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#アガガプ

ヒロゴエ
生活



 吾妻がビーズクッションの手入れをしている。彼の背丈より大きなものだ。元はリモートワーク中の休憩用に買ったものだが、仕事部屋だと寝過ぎてしまうからと今はリビングに置いている。
 賀風は時折手伝いながら吾妻の姿を見ている。寝具の扱いは吾妻の方が慣れているので、請われた時以外は手を出さない。
 吾妻の手は滞りなく動く。カバーを外して洗濯をし、中のビーズを詰め直す。カバーは洗い替え用のものも白色だ。
 賀風がおやつの準備を終えてしばらく経ってから手入れが終わる。賀風はお茶と茶菓子をお盆に乗せて吾妻に声をかけた。今日のおやつは豆大福だ。
 お疲れ様でござる。と言えば、吾妻はうん。と頷き、寝てみる? と言った。
「いいのでござるか?」
「いいよ。いつも俺が使ってるし」
 それなら、と賀風はお盆を置いてピカピカに手入れされたクッションの上に寝転がった。身体が沈んでいく。ふふ。と笑う。シーツからはほんのりと石鹸の匂いがした。
「どう?」
「最高でござる」
 賀風が親指を立てれば吾妻は笑った。満足そうに笑った。


▲たたむ

#アガガプ

続きです。前回読まんとわけわかんないと思う。



 珍しい気配に目が覚めた。アガレスは唸りを上げて体を起こす。ぼやけた視界の中でシショーが気遣わしげにアガレスを伺っていた。それに小さく大丈夫と告げて伸びをする。悪魔学校を卒業して七年、戦場で働き始めて五年。この生活にもすっかり慣れたが、家系的に他悪魔より多く必要となる眠りが満たされることは稀だった。
 二回のノックにどうぞと返す。出迎えることはしなかった。中立地帯にアガレスの家系魔術で作られた仮設住宅の中だ。アガレス自身が鍵をかける必要はなく、他悪魔もそのことは知っている。
「失礼します」
 扉を開けたのは一昨年悪魔学校を卒業し、今年戦場に派遣されたばかりの悪魔だった。わずかに緊張した面持ちの後ろに、緊張のかけらもない、しかし堂々とした立ち姿の悪魔がいる。
「久しぶりだな」
 お客様です。という言葉を遮って、客魔であるサブノックが告げた。それにひとつ息を吐きながら、久しぶり。とアガレスは応えた。己の眉間に皺が寄っているのは分かっていた。元問題児クラスの面々と会えることに悪い気はしないが、普段戦場にいない悪魔がわざわざアガレスを訪ねて来たのだ。用件は仕事か厄介ごとかのどちらかと考えるのが妥当だろう。
 とりあえず。とサブノックを連れてきた悪魔を持ち場に戻らせた。後輩の気配が遠ざかったところで、アガレスはサブノックを見上げた。アガレスも学生時代と比べれば随分と身長が伸びたが、それは相手も同じことだ。シショーの上に寝そべっていれば、尚更首が痛くなる。幼さが消え、経験と共に皺を刻んだサブノックの顔に、まだ新しい傷があった。戦場か、あるいは魔王候補の周りで相変わらずの厄介ごとが起きているのか。そう考えながら、用件は? と聞けば、サブノックはウム。と頷き口を開いた。
「顔を見に来た」
「……はあ?」
「だから、顔を見に来たのだ」
 あっけらかんと答えたサブノックに、アガレスは二の句が告げなかった。なにせここは戦場だ。中立地帯とはいえアガレスが常駐する場所は交戦区域に近く、風に乗って叫び声や魔術の爆発音が聞こえることもしばしばあった。
 決して、近くまで来たからついでにと寄れるような場所ではない。
「本気で言ってる?」
「嘘を吐いても仕方なかろう」
 腕を組んで胸を張り、なぜそんなことを聞かれるのか分からない。と全身で表現しながらサブノックが鼻を鳴らす。これが他の悪魔であったなら、アガレスも怪訝な視線を返しただろう。しかしサブノックは悪魔学校で問題児クラスを共に卒業した級友だ。お互いの性格など三年の間に知り尽くし、元祖返りでもしない限り揺らがない核があることをわかっている。
 だが納得がはいかない。
 そんなアガレスの内心を読んだように、戦場に来たのは別件だ。とサブノックが告げた。
