいものが走るのを感じた。
━━オレが、一緒にいく。
鶴蝶はそう告げた。
であれば、と考えて、イザナは内心首を振った。
イザナは王だ。その決定は下僕の決定でもあった。そもそも鶴蝶が行くのは天竺だ。そここそが鶴蝶の居場所であり、ならば一緒に。という言葉も己の望みなのだと感じながら、イザナは鶴蝶の手を握りしめた。
イザナが再び鶴蝶の見舞いに病院を訪れたのは、それからしばらく経った頃だった。
病室に現れたイザナを見て、鶴蝶はあからさまに目を輝かせた。
その頃には鶴蝶の酸素マスクも外れており、一人部屋から大部屋に移動となっていた。まだ一人で起き上がることは困難であるものの、食事も取れるようになっており、医者も驚く回復速度であったが、本人はもっと早く治したいと愚痴を溢しているという。
「イザナ!」
ベッドに備え付けられたテーブルに本を起き、片手ページをめくっていた鶴蝶に、イザナは軽く手を上げた。
「思ったより元気そうだな」
「それ、さっき来た大寿達にも言われたな。こんだけ元気なら勉強会にもすぐに参加できるだろって」
「アイツらしいな」
丸椅子に腰掛けて、イザナは見舞いの品だろう菓子箱を開ける。包装紙からして高そうだったが、構わずビリビリと破いてやった。出てきたのは小分けパックに入った日持ちしそうなクッキーだ。
「賞味期限三ヶ月以上あるから治ったら食えば良いってさ」
「ふうん」
おもむろにひとつ取り出して齧り付く。イザナの横暴さには慣れたもので、鶴蝶は一応文句を言ったものの、イザナを止めることはしなかった。
サクサクと噛み砕けばバターの香りが口いっぱいに広がった。中身のなくなった小分けパックを机の上に置けば、足元にゴミ箱あるだろ。と鶴蝶が言う。見れば確かにゴミ箱があった。普段なら鶴蝶が勝手に捨てるが、今日ばかりは撃たれた方の肩側に置かれていたので口に出したのだろう。イザナは黙ってゴミを捨てた。
「どうかしたか?」
イザナの視線に気がついたのか、鶴蝶が首を傾げた。一瞬、先日の事を覚えているかと問おうと思ったが、やめてしまった。覚えていてもいなくてもどちらでも良かったからだ。
どちらでも、イザナの決定が覆ることはない。
けれどイザナはあえて聞いてみることにした。
「なあ」
イザナが呼びかける前から、鶴蝶の二色の瞳にはイザナが写っていた。
それを見て、イザナは笑い出したい気分になった。イザナの顔にうっすらとした隈が出来た理由を、鶴蝶を己のそばに置き続けるために、イザナがここしばらく走り回っていた事を、鶴蝶が知る由もない。
イザナが佐野家に頭を下げたことも同様だ。一生知らない、知らぬままでいい事だった。
知らぬままでも、この下僕は一生イザナを見続けているのだから。
イザナは口を開いた。
「オマエ、オレの計画に乗るか?」
オレらの国を創る計画だ。
そう告げれば、鶴蝶は目を見開いた後、破顔した。
答えはやはり、分かりきったものであり。
イザナは窓の外を見た。
窓の外では雪がちらつき、明日の朝には一面の、新しい世界を描くことの出来る、銀世界を創るだろうと思われた。▲たたむ
#イザカク
拳だろうが鉄パイプだろうがコンクリートブロックだろうが、殴った傷から血が噴き出ることは滅多にない。故に鶴蝶の身体から溢れたそれを、イザナが血と認識するのにわずかな時間が必要だった。東京卍會が解散し、抗争から離れて数ヶ月も経つなら尚更だ。
「……は?」
イザナを突き飛ばした鶴蝶の身体が人形のように倒れていく。普段ならば無意識で行う受け身すら取ろうとしない。頭が、そして次に胴体が、地面に打ち付けられて小さく跳ねた。
「カクちゃん!」
武道の声がどこか遠い。尻もちをついたイザナのジーパンに、鶴蝶の手が引っかかっていた。蘭のお下がりのコートの袖口に、小さな白い粒が降ってくる。
それを見て。
ああ、今夜は雪だったかと、イザナは場違いにも、そんなことを考えた。
人をよく見ている。と、鶴蝶をそう評したのは大寿であった。何気ない言葉だった。ふいに口をついて出た、しかしだからこそ、本心だと分かる言葉でもあった。
それは不定期に開催される元東京卍會幹部の勉強会で告げられた。元々は赤点ギリギリの武道が鉄太に泣きついて始まった勉強会だ。最初は元溝中のメンツしかいなかったが、いつの間にか武道と仲のいい千冬や八戒達が合流し、千冬が場地を連れてきて、東京卍會に黒龍と天竺が吸収されてからは鶴蝶も加わった。その頃には勉強会の場所も言い出しっぺの武道の家から八戒と柚葉が暮らすマンションのリビングに移り、勉強会と言いつつ全然進んでないみたい。という柚葉のぼやきと、一人ではバカどもの弱点をカバーをしきれない。と鉄太が頭を抱え始めた為に年長者の助け舟が出た。
その舟の船頭が大寿だった。
八戒との関係を思えば最初こそ渋るそぶりを見せた大寿だが、鉄太に相談された九井が早々に白旗を上げたこと、元黒龍八代目総長のイザナが、出来ないのかよ十代目。と煽ったこと、そして三ツ谷が間に入り八戒と柚葉の許可を得たことで実現した。
なんだかんだで面倒見が良く、仕事はきっちりとこなす大寿である。東京卍會が解散してからも勉強会は続いており、その勉強会に他の幹部たちがやってくることも多かった。一番は柴兄弟と仲の良い三ツ谷であり、講師役を務める九井や鉄太にくっついて、乾や半間も度々顔を見せていた。勉強会が終わる時間を見計らってツーリングやカラオケの誘いに来る者もおり、ただし暇だからと押しかけてくる万次郎や一虎は、そうした配慮が見られず騒ぐので出禁になった。
そしてイザナがその勉強会に行くのは決まって佐野家に呼ばれた時だった。万次郎とイザナ、そして大寿の殴り合い━━卍天黒大決戦━━後、イザナは不定期に佐野家の食事に呼ばれるようになっていた。万次郎から東京卍會幹部として集会に参加しているイザナのことを聞き、約束したのに。とエマが唇を尖らせたからだった。会いに来てくれないんだ。約束したのに。迎えにきてくれるって。
——約束だ。エマ。
幼き日の約束を、イザナも忘れてはいなかった。
とはいえ約束は破るものだ。
「は?」
東京卍會の集会後、万次郎に家に来ないかと誘われて、イザナが反射的にこぼしたのがこの一文字だった。言葉ですらなかった。
真一郎を兄と思っているように、エマもイザナの妹だ。しかしそれとこれとは別だった。端的に言えば面倒だった。万次郎を見ていれば佐野家の雰囲気も察せられる。
記憶の中の小さなエマと、出会った頃の真一郎。そして現在の万次郎とイザナがドラマの一場面のように一緒の食卓を囲むところを想像して、鳥肌が立った。素直に無理だとイザナが告げれば、笑顔だった万次郎の機嫌が急降下した。
機嫌の悪い万次郎ほど厄介なものはない。その為イザナは咄嗟に先約があるんだワ。と続けた。
鶴蝶とメシ食いに行くんだよ。と。
そんな約束はなかった。
だが余程のことでない限り、イザナの言ったことには従う鶴蝶だ。イザナが約束をしたと言えば適度に話を合わせることもしてみせる。そして万次郎は龍宮寺が諌めることもあって、自分より歳下の者に我儘は控えめだ。
であれば鶴蝶を出せば万次郎は引き下がる。
そう考えたのが浅はかだった。
「じゃあ鶴蝶も来れば良いじゃん」
「は?」
先程と同じ音が出た。イザナが顔を顰めるのにも構わずに、万次郎はくるりと体を回転させると武藤と話していた鶴蝶を捕まえた。
「鶴蝶」
「うわっ」
背中に飛びかかられて鶴蝶の身体が揺れる。だが揺れただけで、その場から動くことも体勢を崩すこともしなかった。
「どうした?」
基本的に、鶴蝶は年上相手でも口調が変わらない。東京卍會へ入った頃は万次郎や龍宮寺達、親しくない幹部には外向きの言葉で喋っていたが、その度に灰谷兄弟がからかうので見かねた龍宮寺から許可が出た結果だった。
鶴蝶を見てにっこりと笑う万次郎に、先に面倒ごとを悟ったのはイザナと目を合わせた武藤だった。
「今日うちにメシ食いに来いよ。決定な」
「は?」
図らずも、鶴蝶が発したのはイザナと同じ一文字だった。丸い頭の上にクエスチョンマークが見えるようだ。
「イザナとメシ行く約束してンだろ。でもエマがイザナに会いたがってるし、なら一緒にうちに来れば解決じゃん」
「メシって」
鶴蝶がイザナを見た。二人の視線がかち合った。万次郎の後を追ってゆったりと歩いてきたイザナの顔を見て、鶴蝶は何かを悟ったらしい。