「先月ドロドロ兄弟が功を焦ってヘマをしただろう。運よく所属部隊の部隊長に回収されはしたものの、その後始末が必要でな」
「ああ、アレね……」
 その話には覚えがあった。ドロドロ兄弟が大怪我をして野戦病院に運び込まれたと聞いている。病院スタッフも驚くスピードで快方に向かっているらしいが、二人は名の知れた傭兵で、戦場の士気にも関わってくる存在だ。その情報は他の患者の精神状態をも左右する。なるべく秘匿したかったが、悪魔の口に戸はたてられず、おかげで何名か悪周期を心配する患者も出てきていた。
 そこまで考えて思い至った。
「もしかして、患者の悪周期対応してくれんの?」
「ヌシ、連絡通信を読んどらんな?」
「病院の方は管轄外だって……」
 アガレスは頭を掻いた。常に物資が足りておらず、魔獣の手も借りたい戦場だが、そこで動く悪魔の役割は決まっている。アガレスの主な仕事は戦火に追われた民間悪魔の保護だ。とはいえ悪周期となればアガレスも動かざるを得ないので、伝達ミスの可能性もある。
「民間、兵士の悪周期を問わず、ヌシの家系能力で悪周期用の個室を作ってやっていると聞いたが」
「そ。ただ寝泊まりしてもらうかは悪魔による。イルマくんみたいに他のやつと一緒にいたがる悪魔もいるし、子供の場合は親か、他の大人達複数人と一緒に様子を診るのが基本。悪周期中も全員にメンタルケアと食事や水の供給は必要だし、暴れて万が一怪我したり傷口が開いたりしたら処置が必要」
 悪周期の主な原因はストレスだ。戦場はそれ自体がストレスとなる。この場所で悪周期は並の努力で防ぎきれるものではなく、悪周期中の破壊衝動がさらなるストレスを生むこともあり、対処は慎重にせざるを得ない。多くの悪魔が戦場を離れた後も、ここでの体験を抱え込むことになるので尚更だ。
「ならば他の悪魔との情報の共有と協力体制の確保は早めに必要だな」
 サブノックは顎を撫でた。
「こちらも仕事であるので遠慮せず己を使ってくれて良い。荒事になったとしても己の家系魔術ならば受け止められる。たとえドロドロ兄弟が悪周期となったとしても問題はないだろう。あの二人のことは家系魔術含めある程度理解している」
「そういや仲良かったね」
「収穫祭で縁があっただけだ」
 鼻を鳴らすサブノックに、アガレスは首を傾げた。
「その後もちょくちょく交流してたって聞いてるけど」
「それは戦場の話を聞いていたからだ」
 バツが悪そうにサブノックが頭を掻いた。
「歴代魔王の逸話には戦場に関わるものが数多い。己は文字の上の戦場ならば知っていたが、実際の空気感などは知らなかったのでな」
「そんなの」
 その言葉に、呆れたように、あるいは皮肉るようにアガレスが口を歪めた。
「全然役に立たなかったでしょ」
 吐き捨てるような言葉だった。
 サブノックが鷹揚に頷いた。
「そうだな」
 そう思っていた。とサブノックは続けた。
 ━━魔王の逸話。
 後世に残るもの。
 物語の中の戦場にあるのは魔王を中心とした華々しい姿であり、決してドロドロ兄弟が歩んできたような、あるいは今、アガレスとサブノックが立っているような場所の記述はない。
 痛みを知ったとして、それは治ってしまうものだ。
「だが『語られない』ということから知ったものもある」
 魔王を夢見て魔王を追い続ける悪魔は、はっきりと言った。
「この場所での悪周期の対応もその一つだ」
 その言葉に、アガレスは顔を顰めた。
「どういうこと?」
「今まで蓋をしていたものに目を向ける覚悟が出来たということだ」
 ひとつ息を吐き、サブノックは言った。
「停戦に関しては相変わらず意見が割れており、己の力不足にも他の連中にも腹が立つことこの上ないが、戦場の扱いに関してある程度方向性を変えることに成功した。これは後で他のスタッフ達にも共有するが、戦場での悪周期の経験と元祖返りにある程度の相関が見えてきている。今まで現地スタッフのみで共有され対処されていたことを、次は魔界をあげて対処すると十三冠並びに魔王候補達の集いにて決定した」