「いや、約束はしていない」
「テメェ……」
鶴蝶はきっぱりと言った。イザナは隠すことなく舌打ちをした。
余程のことでない限り、イザナの言ったことには従う鶴蝶だ。つまり余程のことであればイザナの命令を突っぱねるし諌めもする。
鶴蝶にとって今回の事態は余程のことであったらしい。オレを巻き込むな。と顔に書いてある。しかし万次郎は鶴蝶の言葉こそを嘘だと感じたらしい。総長命令が聞けないのか。などと言い始めた。
「そういうのは事前に日時を決めておくものじゃないのか?」
困惑する鶴蝶を見かねたのか、武藤が援護に回る。だが万次郎がその程度で引き下がるわけがない。イザナは誰かに龍宮寺か三ツ谷を引っ張って来させれば良かったとようやく気付くも遅かった。
「うちでは決めてたけど、イザナが逃げると思って言ってなかったンだよ」
「そうか……」
名案だっただろ? とでも言いたげに笑われて、武藤が眉間に手をやった。確かに事前に告げていれば、イザナは集会後にふけていただろう。
「でもそれって家族水入らずってやつだろ。そんな場所にオレが行っても真一郎君達が困るし、今からオレの分のメシ用意するのも手間だぜ」
「オレや真一郎が他のヤツら連れてくことも多いし、今回もタケミっちか誰か一緒に捕まえてくるかもって話してたから大丈夫だ」
そう告げた万次郎はやはり笑っており、彼の中ではすでにイザナと鶴蝶が家に訪ねて来るのは決定事項になっていた。
武藤がゆるく首を横に振って鶴蝶の肩を叩いた。
その後からだ。イザナと鶴蝶が定期的に佐野家の夕食に呼ばれるようになったのは。
元々、佐野家は万次郎の言う通り出入りの多い家である。真一郎も万次郎も友人が多く、エマが日向や柚葉、他の同級生を連れてくることもある。さらには道場に通う子供達のために、毎年七夕の時期には万作が流しそうめん会を開いていた。
つまり佐野家の人間は、全員が人と一緒にいるのが好きな性質なのだ。
であれば真一郎が弟と、万次郎とエマが兄と認めるイザナが呼ばれるのも、一度や二度で済むはずがない。根が明るく懐っこい鶴蝶もすぐに気に入って、イザナとセットで扱うようになっていた。
そしてイザナと鶴蝶も、最初は嫌々ではあったがその空気感が嫌いではないと内心認めざるをえず、また単純に一食分の食費が浮くのも魅力的で、誘いに首を縦に振る頻度は次第に増えていった。
鶴蝶の受験が近づき自分で自分の食事を用意をするのも億劫になっていたなら尚更だ。
「コーヒーでも飲むか?」
勉強会の後、イザナが鶴蝶を迎えに来ても驚かれなくなったのは最近のことだ。リビングにいるのは終了予定時刻を過ぎてもテーブルに齧り付いている者が半分、帰り支度をしていたり、疲れたと言って上半身をテーブルに懐かせていたりする者がもう半分。
鶴蝶は九井に何かを聞いているようだった。
玄関からソファまで案内されたイザナは大寿の問いには答えずに、後何分くらいかかりそうだ? と聞いた。その視線の先を追い、九井と鶴蝶に目を向けた大寿は、長くて二十分くらいだな。と答えた。
「ならいい。飲み切れなさそうだワ」
「そうか」
頷いた大寿はイザナの向かいに座った。ローテーブルの上には大寿の手の大きさにぴったりな、青地に白で海の生き物と思われるイラストの描かれたマグカップと、付箋の貼られた一冊の参考書が置かれていた。マグカップを手にしたところをみると、大寿の今日の仕事は終わったのだろう。それでも残っているのは八戒や柚葉のためか、あるいは単純に今も問題を解いている者達のためか。質問があればいつでも答えてくれると、鶴蝶が以前言っていたのをイザナは思い出す。
イザナは手持ち無沙汰に携帯を見た。望月と斑目からのメールが入っていたが、返信するまでもない内容だった。天気を確認し、携帯をポケットにしまう。コーヒーをもらっておけば良かったと思ったところで、大寿から声をかけられた。なんだと顔を上げれば、大寿が口を開いた。
「鶴蝶が人をよく見ているのは昔からか?」
「知らね」
「そうか」
イザナはあっさりと応えた。大寿は頷いた。
「いきなりなんだよ」
「いや、リスニングの練習の為に音読をさせていたんだが、俺が手本に読んでやってる間、アイツだけが教科書の文字を追わずに俺の口元を見てたんでな。誰かに習ったことがあるのかと思っただけだ」
「ああ」
なるほど。と今度はイザナが頷く番だった。孤児であれば大なり小なり大人の顔色を伺う癖が付く者は多いが、鶴蝶のそれが他の子供達の視線と性質が違うことには気付いていた。
「喧嘩も最初はオレにくっついてきて見てただけだったからな。昔っから背だけはスクスク伸びてやがったが、それでもこーんな小せえのがオレらの喧嘩に混じれるわけがねぇ」
イザナは手で当時の鶴蝶の身長を示した。子供の四歳差は大きい。今でこそ身長は逆転されたが、イザナと出会ってしばらくは、まだまだ鶴蝶の方が小さかったのだ。
「それでも見てるだけだったガキがすぐに喧嘩屋なんてあだ名付けられて、最後は横浜中に知れ渡ったくらいだ。その頃の癖が残ってんだろ」
喧嘩屋の名が売れたのは、竜胆とヤクザの事務所をひとつ潰してみせたことも大きいのだろうが。あの件は一時横浜中の不良の話題をかっさらった。報復があまりなかったことだけが不気味であったが、ガキ二人に事務所ひとつ潰されたという汚点が知れ渡ることを恐れたのだろうと結論付けた。
「確かに、アイツの喧嘩はオマエの影響が大きいな」
大寿がもう一度鷹揚に頷いた。
「オマエをよく見ている」
「知ってる」
下僕が王を伺うのは当然だ。先程までとはニュアンスの違う言葉にも、イザナは間髪入れずに応えた。大寿は若干呆れたように鼻を鳴らしたが、それ以上言葉を紡ぐことはしなかった。
「イザナ、終わったぜ」
二人の会話が終わるのを見計らったように、帰り支度を終えた鶴蝶がイザナに声をかけた。
「タケミチもマイキーに用があるらしいけど、一緒に連れてって良いか?」
「良いけど、そいつ今日バブ乗ってきてんのかよ」
「オレの後ろに乗っけるから良いだろ」
「すんません……」
東京卍會が解散しても、免許を取るまでバイクを辞めるものは少なかった。鶴蝶と武道も類に漏れず、警察の目を掻い潜っては乗っている。ちなみにイザナは最近車の免許を取ったばかりだ。
「あと、途中でスーパー寄っても良いか? 真一郎君から味噌買ってきてって連絡が来た」
「オマエらだけで行けよ」
「ビールも頼まれてんだよ。イザナいた方が買いやすいだろ。荷物もあるし」
イザナも童顔ではあるものの、武道と鶴蝶はまだ幼さが勝つ。法改正が進み、年々未成年の酒の購入は難しくなっていた。
「イザナの好きな銘柄買って良いってよ」
「……仕方ねえな」
イザナは渋々立ち上がった。武道が大寿に目を向ける。
「今日もありがとうございました」
武道と一緒に、鶴蝶も軽く大寿に頭を下げる。大寿はチラリと二人を一瞥した。
「補導されねえようにな」
「うす。オマエらもまたな〜」
「おー次は遅刻すんなよ」
「鶴蝶もまたな〜」
「事故んなよ」
各々好き勝手に声をかけてくる者達に手を振って、武道と鶴蝶は先に玄関へと向かっていたイザナに追いついた。
鶴蝶の荷物は無理矢理リュックごと武道のものに入れ、バイクに跨ったところで佐野家の近所のスーパーに寄ることに決まった。全員が何度か行ったことがあり、陳列棚の並びを覚えている為だ。
慣れた道を走っていく。前を行く車の赤いテールランプを見ながら、イザナは真一郎が己ではなく鶴蝶に買い物を頼んでいたことをぼんやりと考えた。
少しだけ、胸にわだかまりが生まれていた。
昔は、ちゃんと調べた癖に、自分の口から真実を告げなかった真一郎に思うところがあったものの、マイキーと二度やりあってからはそのもやもやも消えている。真一郎とも昔とは違った距離感でお互いストレスのない関係性を築けている。
であればこのわだかまりは何かと言えば、単純に己以外の者が鶴蝶に命令したのが気に入らないのであった。
「……ダセぇ」
脳裏に児童養護施設で見た、仲の良い相手が別の子供と遊んでいただけで泣いていた、ちいさな子供の姿が浮かぶ。
天竺では早々に鶴蝶が他の四天王をのしたため、パシリに使おうという者はいなかった。東京卍會でも自分の隊以外の副隊長に命令するような隊長は少なく、副総長の龍宮寺や総長代理の武道も他人を顎で使うような性格ではない。唯一万次郎だけが鶴蝶にも我儘を言うが、その場合、佐野家での夕食を勝手に決められたようにイザナも巻き込まれているのが常だった。