 アガレスは思わず息を飲んだ。そして、だからか。とも納得する。ドロドロ兄弟のことを抜きにしても、今の魔界でバラム・シチロウの次に悪周期について詳しいのがこの悪魔だろう。戦闘力や対応力だけでなく、魔王についての独自研究から分かるように調査においても頭ひとつ抜けた働きを期待できる。戦場に送り出すならばこれ以上の適任はない。
「……誰が言い出しっぺ?」
「魔王候補の中の誰かと言っておこう」
「それもう答えじゃん」
 シショーの上に寝そべってアガレスがため息を吐いた。
「まあ十三冠のお歴々が対応に苦慮してんのは自業自得として、俺らは元祖返りに痛い目遭わされてるし、何よりここの被害考えたら遅いとしか言えないんだけど」
「それに関しての言い訳はない。これからの対応で挽回する」
「挽回できないこともあるって心に刻んどいてよ」
「承知した。……で、だ」
「ん?」
 重々しく頷いたサブノックがアガレスの顔を覗き込む。その視線の鋭さにわずかに身じろぎをする。
「まずはヌシだ」
「何が?」
「何がではないぞ! 悪周期への対応だ」
「はあ?」
 アガレスは思わず呆けた声を出した。聞き間違いかとも思ったが、サブノックの視線は真っ直ぐにアガレスを射抜いている。
「いや、なんで俺」
「戦場での悪周期と言っただろう。そこには当然現地スタッフも入る」
 特に。と指を差されてアガレスは開いた口を閉じた。
「ヌシのような無理をする者はな」
「無理なんか、」
「しているだろう」
 言い切られて、アガレスは何も言えなかった。戦場で暮らして何年目だ。と言われればぐうの音も出なかった。自分でもわかっている。けれど帰ることは躊躇われた。アガレスの家系魔術は汎用がきき戦場で頼られることも多かった。
 そして何より。
 と、浮かんだ顔を、アガレスは首を振って打ち消した。シショーがアガレスを見上げる気配がしたが、そちらを見ることはしなかった。
 黙りこんだアガレスに、サブノックがひとつ息を吐いた。
「抑制剤の使いすぎは良くないぞ」
 その言葉に、アガレスは舌打ちを隠さなかった。
「知ってる」
「ならとりあえず手紙を書け」
「病院に?」
「違うに決まっておるだろう。ガープにだ」
「……は」
 一瞬、出て来た名前を理解できなかった。思わず背けていた顔をサブノックに向けた。聞き間違いかとも思ったが、そうではなかった。
「だから、ガープに手紙を書けと言ったのだ」
「な、んで」
「約束したと聞いている」
 誰からかは聞くまでもない。
 ガープだ。五年前、この戦場に来る前に、最後に会った悪魔。
「約束とは契約だぞ。悪魔が守るべきものだ。ストレスの原因になる」
 淡々と、噛んで含めるようにサブノックは言う。
「書くべきだ」
 アガレスはやはり顔を顰めた。
 ここ一、二年で驚くほど通信機器が発達し小型化され、戦場でも不安定ではあるがス魔ホが繋がるようになったものの、五年前は魔インでひとこと送るにも苦労する状況だったのだ。だからアガレスは旅立つ日にガープに約束した。寂しいと泣く彼の泣き声のうるささに辟易しながら、まるでおもちゃが欲しいと駄々をこねる子供をなだめるように。
「でも、別に手紙なんか送らなくても中元や歳暮は送ってるし」
「己も相伴に預かった。うまかったぞ。A5等級の魔牛のすきやきだったな。どこで頼んだんだ」
「向こうに帰る悪魔達に頼んだから知らない」
 怪我やストレスで戦場を離れていく悪魔は絶えない。アガレスは故郷に帰る彼らにいくらかの金を渡してガープに歳暮や中元を送るように頼んでいた。オトモダチという概念はまだ一般的でないので、昔、世話になった悪魔に贈るのだと言えば、彼らは快く引き受けてくれた。
「一緒に手紙を書いて渡さなかったのか?」
「しなかった」
「何故だ」
「……欲が出そうだった」
 吐き捨てるようにアガレスは言った。言いながら、縋るようにシショーを抱きしめた。
 本当は。
 本当は、手紙を送るつもりだったのだ。サブノックも言うように約束は契約だ。アガレスも守れるものなら守りたかった。けれど机に向かったは良いが、アガレスはペンを動かすことができなかった。戦場にだって花は咲くし、子供が元気になれば嬉しいのにも関わらず。