王と下僕。
イザナと鶴蝶の関係は、出会った時に自分たちで決めたものだ。しかしながら天竺を失い東京卍會が解散した今は、少しずつ別の関係性に変わりつつあるのも感じていた。鶴蝶が進学を決めたので、これから先、その変化が加速することも分かっていた。
けれどその変化をどう受け止めれば良いのか、いまだイザナは決めきれぬまま。
目的地であるスーパーが見えたので、イザナは一旦考えることを辞めてしまった。
買い物はすぐに終わった。佐野家で使っている味噌のメーカーどころか赤か白か出汁入りかすらイザナは知らなかったが、鶴蝶は台所で見た。と躊躇いなくレジカゴに放り込んでいた。ビールは少し高めの黒を半ダース。普段は軽めのものを好むイザナだが、真一郎の金と思えばたまには良いかと思ったのだ。武道はビールを選ぶイザナの手元を覗き込みながら、それうまいっすよねえ。その隣も捨てがたいっすけど。などと言っていたが無視をした。ついでにつまみもいくつか買った。
イザナはバイクに乗る際必要最低限の物をポケットに詰めるだけなので、荷物は鶴蝶と武道のリュックに分けて、バイクを運転するイザナと武道が背負うことになった。もちろん重い方を背負うのが武道だ。それでもバイクまでリュックを背負ったのは鶴蝶だ。小さなスーパーなので入り口は一箇所のみで、外から店内が見えるようにガラス張りになっているわけでもない。故に駐車場は暗かった。街灯はあるが、三人がバイクを停めていた位置から近い街灯の電球は切れていた。
バイクのすぐそばに三人がスーパーにやってきた時にはいなかった軽自動車が停まっていた。最近よく見かける車種だった。不注意でバイクを倒されたり、車にぶつけられたりしては困るからと、わざと少し入り口から遠い位置に停めたのにな。と息を吐きながら、イザナは己のバイクの前まで行くと、リュックを受け取る為に鶴蝶に手を伸ばした。車に背を向けた鶴蝶がリュックを下ろす。
その時だった。
鈍く弾けるような轟音がした。
一瞬、タイヤのバーストがすぐ近くで起こったのかと思った。しかし違うと気付いたのは、鶴蝶の手からリュックが落ちて、その肩から赤く噴き出すものがあったからだ。
拳だろうが鉄パイプだろうがコンクリートブロックだろうが、殴った傷から血が噴き出ることは滅多にない。故に鶴蝶の身体から溢れたそれを、イザナが血と認識するのにわずかな時間が必要だった。
「ッ……!」
イザナの視線の先、軽自動車の窓から薄く白い煙が上がっていた。イザナの身体が動いたのは無意識だ。しかしそれより先に、鶴蝶が地面を蹴っていた。
ドン。と、己の胸元から音がした。伸ばされた鶴蝶の手が、イザナを横へ突き飛ばしたのだ。重なるように二度三度、轟音が再度静かだった夜空に響く。
「……は?」
イザナを突き飛ばした鶴蝶の身体が人形のように倒れていく。普段ならば無意識で行う受け身すら取ろうとしない。頭が、そして次に胴体が、地面に打ち付けられて小さく跳ねた。
「カクちゃん!」
武道の声に重なるように、車のエンジン音がした。軽自動車が発車する。写真を撮らねばと思うのに身体が動かない。救急車を呼ぶ武道の声がどこか遠い。尻もちをついたイザナのジーパンに、鶴蝶の手が引っかかっていた。蘭のお下がりのコートの袖口に、小さな白い粒が降ってくる。
それを見て。
ああ、今夜は雪だったかと、イザナは場違いにも、そんなことを考えた。
イザナが鶴蝶の病室に入ることが出来たのは、長時間の手術が終わってさらに一日経ってからのことだった。
病院の面会受け入れ体制が整うまでに時間がかかっただけでなく、イザナ達の事情聴取にも時間がかかったからだった。
銃が使われたのだ。警察も慎重にならざるを得ない。また三人はいわゆる『非行少年』だ。たとえ東京卍會が解散し、その頭に元が付いていたとしても、警察の印象は決して良くはない。さらにイザナは一目でルーツが国外にあると分かる。武道と比べてイザナの取り調べに長い時間がかかったのは、決して年齢を加味したからだけではないだろう。
「撃たれたのは元天竺の喧嘩屋か」
取り調べ室で、まるでこうなっても仕方ないとでも言うようにそう吐き捨てた記録係の警察の顔をイザナが殴らなかったのは、ひとえに早く病院に向かいたかったからだ。取り調べ役の方はその言葉を注意していたが、イザナの口がますます重くなったのは言うまでもない。
警察がある程度鶴蝶を打った相手の目星がついているのに、必要以上にイザナを拘束していたのも口の重さに拍車をかけた。
天竺の喧嘩屋がヤクザの事務所をひとつ潰した過去は、すぐに横浜から現地の警察に共有されたようだった。
卍天黒大決戦は。
大層な名前が付いていても、所詮は子供の喧嘩である。不良共が拳一個で日本のトップを決める祭りであって、いくら名のある不良やハズレ者がいたとしても、銃の出る幕はない。
そんな子供一人の報復に銃を使ったのは見せしめか。
どうやら水面下でヤクザの関係する諍いが起きているらしい。とは、警察から出てすぐのコンビニに寄った際、かかってきた電話で知ったことだった。
かけてきたのは斑目だった。斑目によると、少年院で同室だった男がちょっとした儲け話に首を突っ込んで、抜けるに抜けられなくなっているらしい。鶴蝶が事務所ひとつ潰したヤクザの絡んだ揉め事で、鉄砲玉をやらされそうになっていた。少年院で知り合った斑目に泣きついてきたものの、斑目はすでにその手のことから足を洗っている。巻き込まれる前に情報だけを『穏便に』聞き出して、斑目の連絡先を全て携帯から消去してもらった後、お帰りいただいたということだ。
「オレがバカだから騙せると思ったンだと」
そう笑う斑目の声には隠さぬ怒気が含まれていた。斑目は己がバカであると知っているが、それをイザナ以外から指摘されることには強い拒否感を示す。
「鶴蝶、撃たれたんだって? どうする? 仕返しする?」
「やめとけ。『仕返しナシ』なんて甘いルールがある祭りじゃねンだ。仕返しにさらに仕返しされてきりがねぇ」
「でもよ」
「もう天竺も東京卍會もねぇんだワ」
イザナはきっぱりと言った。
「足洗ったンならけじめ付けろ。それでも腹に据えかねてんならその元同室の連絡先、オマエ消してねぇんだろ。蘭と竜胆あたりから警察に流しとけ。部外者にベラベラ喋るような口の軽いヤツだ。警察にも同じだろうよ」
だからこそ斑目も報復はないだろうと踏んで逃したのだろうが。なにせ口が軽い者ほど嫌われる。情報を漏らしたことを隠して誰かの手を借り斑目に報復するのはリスクが高い。
ヤクザもバカではないからトカゲの尻尾かもしれないが、しかしこれでイザナや武道達からの注意も逸れるだろう。
斑目からの電話を切った後、もしもに備えて武藤と望月、そして灰谷兄弟にもメールで釘を刺しておく。武藤と望月からはすぐに返事が来たが、灰谷兄弟からはなく、竜胆にはオマエも危ないからしばらく大人しくしとけと告げて後に、蘭からは鶴蝶の入院先を送ってようやく返事が来た。
明日行く。と、普段の饒舌が嘘のように短いメッセージは蘭からだった。
警察の事情聴取が終わったら連絡しろと真一郎には言われていたが、イザナはそのまま携帯電話をポケットにしまい、己のバイクに跨った。夕日はまだ山の端にあった。一昨日チラついた雪はすでに溶けて、昼の晴れ間に跡すら残っていない。
エンジンをかけ、発車する。
向かう先は決まっていた。
病院に着いたのは面会時間が終わるギリギリの時間だった。患者との関係を書く欄には嘘を書いたが、それを警備員と事務員が気がつくことはなかった。未成年であるので鶴蝶は小児病棟にいた。一人部屋だ。看護師達の視線を追い、彼らの注意がイザナからそれた隙に、鶴蝶の部屋に身体を滑り込ませた。
白く光る蛍光灯の下、部屋にはカーテンのかかったベッドがあった。
近づいて、カーテンに手を伸ばす。その手が震えていたのは見なかったことにした。
果たして。
カーテンを開いた先に、鶴蝶はいた。入院の手続きをしたという真一郎から意識は戻ったと聞いていたが、その口には酸素マスクが付けられており、瞼は閉じていた。眉間には皺がよっている。痛みがあるのだろうか。とイザナは思った。
あるのだろう。焼けるような痛みのはずだ。
銃で撃たれたことなどないはずなのに、イザナにはそんな確信があった。
鶴蝶に目を向けたまま、枕元に置かれていた丸椅子に腰掛ける。口の中がカラカラに乾いていた。
「 」
自分でも情けなくて笑ってしまうほどに、声は掠れて音にならなかった。それなのに、鶴蝶の瞼が震え、目が開いた。
「ィ、ざな」
鶴蝶が言った。掠れた声だが確かに聞こえた。イザナは瞬きすら忘れて鶴蝶を見た。
━━イザナ。
どうしたんだ? なんでそんな顔してるんだ? また手紙の返事が来なかったのか? オレが取りに行ってやろうか? 院長先生が隠してるかもしれないだろ。それとも他に何かあったのか? カチコミか? イザナ。教えてくれ。どんなところでも、オレが。
「オレが、一緒にいく。から」
イザナは息を飲んだ。
白い雪を見た気がした。
イザナは。
イザナは万次郎が訪ねてくるまで、ずっと真一郎の訪れを待っていた。心待ちにしていた。たとえ心のどこかで己と彼の血の繋がりがないことを分かっていたとしても、真一郎を信じていたかった。己が孤独ではないと、彼の言葉だけが支えであり。
けれど、確かに彼を忘れることもあったのだ。
それは例えば施設の隅で小さな墓を作る鶴蝶を見つけた時だった。あるいは鶴蝶と、かまくらの中で己の国を造ると決めた時だった。
イザナは口を引き結んだ後、その口の端を上げた。
「そんなの、決まってるだろ」
イザナは言った。
「オレらの国だ」
イザナの応えに、鶴蝶が目を見開いた。そして破顔する。
「ああ。いっしょ、に」
鶴蝶の手が伸びて、力尽きたように落ちた。実際、限界だったのだろう。手術が済んでまだ数日も経っていない。麻酔を使うことの出来る時間は限られているはずなので、痛みも絶えず襲いかかっているはずだ。運良く主要な臓器は無事であり、合併症の心配もなかったと聞いているが、出血が酷く一時は生死の境を彷徨った。
鶴蝶の手をイザナは握ってやる。
これからのことを思った。
鶴蝶はまだ未成年だ。十八にすらなっていない。本来ならば児童養護施設にいて、大人の庇護下にいなければいけない歳だ。以前いた施設に戻るならばまだ良い。けれどあの施設はイザナが暴力で丸め込み、イザナを保護者として鶴蝶を一人暮らしさせた前科がある。行政にはうまくごまかしただろうが、今回もその手が通用するとは思えない。鶴蝶は少年院こそ入っていないが、不良達の間で喧嘩屋と呼ばれ、ヤクザの事務所をひとつ潰したことも広く知られてしまっただろう。
非行の原因だとイザナと遠く引き剥がされるかもしれない。
そう考えて、イザナは己の背筋に冷たいものが走るのを感じた。
━━オレが、一緒にいく。
鶴蝶はそう告げた。
であれば、と考えて、イザナは内心首を振った。
イザナは王だ。その決定は下僕の決定でもあった。そもそも鶴蝶が行くのは天竺だ。そここそが鶴蝶の居場所であり、ならば一緒に。という言葉も己の望みなのだと感じながら、イザナは鶴蝶の手を握りしめた。
イザナが再び鶴蝶の見舞いに病院を訪れたのは、それからしばらく経った頃だった。
病室に現れたイザナを見て、鶴蝶はあからさまに目を輝かせた。
その頃には鶴蝶の酸素マスクも外れており、一人部屋から大部屋に移動となっていた。まだ一人で起き上がることは困難であるものの、食事も取れるようになっており、医者も驚く回復速度であったが、本人はもっと早く治したいと愚痴を溢しているという。
「イザナ!」
ベッドに備え付けられたテーブルに本を起き、片手ページをめくっていた鶴蝶に、イザナは軽く手を上げた。
「思ったより元気そうだな」
「それ、さっき来た大寿達にも言われたな。こんだけ元気なら勉強会にもすぐに参加できるだろって」
「アイツらしいな」
丸椅子に腰掛けて、イザナは見舞いの品だろう菓子箱を開ける。包装紙からして高そうだったが、構わずビリビリと破いてやった。出てきたのは小分けパックに入った日持ちしそうなクッキーだ。
「賞味期限三ヶ月以上あるから治ったら食えば良いってさ」
「ふうん」
おもむろにひとつ取り出して齧り付く。イザナの横暴さには慣れたもので、鶴蝶は一応文句を言ったものの、イザナを止めることはしなかった。
サクサクと噛み砕けばバターの香りが口いっぱいに広がった。中身のなくなった小分けパックを机の上に置けば、足元にゴミ箱あるだろ。と鶴蝶が言う。見れば確かにゴミ箱があった。普段なら鶴蝶が勝手に捨てるが、今日ばかりは撃たれた方の肩側に置かれていたので口に出したのだろう。イザナは黙ってゴミを捨てた。
「どうかしたか?」
イザナの視線に気がついたのか、鶴蝶が首を傾げた。一瞬、先日の事を覚えているかと問おうと思ったが、やめてしまった。覚えていてもいなくてもどちらでも良かったからだ。
どちらでも、イザナの決定が覆ることはない。
けれどイザナはあえて聞いてみることにした。
「なあ」
イザナが呼びかける前から、鶴蝶の二色の瞳にはイザナが写っていた。
それを見て、イザナは笑い出したい気分になった。イザナの顔にうっすらとした隈が出来た理由を、鶴蝶を己のそばに置き続けるために、イザナがここしばらく走り回っていた事を、鶴蝶が知る由もない。
イザナが佐野家に頭を下げたことも同様だ。一生知らない、知らぬままでいい事だった。
知らぬままでも、この下僕は一生イザナを見続けているのだから。
イザナは口を開いた。
「オマエ、オレの計画に乗るか?」
オレらの国を創る計画だ。
そう告げれば、鶴蝶は目を見開いた後、破顔した。
答えはやはり、分かりきったものであり。
イザナは窓の外を見た。
窓の外では雪がちらつき、明日の朝には一面の、新しい世界を描くことの出来る、銀世界を創るだろうと思われた。▲たたむ
これは色々問題があるなと思って没にしたイザカク……
#イザカク
イザカク慣れないせいで上手く書けんな
イザナがいないから飯を食いに来ないか? と鶴蝶からメッセージが入り、武道は一も二もなく飛びついた。武道が従事する映画の仕事はやりがいはあれど金にならないことが多く、給料日を明日に控えた武道の腹は、すでに限界を訴えていた。
七時に来てくれ。との言葉通り、武道は七時ぴったりにイザナと鶴蝶が同居するマンションに着いた。ルーズなところのある武道としては満点の行動だ。ピンポンを押せば、しばらくの後にインターフォンから鶴蝶の声が聞こえてきた。
「よく来たな」
扉を開けて鶴蝶が笑う。その途端、嗅いだことのないスパイシーな香りが漂ってきて、武道は己も笑いながら、今日はどこの国のご飯? と鶴蝶に問いかけた。
武道が鶴蝶に食事に呼ばれるようになったのは、TENJIKUが起動に乗り始めてしばらく経った頃だった。
「施設で出す食事の味見をして欲しい」
と告げる彼に、やはり金欠で腹を空かせていた武道はありがたく思いながらも首を傾げた。TENJIKUには元捌番隊隊員達だけでなく、複数のスタッフがいる。ましてや鶴蝶はTENJIKU設立時からイザナと同居しており、わざわざ武道を呼ばずとも味見する人間はいるだろうと思ったからだ。
素直に電話口で問いかければ、オレも最初はそうしようと思ったんだけど。と苦笑混じりの答えが返ってきた。
TENJIKUには、日本国内で孤児院の運営とアウトリーチ型の支援を担当する部署と、国外で他のNPO法人や国際組織と連携し、現地の学校の設立や児童労働の解消などに取り組む部署がある。鶴蝶は主に前者に関わっているが、その孤児院には他国にルーツを持つ子供も多かった。ルーツに限らず環境の変化で食の細くなる子供は多く、栄養士達が子供のリクエストを聞くこともあるが、馴染みのない国の料理となると手を出しづらい。
そのことをもどかしく思った鶴蝶は、一念発起し己で作ってみることにした。幸い鶴蝶の趣味は料理であり、TENJIKUを立ち上げるとイザナが決めた時、もしもに備えて管理栄養士の資格も調理師免許も取得している。加えて今は輸入品もスーパーで購入できる時代だ。もちろん手軽に買えるものではないので他国の料理であっても日本の食品で代用し、各家庭固有の味になっていることも多い。しかしやってみなければ始まらない。
まずは灰谷兄弟のツテで、子供のルーツである国の料理を扱った飲食店の店主を紹介してもらう。子ども好きだという店主は己の出身地方のものではあるが。と前置きした上で、複数のレシピを教えてくれた。そしてその足で輸入品スーパーへ向かった鶴蝶は、食材を購入して帰路につくと、早速料理を作り始めた。その日は休日だったので、調理する時間は十分にあったのだ。一通りのレシピを試し終えた鶴蝶は、テーブルの上で湯気を立てる料理を見てハッとした。