「そうか」
 サブノックはアガレスの言葉を否定しなかった。
「ならば欲以外を書けばいい」
「欲以外って」
 何を。という言葉は、アガレスの口から発せられなかった。目の前に良く知った、しかしながらこの五年、見ることのなかったものがあったからだ。
「ガープからだ」
 そこにあったのは悪魔学校に通っていた頃、ほとんど毎朝食べたもの。けれど飽きなかったもの。
「おにぎり……」
 白い皿の上に盛られた、山のようなおにぎりだった。
「いやどっから取り出した!?」
「このために発明された魔術で己に接続した空間からだ。イルマが食料用に風味を落とさず口に入る瞬間魔術が解けるよう独自開発した保全魔術もかけられているぞ」
「技術の無駄遣い!」
「無駄ではない」
 無駄ではない。と、もう一度サブノックが言った。
「ガープが、ヌシというオトモダチのために行ったことだ。無駄と言ってくれるな」
 その声が、予想外に静かでアガレスは言葉を飲み込んだ。
「本当は手紙が来ないなら逆に送ってしまおうと考えたらしいが、内容がうまくまとまらず、代わりにこれになったらしい」
 差し出されたおにぎりを見て、アガレスは一度視線を床に落とした後、もう一度サブノックを見上げた。
「食べても?」
「当然だ」
 アガレスは山の頂点からひとつ、おにぎりを取って口にした。少し硬めに炊いた米が、口の中でほどけてゆく。塩は少し物足りないくらいで、代わりに真ん中の梅干しが涙が出るほどに酸っぱい。
「うまいか?」
「いつもと一緒」
 その声が、震えていなかったと言えば嘘になる。けれどサブノックはそのことに触れずに、では己も食べても良いか。と言った。
 もちろんだった。
「他のやつも呼ぼうか。子供達にも食べさせたい」
「ああ、それが良いな」
「シショー、外に運んでくれる?」
 アガレスが頼めば、シショーは体を震わせて了解を告げた。施設の外に出て、まずは子供達を呼ぶ。サブノックの持つおにぎりに目を輝かせる子供達を見ながら、アガレスは己のおにぎりの残りを口の中に放り込んだ。
「……うま」
 アガレスの家系は睡眠を重視する。食事も起きた時に母が用意していたものを個別で取ることが多かった。誰かと一緒に食べることを重視するようになったのは、ガープと出会ってからだ。
 書けぬ手紙の代わりに中元や歳暮を送る際、洗剤とかでも良いけど、出来れば誰かと食べられるくらいの量のうまい飯を送ってやって。と告げていたのもその記憶があったからで、魔インにガープから中元や歳暮を楽しむ写真が送られるようになると、その傾向は強まった。
 アガレスはサブノックに声をかけた。
「ねえ。帰る時、ガープに送って欲しいものがあるんだけど」
 サブノックは笑って頷いた。
「承った」
「それと、ありがとう」
「ああ」
 子供達がおにぎりをひとつずつ手に取り、かぶりつく。アガレスはス魔ホでその写真を撮ると、ガープに送った。やがて魔インに既読がつく。その後送られて来るだろうメッセージを予想しながら、アガレスは全員に向けて「ありがとう」を打ち込んだ。
 びっくりするくらいに視界が晴れていた。しばらく悪周期の抑制剤は必要ないだろう。我ながら単純だと呆れるが、思えばアガレスはガープに出会ってからずっと分かりやすく単純な欲を抱いていた。ガープと出会った後、悪周期になりかけた原因を思い出す。
 アガレスは心の中で小さく笑った。帰らなければ向き合うこともないと思っていた欲だった。けれどおにぎりひとつでこのザマだ。どう足掻いても付き合っていかねばならぬのだと諦めざるをえなかった。
 おにぎりを食べた子供たちが笑う。
 アガレスは戦場に最後まで付き合うと決めている。魔王候補である友人たちの頼みとは別に、アガレス自身がそうしたいと願っている。けれど、ずっとこの場所にいなくても良いのだとは気付いていた。一度離れても戻ってこれるとわかっていた。
 であればアガレスは、ガープへの手紙に「今度は一緒に食べよう」と、そう書くことを決めていた。