繰り返すが、TENJIKUには日本国内で活動する部署と国外で活動する部署がある。鶴蝶と同居するイザナは後者の仕事で一ヶ月ほど海外におり、武藤もイザナと一緒に出張中だ。ならば望月と斑目はといえば、彼らは彼らで今日は孤児院に泊まることになっていた。差し入れを。とも思ったが、子供の頃から付き合いのある者たちならともかく、他のスタッフに作り慣れていない料理を食べさせるのも気が引けた。
つまりはあれやこれやと作った料理を消費する術がない。
そこで困り果てた鶴蝶が頼ったのが武道だ。
「呼んでおいてなんだが、食べられそうなものはあるか?」
「全部大丈夫だと思う。撮影で行ったことのある国のだし」
こちらも仕事の都合で他国の料理を食べ慣れていた武道は、鶴蝶にとって都合が良かった。
思ったよりも箸は進み、これなら子供でも食べやすいんじゃないか? こっちは美味しいけどちょっと辛いから大人向けじゃない? ビール飲むか? ありがたく頂戴します。ポン酒もあるぞ。などと料理についての会話も弾む。ついでにお互いの近況や中身があるとは言いがたいくだらない話にも花が咲き、結局料理は日持ちしそうなものを残して完食した。
後日、孤児院の子供にもそれらの料理を振る舞った鶴蝶は一定の効果を見出し、以来定期的に子供達のルーツの料理を作るようになった。
そして試作はもっぱらそれはイザナ不在の際に行われ、そしてもてなされるのは武道だ。
「今更だけど、オレばっか食べてて大丈夫?」
冷えた缶ビールのプルタブを引いて武道が言った。
「なんかいっつもイザナくんがいない時に呼ばれてる気がするんだけど」
いただきます。と缶ビールを差し出した武道に、己のそれを小さくぶつけ、鶴蝶は苦笑した。
「イザナはあんま食べないからな」
「元から食細かったもんね」
「TENJIKUの連中は施設で食べるし、エマちゃんはドラケンに悪いだろ」
天竺が東京卍會に吸収された後、イザナと鶴蝶、そして佐野家の交流が少しずつだが始まった。イザナと万次郎がその内心を否が応でも晒さねばならなくなったことや、真一郎がイザナに詫びたこと、そして抗争で怪我を負ったイザナと鶴蝶を佐野家が面倒を見たことなど、複数の要因が重なったが故に近付いた距離だった。特に同い年であることや、佐野家で料理を担当するエマと、料理を趣味とする鶴蝶は話があい、イザナや他の家族抜きでも会っていると聞く。
鶴蝶の言葉に武道は揚げ鶏を己の皿に移して首を傾げた。
「二人とも呼べば良いんじゃない?」
「そしたらマイキーがついてくるだろ」
「なんで?」
純粋な疑問であった。エマはすでに佐野家を出て、己の伴侶と二人暮らしだ。もちろんマイキーこと兄である万次郎との仲は良好であるし、彼女の伴侶である堅もマイキーとは仕事のパートナーとして信頼しあっている。だが四六時中一緒にいるわけではない。
「後で話聞いて拗ねるんだとよ。それで走りに影響出ても困るからって」
「わがまますぎない? いや知ってたけど」
「まあオレとしては賑やかな方が楽しいし、エマちゃんも色々持ってきてくれるから気にはならないんだが……イザナがな」
鶴蝶がため息を吐く。
「マイキーだけはこの家に上げんの嫌がるんだよ。向こうの家に自分が行くのは良いくせに、だ」
それを聞いて、武道が呆れたように呟いた。
「縄張り争いじゃん……」
「まあ似たようなことしてたからな」
言われてみればその通りだ。しかし東京卍會初代総長代理であった武道が許されていることを思うと、単純にイザナの気持ちの問題なのだろう。仲が良いとは言い難いが、仲が悪いとも言い難い二人の姿を思い出す。
「喧嘩するほどって言うからね」
「だなあ」
しみじみと呟きながら、武道は己の前に置かれたどんぶりに箸を伸ばす。少し太めの麺は弾力があり、味の濃いスープと良くあった。
「これおいしい」
「本当か? 子供向けに香辛料は控えめにしてみたんだが」
「良いと思う。でも香菜に癖あるかも」
「なしとありで二種類作るか」
「大変じゃない?」
「他のスタッフもいるから大丈夫だ」
鶴蝶は一度目の試みの後、継続的なイベントして行えるよう、しっかりと企画書を作り会議を通した上で予算と人員の確保をしてもらっている。むろん孤児院の食事は栄養や食べやすさ、食中毒の予防やアレルギー等、様々なことを考えられているので、スタッフには負担を強いることになる。そのためボーナスでの還元と休暇の融通がより効くようにすることを約束した。
なので、本当はこの試作は鶴蝶がしなくとも良いことだった。レシピの中には量を作るには不向きなものもあるし、香辛料の関係で子供には向かないものもある。それでも新しいレシピを見ると、鶴蝶は作りたくなってしまう。子供の頃、好奇心が疼くとヤクザの事務所であっても喧嘩を売りに行っていたが、大人になってからは我慢の効かなさがもう一つの趣味である料理に向いた。
▲たたむ
#イザカク
イザカク慣れないせいで上手く書けんな
イザナがいないから飯を食いに来ないか? と鶴蝶からメッセージが入り、武道は一も二もなく飛びついた。武道が従事する映画の仕事はやりがいはあれど金にならないことが多く、給料日を明日に控えた武道の腹は、すでに限界を訴えていた。
七時に来てくれ。との言葉通り、武道は七時ぴったりにイザナと鶴蝶が同居するマンションに着いた。ルーズなところのある武道としては満点の行動だ。ピンポンを押せば、しばらくの後にインターフォンから鶴蝶の声が聞こえてきた。
「よく来たな」
扉を開けて鶴蝶が笑う。その途端、嗅いだことのないスパイシーな香りが漂ってきて、武道は己も笑いながら、今日はどこの国のご飯? と鶴蝶に問いかけた。
武道が鶴蝶に食事に呼ばれるようになったのは、TENJIKUが起動に乗り始めてしばらく経った頃だった。
「施設で出す食事の味見をして欲しい」
と告げる彼に、やはり金欠で腹を空かせていた武道はありがたく思いながらも首を傾げた。TENJIKUには元捌番隊隊員達だけでなく、複数のスタッフがいる。ましてや鶴蝶はTENJIKU設立時からイザナと同居しており、わざわざ武道を呼ばずとも味見する人間はいるだろうと思ったからだ。
素直に電話口で問いかければ、オレも最初はそうしようと思ったんだけど。と苦笑混じりの答えが返ってきた。
TENJIKUには、日本国内で孤児院の運営とアウトリーチ型の支援を担当する部署と、国外で他のNPO法人や国際組織と連携し、現地の学校の設立や児童労働の解消などに取り組む部署がある。鶴蝶は主に前者に関わっているが、その孤児院には他国にルーツを持つ子供も多かった。ルーツに限らず環境の変化で食の細くなる子供は多く、栄養士達が子供のリクエストを聞くこともあるが、馴染みのない国の料理となると手を出しづらい。
そのことをもどかしく思った鶴蝶は、一念発起し己で作ってみることにした。幸い鶴蝶の趣味は料理であり、TENJIKUを立ち上げるとイザナが決めた時、もしもに備えて管理栄養士の資格も調理師免許も取得している。加えて今は輸入品もスーパーで購入できる時代だ。もちろん手軽に買えるものではないので他国の料理であっても日本の食品で代用し、各家庭固有の味になっていることも多い。しかしやってみなければ始まらない。
まずは灰谷兄弟のツテで、子供のルーツである国の料理を扱った飲食店の店主を紹介してもらう。子ども好きだという店主は己の出身地方のものではあるが。と前置きした上で、複数のレシピを教えてくれた。そしてその足で輸入品スーパーへ向かった鶴蝶は、食材を購入して帰路につくと、早速料理を作り始めた。その日は休日だったので、調理する時間は十分にあったのだ。一通りのレシピを試し終えた鶴蝶は、テーブルの上で湯気を立てる料理を見てハッとした。
繰り返すが、TENJIKUには日本国内で活動する部署と国外で活動する部署がある。鶴蝶と同居するイザナは後者の仕事で一ヶ月ほど海外におり、武藤もイザナと一緒に出張中だ。ならば望月と斑目はといえば、彼らは彼らで今日は孤児院に泊まることになっていた。差し入れを。とも思ったが、子供の頃から付き合いのある者たちならともかく、他のスタッフに作り慣れていない料理を食べさせるのも気が引けた。
つまりはあれやこれやと作った料理を消費する術がない。
そこで困り果てた鶴蝶が頼ったのが武道だ。
「呼んでおいてなんだが、食べられそうなものはあるか?」
「全部大丈夫だと思う。撮影で行ったことのある国のだし」
こちらも仕事の都合で他国の料理を食べ慣れていた武道は、鶴蝶にとって都合が良かった。
思ったよりも箸は進み、これなら子供でも食べやすいんじゃないか? こっちは美味しいけどちょっと辛いから大人向けじゃない? ビール飲むか? ありがたく頂戴します。ポン酒もあるぞ。などと料理についての会話も弾む。ついでにお互いの近況や中身があるとは言いがたいくだらない話にも花が咲き、結局料理は日持ちしそうなものを残して完食した。
後日、孤児院の子供にもそれらの料理を振る舞った鶴蝶は一定の効果を見出し、以来定期的に子供達のルーツの料理を作るようになった。
そして試作はもっぱらそれはイザナ不在の際に行われ、そしてもてなされるのは武道だ。
「今更だけど、オレばっか食べてて大丈夫?」
冷えた缶ビールのプルタブを引いて武道が言った。
「なんかいっつもイザナくんがいない時に呼ばれてる気がするんだけど」
いただきます。と缶ビールを差し出した武道に、己のそれを小さくぶつけ、鶴蝶は苦笑した。
「イザナはあんま食べないからな」
「元から食細かったもんね」
「TENJIKUの連中は施設で食べるし、エマちゃんはドラケンに悪いだろ」
天竺が東京卍會に吸収された後、イザナと鶴蝶、そして佐野家の交流が少しずつだが始まった。イザナと万次郎がその内心を否が応でも晒さねばならなくなったことや、真一郎がイザナに詫びたこと、そして抗争で怪我を負ったイザナと鶴蝶を佐野家が面倒を見たことなど、複数の要因が重なったが故に近付いた距離だった。特に同い年であることや、佐野家で料理を担当するエマと、料理を趣味とする鶴蝶は話があい、イザナや他の家族抜きでも会っていると聞く。
鶴蝶の言葉に武道は揚げ鶏を己の皿に移して首を傾げた。
「二人とも呼べば良いんじゃない?」
「そしたらマイキーがついてくるだろ」
「なんで?」
純粋な疑問であった。エマはすでに佐野家を出て、己の伴侶と二人暮らしだ。もちろんマイキーこと兄である万次郎との仲は良好であるし、彼女の伴侶である堅もマイキーとは仕事のパートナーとして信頼しあっている。だが四六時中一緒にいるわけではない。
「後で話聞いて拗ねるんだとよ。それで走りに影響出ても困るからって」
「わがまますぎない? いや知ってたけど」
「まあオレとしては賑やかな方が楽しいし、エマちゃんも色々持ってきてくれるから気にはならないんだが……イザナがな」
鶴蝶がため息を吐く。
「マイキーだけはこの家に上げんの嫌がるんだよ。向こうの家に自分が行くのは良いくせに、だ」
それを聞いて、武道が呆れたように呟いた。
「縄張り争いじゃん……」
「まあ似たようなことしてたからな」
言われてみればその通りだ。しかし東京卍會初代総長代理であった武道が許されていることを思うと、単純にイザナの気持ちの問題なのだろう。仲が良いとは言い難いが、仲が悪いとも言い難い二人の姿を思い出す。
「喧嘩するほどって言うからね」
「だなあ」
しみじみと呟きながら、武道は己の前に置かれたどんぶりに箸を伸ばす。少し太めの麺は弾力があり、味の濃いスープと良くあった。
「これおいしい」
「本当か? 子供向けに香辛料は控えめにしてみたんだが」
「良いと思う。でも香菜に癖あるかも」
「なしとありで二種類作るか」
「大変じゃない?」
「他のスタッフもいるから大丈夫だ」
鶴蝶は一度目の試みの後、継続的なイベントして行えるよう、しっかりと企画書を作り会議を通した上で予算と人員の確保をしてもらっている。むろん孤児院の食事は栄養や食べやすさ、食中毒の予防やアレルギー等、様々なことを考えられているので、スタッフには負担を強いることになる。そのためボーナスでの還元と休暇の融通がより効くようにすることを約束した。
なので、本当はこの試作は鶴蝶がしなくとも良いことだった。レシピの中には量を作るには不向きなものもあるし、香辛料の関係で子供には向かないものもある。それでも新しいレシピを見ると、鶴蝶は作りたくなってしまう。子供の頃、好奇心が疼くとヤクザの事務所であっても喧嘩を売りに行っていたが、大人になってからは我慢の効かなさがもう一つの趣味である料理に向いた。
▲たたむ
これはオメガバに挑戦しようと思ったが、まとまりがなくなったので途中で書くのをやめたイザカク
色んな細かな部分に対してフォローを入れつつ当時の空気感を考えながら書くのが面倒になったとも言う。
#イザカク
「なんで止めたの?」
血の繋がらぬ妹の声に、イザナは視線だけを動かしてエマを見た。彼女は己に与えられた部屋の隅っこで、膝を抱えて座っている。着ているのは襟ぐりの伸びた万次郎のTシャツに、真一郎のジャージ。普段の彼女ならば選ばないような服装だが、イザナは何も思わない。
「なんでも何も、あの状況で止める以外の選択肢があるってのか?」
携帯電話に視線を戻し、イザナは言った。ちょうど鶴蝶からのメールが滑り込んでくる。開かないまま放置された万次郎や武藤のメールはそのままに、己の下僕のメールを開く。鶴蝶のメールには薬を買ったという報告とともに、エマを気遣う拙い言葉が書かれていた。イザナはそれを読んでようやく、エマにとっても己にとっても危ない状況だったのだと実感した。
オメガという性別がある。
一般的な男女とは別に人間が持つ性別のひとつであり、対のように扱われるアルファと共に繁殖に特化した性別だ。発情期となると己の意思とは関係なく、他人の性欲を刺激するフェロモンを出し、繁殖可能なアルファを誘惑する。
オメガであるエマが初めての発情期を、よりにもよって彼女の恋する相手である龍宮寺の前で迎えたのは1時間ほど前のことだ。イザナが龍宮寺を止めなければ暴走した彼にエマが犯されていただろう。
「でも」
だのにエマは、でも。と告げる。続く言葉が『あり得なかった』からこその甘えだと、彼女もわかっているだろうに。
「ケンちゃんに、噛んでもらえたかもしれないのに」
イザナは思わず舌打ちをした。エマが言っているのは番契約のことだ。アルファとオメガだけが結ぶことのできる、繁殖相手をただ一人に決める契約。アルファがオメガの頸を噛むことで成立し、噛まれたオメガに身体的な変化すら促すもの。アルファとオメガだけが結べるという希少性と、頸を噛むというインパクト故にか番契約に関するさまざまな恋愛譚が古今東西で作られてきた。しかしこうなると悪影響の方が大きい。
「オマエはオレらに自分達のセックス見せるつもりだったのかよ」
「さっ……!」
その言葉に、エマが絶句した。
「最悪! セックスじゃないでしょ!」
「同じようなもんだろ」
苛立ちを隠さずにイザナは言った。吐き捨てるような口調になったのは仕方がない。中学生が番契約に夢を見ることは勝手だが、その幼さを柔く包んで諭してやるほどイザナは大人になりきれない。幼い頃兄妹として育ったとはいえ、再開して3ヶ月しか経っていないならなおさらだ。
こんなことならエマとの約束などすっぽかしてしまえばよかった。そんなことすら思ってしまう。そもそも再会を望んだのはエマであって、イザナではない。
天竺が東京卍會に吸収された後、少しずつ佐野家とイザナの交流は始まった。イザナと万次郎がその内心を否が応でも晒さねばならなくなったことや、真一郎がイザナに詫びたこと、そして抗争で怪我を負ったイザナと鶴蝶を佐野家が面倒を見たことなど、複数の要因が重なって始まったことだった。
とはいえ何もかもが最初からうまく進んだわけではない。イザナはもちろん抵抗したし、鶴蝶は金銭的な面で他人に頼るのを嫌がった。万作が時間をかけて2人と話し合うことでどうにか着地点は見つけられたものの、次はイザナとエマの交流に、万次郎と彼の友人である花垣が懸念を示した。要領を得ない彼らの言い分をまとめると、イザナとエマが仲良くなるのは良いと思うが心配が勝つ。ということだ。黒川カレンのことがあるのでイザナはそれを当然と考えた。だから会わずにいようと思ったのだが、エマが反発した。
約束したのに。というのがエマの言い分だ。
約束したのに。迎えにきてくれるって。
——約束だ。エマ。
幼き日の約束を、イザナも忘れてはいなかった。