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#アガガプ
未来捏造
大人になるって世知辛いけど出来ることも広がるよねって話になる予定。
続きます。

 
 アガレスが戦場に旅立ってから五年が経つ。約束した手紙は一度も届いたことがない。代わりとばかりに届くのは、歳暮や中元のたぐいであった。
 ガープ・ゴエモン様
 宛名の書き文字は毎回違った。印刷の時もある。中身はなんの変哲もない洗剤や食品で、ただ年々量が増えランクが上がっていることには気がついていた。今日届いたのは有名店の点心セットだ。ゆうに五人前はある。毎度のことなのでこの時期になると事前に冷蔵・冷凍庫をなるべく空にするよう努めているが、一人暮らし用のものであればそもそもの容量が足りなかった。満杯になった冷蔵庫の前でガープは唸った。これは早々に消費するしかないだろう。
 ス魔ホを取り出して、ガープはアガレスと共通の友人にメッセージを送る。悪魔学校を卒業して随分と経ち、交友関係も広がったが、未だに遊ぶとなると真っ先に声をかけるのは問題児クラスの面々だ。急なことであったがジャズとエリザベッタが手を上げた。時刻はちょうど逢魔が時。ガープがいつも夕飯の支度を始める時間であった。
 
 
 包子に焼売、ちまきに春巻き。蒸篭の蓋を開ければふわりと湯気が立ち昇る。半透明の餃子の皮に海老の赤や帆立の白、筍の黄色といった様々な色が透けていて、その美しさに喉がなる。はやる気持ちを抑えて三人で写真を撮った後、席について手を合わせた。
「いただきます」
 言うが早いか、ジャズの持ってきた花茶で乾杯をする。酒を開けても良かったが、エリザベッタは下戸であるし、せっかくならば飲茶として楽しみたい。
 テーブルの上にはいくつもの蒸篭と皿が並んでいる。迷っちゃうわ。というエリザベッタの言葉にジャズもガープも頷いた。どれもこれもが魅力的だ。三人共に目移りしながら最初のひとつを選び取った。
「あら、美味しい」
 翡翠色した餃子を一口食べたエリザベッタが目を輝かせた。溢れたのはおそらく彼女自身、口にする気はなかった本音である。
 ガープも小籠包のスープをはふはふと飲み込んで頷いた。
「レンジで温めても良いとは書いてあったが、蒸して正解でござったな」
「冷凍なんて信じられないわ」
「この魔イカの湯引きもすげーうまい。食べてみてよ」
「それは拙者が作ったものでござる!」
「さすがねえ」
 お喋りを楽しみながら、三人は思い思いの点心と料理に箸を伸ばす。
「そっちの蒸篭取ってもらって良い?」
「どれでござるか?」
「さっき姐さんが食べてたエビ焼売」
「拙者もひとつ貰うでござる」
 己の皿に丸い焼売をひとつ乗せ、ジャズに蒸篭を手渡した。
「そういやこの蒸篭もセットに付いてきたの?」
 ジャズの問いに、ガープは首を横に振る。
「前にイルマ殿たちと家で映画を観た時に、クララ殿が大量の肉まんと一緒に持ってきてくれたのを貰ったでござる」
「ああ、なるほどね」