イザナにとって、約束は人生の核を成すものだ。
人を欺くことも嘘を吐くこともとっくの昔に知ったのに、約束だけは無碍に出来ない。
加えてイザナを放置したかつての真一郎と同類になるのも業腹だった。であれはイザナはエマに会うしかない。
1度目の邂逅は数ヶ月前、抗争で怪我をしたイザナの病室に、エマと真一郎が見舞いにきたことで実現した。次はその1週間後、退院祝いだと万作が財布を出し、佐野家の者たちとファミレスで食事をした。慣れてしまえば3度4度と交流は続き、両手で足りなくなるほどの回数となった今日は、勝手に付いてきたという万次郎と、イザナが連れてきた鶴蝶と一緒にちょっとした買い物に出かけたのだ。途中から龍宮寺が合流したのは万次郎がいつのまにか呼んでいたからである。
その方が楽しいだろ。とは万次郎の言で、ドラケンが来るならもっと服に気合い入れたのに! とはエマの言だ。万次郎としてはイザナが鶴蝶を連れてきたのでエマにも龍宮寺を連れてきてやろうという善意だったようだが、大きなお世話である。
エマの発情期に当てられた龍宮寺を止めるために、イザナがひと暴れしなくてはならなくなったのならば尚更だ。
——妙に腹が減って落ち着かねえ。
龍宮寺がそう告げたのは、複合商業施設から出てすぐのことだった。彼は言葉通り落ち着かなさげに口周りを撫でていた。その様子に、ちょっと早いけどファミレスでも入る? とエマが聞く。けれど龍宮寺の答えははっきりしない。
「イザナ」
目を泳がせる龍宮寺を見て、イザナの名を呼んだのは鶴蝶だった。名を呼ばれて初めて、イザナは己もどこかぼんやりとしていたのに気が付いた。手で鼻を押さえたのは無意識だ。意識して辺りを見回せば、通行人のうちの何人かがこちらを——正確にはエマを——チラチラと見ている。
舌打ちがこぼれた。
「おい」
イザナが万次郎を呼ぶ。なに? とどこか幼い仕草で首を傾げた万次郎は、常と変わらない。イザナはそこでようやく、オメガのフェロモンは血の繋がった者に効きづらいことを思い出す。
イザナは言った。
「オマエ、エマ連れて帰れ」
「は?」
「イザナ」
万次郎の機嫌が一気に悪くなり、鶴蝶が眉を顰めた。
「他に言い方あるだろ」
「こんなとこで白昼堂々する話かよ。良いから早く帰れ。後で教える」
下僕が。との言葉は省いた。言わずとも鶴蝶ならば伝わるからだ。
万次郎はますます不機嫌になった。
「それでオレが納得すると思ってんの?」
「オマエが納得するかどうかは関係ないんだワ」
ひとつ鼻を鳴らしてイザナは続けた。
「いいから、」
とっととエマ連れて帰れ。
繰り返すはずだった言葉は音にならなかった。
「ケンチン?」
エマの不思議そうな声がした。ハッとして振り向けば、そこには顔を押さえてしゃがみ込む龍宮寺と、龍宮寺に手を伸ばすエマがいた。
「どうかした? 具合悪い?」
白く細い指先が龍宮寺に触れ、その刺激にか龍宮寺がエマを見る。そして彼の手がエマに伸ばされた、瞬間。
考えるより先にイザナの身体が動いた。
「え?」
「イザナ!」
ぐん。とエマの身体が傾いだ。同時にイザナの脚が地面を蹴る。龍宮寺の怪我など構っていられない。
衝撃。ついで鈍い音。
イザナが龍宮寺の頬に膝を叩き込んだのだ。龍宮寺の上体が地面に倒れ、彼に手を握られていたエマは、すんでのところで鶴蝶が受け止めた。
急な揉め事に周囲に動揺が広がった。
「ずらかんぞ」
起き上がった鶴蝶に耳打ちし、答えを待たずに走り出す。
「イザナ! 待ってくれ!」
「え、ちょっと! ケンちゃん!」
エマが叫ぶが、彼女を抱き上げて鶴蝶が走り出す。
そしてぽかんとした万次郎と地面に倒れた龍宮寺を置いたまま、三人は駅まで走り、佐野家に戻ってきたのだった。
思い出すだけで疲れるな。とイザナはひとつ息を吐いた。加えて佐野家に戻ってから、家にいた真一郎を外へ叩き出すのもイザナの仕事だった。エマへの説明は鶴蝶がした。鶴蝶は少し前にオメガであると診断され、初めての発情期もすでに迎えている。
「発情期って、こんな急に?」
エマは信じられないようだった。イザナは二人の話を、常用しているものとは別の抑制剤を飲みながら聞いた。
エマの言葉に鶴蝶が首を捻る。
「うっすらフェロモン出てたし、ドラケンとイザナが反応してたから急ではないと思うけど……。朝、身体だるかったりしなかったのか?」
「あ……」
その言葉にエマが顔色を変えた。
「ちょっと変だなと思ったけど、熱なかったから……。嘘、抑制剤もなにもない」
ようやく己にも発情期がきた実感が出てきたのか、エマは急に慌て出し薬のことなどを心配しだした。とりあえずは。と、鶴蝶が己の予備の抑制剤を飲ませたが、1回分しかない。仕方なく、イザナは鶴蝶に追加の薬や他に必要と思われるものを買いに行かせた。イザナが付いていかなかったのはイザナがアルファだからだ。アルファと共に発情期の抑制剤を買いに来たオメガは好奇の目に晒されやすい。
ましてや初めての出来事でエマが不安になっているのは明らかで、普段なら下僕の言葉など聞かないイザナも、どうしてか今日ばかりは、一緒にいてあげた方が良いだろ。という鶴蝶の言葉に逆らう気が起きなかった。
とはいえイザナはそこまで面倒見が良いわけではないので、今の沈黙につながっている。
やはり真一郎を呼び戻して病院へ連れて行かせれば良かった。とイザナは息を吐いた。自分よりも動揺しそうなので万作が帰ってくるまで待つ。と彼女が嫌がったのだが、行けと言い張れば従っただろう。発情期の厄介さとオメガにとってのアルファの危険性を今日で十分知ったはずだ。
今からでも呼び戻すか。
「セックスじゃないもん」
「ニィ、それって」
エマはハッとしたように口を開いた。
「実体験?」
拳骨が落ちた。▲たたむ
色んな細かな部分に対してフォローを入れつつ当時の空気感を考えながら書くのが面倒になったとも言う。
#イザカク
「なんで止めたの?」
血の繋がらぬ妹の声に、イザナは視線だけを動かしてエマを見た。彼女は己に与えられた部屋の隅っこで、膝を抱えて座っている。着ているのは襟ぐりの伸びた万次郎のTシャツに、真一郎のジャージ。普段の彼女ならば選ばないような服装だが、イザナは何も思わない。
「なんでも何も、あの状況で止める以外の選択肢があるってのか?」
携帯電話に視線を戻し、イザナは言った。ちょうど鶴蝶からのメールが滑り込んでくる。開かないまま放置された万次郎や武藤のメールはそのままに、己の下僕のメールを開く。鶴蝶のメールには薬を買ったという報告とともに、エマを気遣う拙い言葉が書かれていた。イザナはそれを読んでようやく、エマにとっても己にとっても危ない状況だったのだと実感した。
オメガという性別がある。
一般的な男女とは別に人間が持つ性別のひとつであり、対のように扱われるアルファと共に繁殖に特化した性別だ。発情期となると己の意思とは関係なく、他人の性欲を刺激するフェロモンを出し、繁殖可能なアルファを誘惑する。
オメガであるエマが初めての発情期を、よりにもよって彼女の恋する相手である龍宮寺の前で迎えたのは1時間ほど前のことだ。イザナが龍宮寺を止めなければ暴走した彼にエマが犯されていただろう。
「でも」
だのにエマは、でも。と告げる。続く言葉が『あり得なかった』からこその甘えだと、彼女もわかっているだろうに。
「ケンちゃんに、噛んでもらえたかもしれないのに」
イザナは思わず舌打ちをした。エマが言っているのは番契約のことだ。アルファとオメガだけが結ぶことのできる、繁殖相手をただ一人に決める契約。アルファがオメガの頸を噛むことで成立し、噛まれたオメガに身体的な変化すら促すもの。アルファとオメガだけが結べるという希少性と、頸を噛むというインパクト故にか番契約に関するさまざまな恋愛譚が古今東西で作られてきた。しかしこうなると悪影響の方が大きい。
「オマエはオレらに自分達のセックス見せるつもりだったのかよ」
「さっ……!」
その言葉に、エマが絶句した。
「最悪! セックスじゃないでしょ!」
「同じようなもんだろ」
苛立ちを隠さずにイザナは言った。吐き捨てるような口調になったのは仕方がない。中学生が番契約に夢を見ることは勝手だが、その幼さを柔く包んで諭してやるほどイザナは大人になりきれない。幼い頃兄妹として育ったとはいえ、再開して3ヶ月しか経っていないならなおさらだ。