 基本的に元問題児クラスが集まって、誰かの家で食べたり飲んだりする時は、各自で食料や飲料を用意する。リードやアリスなどは既製品を買ってくるが、クララは己で作った料理を持ち込むことが多かった。
 春巻きを食べたエリザベッタがほうとひとつ息を吐く。
「料理が出来るってすごいわよねえ。私はすぐに出来合いで済ませちゃうわ」
「いやいや、ちゃんと食べようと思うだけ偉いっすよ。俺なんて適当に酒で腹膨らませて、この前検診で引っかかってアルコール控えろって言われたところ」
「不安になるような生活をしないでほしいでござる……」
「まあストレスの影響も大きいんだけど」
 ガープとエリザベッタの脳裏に、ジャズの師匠である悪魔が浮かんだ。卒業後も仕事の都合で関わることが多く、アロケルと共に苦労していると聞く。
 程よく冷めたちまきを取りながら、ジャズが憂鬱そうに眉根を寄せた。
「この前も戦場で無茶したドロドロ兄弟の尻拭いをさせられそうになってさ」
 そう言って蓮の葉を開けば、緑との対比が美しい卵黄を絡めた餅米が現れる。ジャズが箸で二つに分ければころりとした肉が飛び出した。
「ま、それはイルマくんが他のやつに投げてくれたみたいだけど」
 肉と一緒に餅米を口の中に放り込めば、ジャズの眉間から皺が消えた。胃が痛くなるような記憶も目の前の食事には敵わない。
 明るくなったジャズの顔を見て、エリザベッタがくすりと笑う。
「職務外のことを依頼されても困っちゃうわよねえ」
「特に戦場のことは、関わっていないと対応が難しいでござるからな」
 花茶を己の茶器に注ぎながらガープは言った。わずかに甘さのある匂いが鼻をくすぐって、しかし後を残さず消えていく。
 ジャズがガープに目を向けた。
「アガレスとは相変わらず仕事のこと話さないの?」
 ガープは花茶を口にした。琥珀色に己の銀糸が写っている。わずかな時間を置いてゆっくりと頷いた。
「話さないでござる」
「守秘義務もあるものね」
「というよりは……」
 口ごもったガープに、箸休めに胡瓜と茗荷の甘酢を摘んでいたエリザベッタが首を傾げた。
「何かあったのかしら」
 何か。と聞かれてますますガープは返答に窮してしまった。なにせ何もないことこそが悩みであった。
 その目には色とりどり、様々な形の点心が写っている。こうして季節ごとに中元や歳暮のたぐいは届く。魔インもポツポツと既読が付く。
 しかし約束が果たされる気配は何もない。
 茶器を置き、言葉を探し、しかしながらうまい説明も思いつかず、結局ガープは最初から話すことにした。
 思い出すのは五年前。『戦場へ行く』と言ったアガレスだ。
「手紙が届かないのでござる」




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#アガガプ

死について

アガガプに関して、ギャリーのことを思うと魔界に同性婚制度ないし、繋がりもないからマジで死に目に会えないし連絡すらない。みたいな未来はあり得るんだろうなとぼんやり思う。▲たたむ

#アガガプ





 悪魔学校を卒業した後、ガープは魔界中を飛び回るようになった。アガレスと会うたびに、違う地方の土産を持ってくる。今日渡されたのは赤い花の刺繍されたハンカチだ。今度はどこに行ってたの? と聞けば、南の島でござる。と返ってくる。SNSで知り合った悪魔に会いに行ったらしい。在学中から料理が得意だったガープは、ことあるごとに料理の写真をSNSに載せていて、そこから交流を得ることも多かった。
「暑かった?」
「寒かったでござる」
 魔界は広い。所変われば気候も変わる。こちらは過ごしやすい季節だが、南は近年稀にみる寒波に襲われて、天気予報でも雪のマークが途切れることなく並んでいる。
「吹雪で一週間も出航が遅れて、危うく今日中に帰れなくなるところだったでござる」
「猛吹雪だったってニュースで言ってたけど、旅行とかぶって残念だったね」
「その分、色んな悪魔たちと話すことができて楽しかったでござる。悪魔は送れないにしろ、魔術で近隣の島や土地と荷の受け渡しは出来るようになっていたでござるから、向こうで過ごすのに支障はなかったでござるし」
 ガープの前向きさは大人になっても変わらなかった。むしろ様々な困難を悪魔学校で乗り越えたためか、めったなことでは動じない。身体を動かすこともよく知らない他者と混じって過ごすことも厭わないので、今回の旅行でも島の住人に混じって雪かきや雪下ろしをし、帰る頃にはすっかりと島に馴染んで、様々な島の名産品を送られすらしたという。
「あ、でもそのハンカチは拙者が自分で選んで買ったものでござるよ」
「知ってるよ」
 ガープはお仲間を大事にする。大事なお仲間から貰ったものを、他者に渡すはずがない。食べ物ならば味わって食べ、消耗品ならば最後まで大事に使い、置き物の類ならば己の部屋にきちんと並べ、時折手にとって眺めるのだ。お仲間はガープの野望そのものであり宝物であった。
 そしてアガレスはそんなガープのお仲間の1人であって、最初の1人でもあった。学生時代は学校で過ごす大半の時間を共に過ごしていたが、今はもうひと月に一度会うことができれば良い方だ。なにせ卒業後、魔界中を飛び回っているのはガープだけではない。家系能力の希少さと汎用性の高さによって、アガレスには在学中から多数のスカウトがあった。考え抜いた末に魔王候補であるイルマの下に就いたが、今では彼のサポートとして各地を巡らなければならなくなっている。昨日までは北の戦場にいて、燃え広がる戦火から逃れてきた悪魔を保護していた。アガレスの家系能力は仮設の住居を作ることに適しているが、悪魔が生きるためには住居のみがあっても他が足りず、いつまた戦火が広がるかわからない。それでもすべきことをするしかなく、気がつけばこの家に帰って来たのも3ヶ月ぶりのことだった。
「おかえりでござる」
 帰宅したアガレスを迎えたのがガープだった。イルマから連絡が来ていたという。アガレスはもしものことに備えてガープに家の合鍵を渡しており、好きに使っていいと伝えてあった。ガープはその合鍵を使って時々アガレスの家のメンテナンスをして、アガレスの帰宅を聞きつけると各地の土産と共に出迎える。
 アガレスは、ガープが様々な場所に様々なお仲間を増やしていて、その悪魔たちを大事に思っているのを知っていた。ガープのお仲間にはアガレスが先日保護したような戦火に追われた悪魔も、災害で家を失った悪魔も、もうこの魔界にはおらず、二度と会えない悪魔がいることも知っている。魔王候補はいても魔王不在の魔界はいまだ混沌としていて、ガープの大事なお仲間はふとした時に数を減らす。アガレスはそれを悲しいと思う。アガレスはガープのように多くを大事には思えない。けれど大事なものをなくしたくないという気持ちは知っていた。
 だから冗談でも、アガレスはガープにずっとこの家にいてくれとは言わないし、言えなかった。けれどそれを悟ったかのように、ガープはアガレスが帰宅する時、こうしてアガレスの家にいてくれる。だからアガレスはガープへ代わりの言葉を送るのだ。
「ただいま」
 アガレスの言葉に、ガープがもう一度おかえりを告げた。次にアガレスがこの家を出て行く時、ガープはいってらっしゃいを告げるのだろう。それはガープからアガレスへの信頼でもあった。魔界を飛び回るガープが、唯一信じて待つ相手がアガレスだった。だからアガレスは、次にこの家から出て行く時、ガープに貰ったハンカチを携えて、いつものように彼にいってきますを告げるだろう。
 それが2人にとっての愛だった。▲たたむ

#アガガプ #イベント
サンプル

 アガレスが戦場に旅立ってから5年が経った。約束した手紙は一度も届いたことがない。代わりとばかりに歳暮や中元の類が届く。
 ガープ・ゴエモン様
 宛名の書き文字は毎回違った。印刷の時もあった。箱の中身はなんの変哲もない洗剤や食品で、ただ年々量が増えランクが上がっていることには気がついていた。今日届いたのはA5ランクの魔牛を使用したすき焼きセットだ。ゆうに5人前はある。冷凍して味を損なうよりは、すぐに食べ切ってしまった方が良いだろう。
 そう考えて、ガープは冷蔵庫に肉をしまうと今夜にでも都合が付きそうな名前をス魔ホから呼び出した。