こんなことならエマとの約束などすっぽかしてしまえばよかった。そんなことすら思ってしまう。そもそも再会を望んだのはエマであって、イザナではない。
天竺が東京卍會に吸収された後、少しずつ佐野家とイザナの交流は始まった。イザナと万次郎がその内心を否が応でも晒さねばならなくなったことや、真一郎がイザナに詫びたこと、そして抗争で怪我を負ったイザナと鶴蝶を佐野家が面倒を見たことなど、複数の要因が重なって始まったことだった。
とはいえ何もかもが最初からうまく進んだわけではない。イザナはもちろん抵抗したし、鶴蝶は金銭的な面で他人に頼るのを嫌がった。万作が時間をかけて2人と話し合うことでどうにか着地点は見つけられたものの、次はイザナとエマの交流に、万次郎と彼の友人である花垣が懸念を示した。要領を得ない彼らの言い分をまとめると、イザナとエマが仲良くなるのは良いと思うが心配が勝つ。ということだ。黒川カレンのことがあるのでイザナはそれを当然と考えた。だから会わずにいようと思ったのだが、エマが反発した。
約束したのに。というのがエマの言い分だ。
約束したのに。迎えにきてくれるって。
——約束だ。エマ。
幼き日の約束を、イザナも忘れてはいなかった。
イザナにとって、約束は人生の核を成すものだ。
人を欺くことも嘘を吐くこともとっくの昔に知ったのに、約束だけは無碍に出来ない。
加えてイザナを放置したかつての真一郎と同類になるのも業腹だった。であれはイザナはエマに会うしかない。
1度目の邂逅は数ヶ月前、抗争で怪我をしたイザナの病室に、エマと真一郎が見舞いにきたことで実現した。次はその1週間後、退院祝いだと万作が財布を出し、佐野家の者たちとファミレスで食事をした。慣れてしまえば3度4度と交流は続き、両手で足りなくなるほどの回数となった今日は、勝手に付いてきたという万次郎と、イザナが連れてきた鶴蝶と一緒にちょっとした買い物に出かけたのだ。途中から龍宮寺が合流したのは万次郎がいつのまにか呼んでいたからである。
その方が楽しいだろ。とは万次郎の言で、ドラケンが来るならもっと服に気合い入れたのに! とはエマの言だ。万次郎としてはイザナが鶴蝶を連れてきたのでエマにも龍宮寺を連れてきてやろうという善意だったようだが、大きなお世話である。
エマの発情期に当てられた龍宮寺を止めるために、イザナがひと暴れしなくてはならなくなったのならば尚更だ。
——妙に腹が減って落ち着かねえ。
龍宮寺がそう告げたのは、複合商業施設から出てすぐのことだった。彼は言葉通り落ち着かなさげに口周りを撫でていた。その様子に、ちょっと早いけどファミレスでも入る? とエマが聞く。けれど龍宮寺の答えははっきりしない。
「イザナ」
目を泳がせる龍宮寺を見て、イザナの名を呼んだのは鶴蝶だった。名を呼ばれて初めて、イザナは己もどこかぼんやりとしていたのに気が付いた。手で鼻を押さえたのは無意識だ。意識して辺りを見回せば、通行人のうちの何人かがこちらを——正確にはエマを——チラチラと見ている。
舌打ちがこぼれた。
「おい」
イザナが万次郎を呼ぶ。なに? とどこか幼い仕草で首を傾げた万次郎は、常と変わらない。イザナはそこでようやく、オメガのフェロモンは血の繋がった者に効きづらいことを思い出す。
イザナは言った。
「オマエ、エマ連れて帰れ」
「は?」
「イザナ」
万次郎の機嫌が一気に悪くなり、鶴蝶が眉を顰めた。
「他に言い方あるだろ」
「こんなとこで白昼堂々する話かよ。良いから早く帰れ。後で教える」
下僕が。との言葉は省いた。言わずとも鶴蝶ならば伝わるからだ。
万次郎はますます不機嫌になった。
「それでオレが納得すると思ってんの?」
「オマエが納得するかどうかは関係ないんだワ」
ひとつ鼻を鳴らしてイザナは続けた。
「いいから、」
とっととエマ連れて帰れ。
繰り返すはずだった言葉は音にならなかった。
「ケンチン?」
エマの不思議そうな声がした。ハッとして振り向けば、そこには顔を押さえてしゃがみ込む龍宮寺と、龍宮寺に手を伸ばすエマがいた。
「どうかした? 具合悪い?」
白く細い指先が龍宮寺に触れ、その刺激にか龍宮寺がエマを見る。そして彼の手がエマに伸ばされた、瞬間。
考えるより先にイザナの身体が動いた。
「え?」
「イザナ!」
ぐん。とエマの身体が傾いだ。同時にイザナの脚が地面を蹴る。龍宮寺の怪我など構っていられない。
衝撃。ついで鈍い音。
イザナが龍宮寺の頬に膝を叩き込んだのだ。龍宮寺の上体が地面に倒れ、彼に手を握られていたエマは、すんでのところで鶴蝶が受け止めた。
急な揉め事に周囲に動揺が広がった。
「ずらかんぞ」
起き上がった鶴蝶に耳打ちし、答えを待たずに走り出す。
「イザナ! 待ってくれ!」
「え、ちょっと! ケンちゃん!」
エマが叫ぶが、彼女を抱き上げて鶴蝶が走り出す。
そしてぽかんとした万次郎と地面に倒れた龍宮寺を置いたまま、三人は駅まで走り、佐野家に戻ってきたのだった。
思い出すだけで疲れるな。とイザナはひとつ息を吐いた。加えて佐野家に戻ってから、家にいた真一郎を外へ叩き出すのもイザナの仕事だった。エマへの説明は鶴蝶がした。鶴蝶は少し前にオメガであると診断され、初めての発情期もすでに迎えている。
「発情期って、こんな急に?」
エマは信じられないようだった。イザナは二人の話を、常用しているものとは別の抑制剤を飲みながら聞いた。
エマの言葉に鶴蝶が首を捻る。
「うっすらフェロモン出てたし、ドラケンとイザナが反応してたから急ではないと思うけど……。朝、身体だるかったりしなかったのか?」
「あ……」
その言葉にエマが顔色を変えた。
「ちょっと変だなと思ったけど、熱なかったから……。嘘、抑制剤もなにもない」
ようやく己にも発情期がきた実感が出てきたのか、エマは急に慌て出し薬のことなどを心配しだした。とりあえずは。と、鶴蝶が己の予備の抑制剤を飲ませたが、1回分しかない。仕方なく、イザナは鶴蝶に追加の薬や他に必要と思われるものを買いに行かせた。イザナが付いていかなかったのはイザナがアルファだからだ。アルファと共に発情期の抑制剤を買いに来たオメガは好奇の目に晒されやすい。
ましてや初めての出来事でエマが不安になっているのは明らかで、普段なら下僕の言葉など聞かないイザナも、どうしてか今日ばかりは、一緒にいてあげた方が良いだろ。という鶴蝶の言葉に逆らう気が起きなかった。
とはいえイザナはそこまで面倒見が良いわけではないので、今の沈黙につながっている。
やはり真一郎を呼び戻して病院へ連れて行かせれば良かった。とイザナは息を吐いた。自分よりも動揺しそうなので万作が帰ってくるまで待つ。と彼女が嫌がったのだが、行けと言い張れば従っただろう。発情期の厄介さとオメガにとってのアルファの危険性を今日で十分知ったはずだ。
今からでも呼び戻すか。
「セックスじゃないもん」
「ニィ、それって」
エマはハッとしたように口を開いた。
「実体験?」
拳骨が落ちた。▲たたむ
#イザカク
大人イザナと過去からきた子供鶴蝶がセックスしないと出られない部屋に閉じ込められたとして、イザナが勃つかは別だよな。みたいなネタはある。
奉仕させる方で10年以上経ってるから鶴蝶のテクニックも上がっており成長もしているので、普通にガキだし下手だし……。になってチェンジできねえかな……。みたいな感じになる。
特に見た目が幼いのがめちゃくちゃ萎え要素だと良いな。反応も幼いので、一挙一動にヤリづらい。になる。まあセックスの定義なんて曖昧なので、一発ヌいて終わるんだが。
東リベの軸って結局色んな可能性があってその可能性次第で今とは全然考え方も行動も違うし別人のような存在にもなる。ってことなので、いきなり大人のイザナが現れても10年分の可能性が見えなければ戸惑うし繋がりが見えなくて、同一人物であると理解はしても、拒否感や疑念が消えることはないんだろうな。とは思う。
人によって見せる姿は違うからそうした意味でも。
で、基本的に大人のイザナは鶴蝶にビクつかれたことなんてないし拒否もあんまりされなかったから(イザナもあんまり特殊プレイに興味がないというよりなんでそこまでしてやらなきゃならんのだという感じ)そういった意味で萎えまくる。
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