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#アガガプ



今回の原稿は、なんで授業中の出来事、しかも教師の判断ミスによる生徒の精神的な負荷とそれが原因の不登校のケアを、同級生がやっとるんだ。しかもそれを良い話風に書いてるのホラーか?
という憤りが含まれていないか。と聞かれれば普通に含んでいるんだよな。
むろん魔入間が子供向けの漫画で、子供は大人びたことをしたがるし、大人の介入を嫌がるし、自立したがる。だからこそ子供対子供のメンタルケアが発生するということ前提で、入間くんに対しては個人的なことや人間であるということを相談できケアしてくれるサリバン&オペラ&バラム他がいるのに対して、他キャラに対してそこまでページ数を割けないからか、大人の介入が最低限になっている、もしくはなくなっている点については考えてしまう。


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#アガガプ



世界を渡り歩いてお仲間を増やすガープと、そんなガープが帰る場所のアガレス書きたさ。

▲たたむ

#アガガプ


ガープの家系魔術、その見た目に関するものだったのが、ある日突然、魔神様の気まぐれで風を与えようって言われたのかな。
これ多分祖先めちゃくちゃ苦労しただろうな。
その上で、己のなりたい姿になれたんだからこれを手放してなるものかと死に物狂いで頑張ったんだろうな。
人間ifのアガガプはその見た目がどうであれ受け入れることを是とした話だったけど、「ガープ」がそうありたいと願って家系魔術をある意味では捨てて風を使えるようになってまで願った姿が好きなアガレスの話も書きたいな。
なんでも良いではなく、その姿が良い。というアガガプ。
お前であれば姿はなんでも良い。とお前が欲を叶えるために保ち続けるその姿が良い。の違い。

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#アガガプ



私は生まれで才覚が決まってたまるか。って思ってるので、魔入間の本家分家システムがだいぶん苦手。
多分というか、このシステムだと家系魔術を繋ぐために子供を残す必要あるんだろうな。と思うが、さすがにちょっと嫌だな。
バビデビで出す話はそこらへんにも触れようかな。と思ってるけれど、どの程度薄めるかどうかまだ決まってない……。好き勝手するかなあ。

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※先頭固定の投稿です。

#イベント オフライン・あるいはオンラインイベントの話
#お返事 mailのお返事
#リクエスト 時々リクエスト受け付けます。

以下ネタメモだったり書きかけだったり
#ソンエリ
#アガガプ
#イザカク

#映画 映画の話。二次創作には関係がないです。

#アガガプ


書きかけ


恋人になってからキスするまでは長かったのに、そこから性行為に至るまでは早かった。
とはいえ他人がどれほどの時間をかけてそこに至るのかを調べたことはないので、あくまでもアガレスの感覚としては。の話である。
お互いに初めてであれば勝手が分からず良い雰囲気などというものは早々のうちにたち消えた。予習は二人でそれなりにしていたものの、実際にするとなればガープの身体的な特徴のこともあり、途中で二人でス魔ホを使って検索をかけもした。いわゆるペッティングのみであったのに、なんだか随分と時間をかけたような気がするが、実際のところ互いに触れていた時間は短かった。
アガレスはシショーの上で寝返りをうつ。普段ならとっくに眠っている時間だが、今日は目が冴えて眠れない。
繰り返し思い出すのはガープのことだ。そして性行為のことでもある。思えばアガレスはガープと出会ってから、なんだかんだで色んなことが今まで以上にうまくいっていた自覚がある。だから今回も、なんとなくうまくいくだろうと思っていたのだ。見知らぬ他人が描く恋物語のような、あるいはクラスメイトであるリードが憧れるような、よくわからないけれど気持ちが良くて幸せになれるような感覚を味わえると思っていたのだ。
結果はといえば、幸せというよりはなんだか妙なしこりが胸に出来てしまったような感覚だ。行為自体はそれなりに気持ちよかったけれど、こんなもんか。という思いがあった。同時にガープはどうだったのだろうと考えた。


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